第七話 人間の願いを無視するの、神様的にどうなの?
「まあ、緊張するなとは言わないけど、逆に駄目出ししてくれたほうがカヤノのためになると思ったら、少しはましにならないか?」
「……そうか。その発想はなかったな」
悪いところがあれば直すのは当然のこと。
それも、カヤノのためであれば、臆することはない。
目に見えて復調するアルフィエルに、リンが喝采の声をあげる。
「さすがトールさん。王の器ですね」
「王族はそっちだろ! 俺は、筋金入りの庶民だぞ」
「ぬふふ。仲が良くてよろしい」
「これ日常会話なんで。見せつけてるわけじゃないんで。スルーしよう?」
「さーって、まずは土の確認かな?」
「人間の願いを無視するの、神様的にどうなの?」
トールの哀願もツッコミもスルーして、エイルフィード神は農地の視察へ向かった。
「ふふふんふん。愛だね、愛」
「ラー!」
というより、カヤノがエイルフィード神の手を取って畑へ分け入り、いろんなところを指さして説明している。
「カヤノっち。いい家族を持ったね。まあ、神サマの家族も、ちょっとしたもんだけどさっ」
「ラー!」
地主のカヤノは、実に満足そうだった。
「土壌は問題ないね。聖樹ちゃんからの変な影響も受けてない……というか、だから、聖樹ちゃんもトールくんたちを推薦したんだろうけど」
「ラー!」
「お。綺麗に穴掘ってもらって、ふふっ、表札まであるじゃあない」
「パー! マー! リン!」
「うんうん。三人が頑張ってくれたんだね。今は、薬草を植えてるんだ? 神サマいいと思うよ」
通じ合うエイルフィード神とカヤノ。
その微笑ましくも美しい光景を、トールたちは言葉も忘れて見つめていた。
いや、アルフィエルだけは、露骨にほっとしている。
「さすがに、収穫も消費も追いつかないので薬草に切り替えたのだ。貴重な薬も確保できるし、自分の創薬術で保存の手間すらなく薬に変えられるからな」
トールから勇気をもらったアルフィエルが、自らエイルフィード神へ近付いて解説した。
思い込みの力ってすごいなと、トールは暢気に見守っている。思い込みの力で成長を抑止し、永遠の女王として君臨するリンの未来など想像もできず。
「うんうん。作物を無駄にしないようにする姿勢は、神サマも賛成だよ。ほめてあげちゃう」
「それほどのことではないのだが……。ああ、そうだ。野菜に関しては、事前に献立を決めて必要になる前日に植えるようにしているのだ」
「べーり!」
カヤノ本人も、便利の一言で賛成していた。成長できれば、作物の種類は特にこだわりはないらしい。
ある意味、一番恩恵を受けたのは無理に草食キャラを当てはめられることのなくなったグリフォンかもしれない。
「ふむふむ。カヤノっちの育成環境はこのままで問題ないとして」
エイルフィード神がその場でくるりと回って、芝居がかった調子で言う。
「この分だと、アレが食べられそうだね」
「…………」
「あるぇー? ここは、あれってどれだよってツッコミが入るところなのでは?」
「あんまり甘やかすとろくなことにならないんじゃないかなぁって。こう、対応をいろいろ考えてるところ」
「逆にフレンドリーっぽい感じがして、神サマの好感度が赤マル急上昇しちゃう」
「なにやってもダメじゃねえか」
「抵抗は無意味だよ」
ふふふんと、上機嫌に指をくるくると回すエイルフィード神。
フレンドリーでフリーダムな神は止めようがなかった。
「アレって言うのは、もちろんカレーだよ」
「かれー?」
「そそそ。薬は香辛料、香辛料はカレー、カレーは美味しい。客人界隈じゃ常識なんだよ?」
「ラー!」
「幼児番組の歌みたいに主張されても」
そもそも薬が香辛料というカテゴライズもどうかと思う……が。
「そりゃ、米も普通にあるし、カレーが食べられるなら嬉しいけどさ」
嬉しい。とても嬉しい。
醤油もみそもあるが、それはそれ、これはこれだ。
「……というか、カレー知ってるのかよ」
「トールくんがルーンに日本語を織り交ぜてくれたので、そっちの世界のことも神サマ勉強して世界律を夜なべして書き換えたりしました」
「……まさか、そんなことになっていたとは」
「ちょろっと観察できるだけで、実体を持って行き来とかはできないんだけどね」
「まあ、もう帰るつもりはないから、それは別に良いんだけど……」
思っていたよりも大事になっていて、罪悪感が――
「いや、やっぱ特にないな」
――湧かなかった。
そして、リンとアルフィエルにとっては、世界律という超重大事よりも重要な情報が突然出てきたこと。
つまり、カレーのほうが一大事だった。
「トゥイリンドウェン姫」
「アルフィエルさん」
「話からすると、カレーはご主人の故郷の料理のようだな」
「はい。しかも、トールさんの大好物と見ました」
白と黒のダブルエルフがしっかりと視線を合わせ、文字通り手を握る。
「万難を排して再現しようではないか」
「はい! 協力は惜しみません。ウルヒア兄さまにもお願いしましょう」
「……ウルか」
忘れていた。
正確には、秘密にして最高のタイミングで暴露してやろうと漠然と思っていたわけだが。
しかし、本当にそんなことをするわけにはいかないだろう。
「……あれ? トールくん、なんか家のほうから震動してるような音がしてるよ?」
「通信の魔具か」
つまり、ウルヒアからの着信。
どうしたものかと、トールはエイルフィード神の横顔を見つめる。
「やだ。神サマ、トールくんを魅了しちゃった?」
本当に、どうしようか……。
目の前のエイルフィード神。王都のウルヒア。
トールは溜め息も出なかった。
気付いたら、神サマのほうが日本食チートに積極的になっていた。




