第六話 勇気をあげるよ
「さーて、それじゃ一応確認のために、カヤノっち畑へ案内してくれるかな?」
「ラー!」
話は決まったとばかりに、エイルフィード神が立ち上がった。
つられるように、カヤノもアルフィエルの膝の上から元気よく飛び下りる。自慢したいのだろうか。見るからに、うきうきとしていた。
「カヤノっち畑って、ルーンの神とは思えないほど壊滅的なネーミングセンスだ……」
「トールくんが、神サマをいじめるぅ。でも、そんなところも好き」
「そういうのちょっと、重たいんで」
「ひどいっ。あ、お小遣いいる?」
「ネーミングセンスより、話の脈絡を育もう?」
お友達料を払いたがったり、給与を受け取ろうとしなかったり。なぜか、トールに関わる女性は、金銭的に逆の意味で問題があった。気を抜くと、縛るものになりかねない環境だ。
しかし、トールよりも深刻なのはアルフィエルだった。
「……ご主人、早速試練が訪れたのだが」
エイルフィード神たちとは対照的に、前向きになったはずのアルフィエルが再び乾いた笑顔を浮かべる。
自分の農地を神が見学すると、どんな気持ちになるのか想像すらできない。リンは、はらはらと見守ることしかできずにいた。
これはフォローが必要だ。
「あー。仕方ない」
トールも遅れて席を立ち、アルフィエルの下へと移動する。そして、エイルフィード神らが見守る中、ダークエルフのメイドの手を無造作に握った。
「ご、ご主人?」
「ヒュー!」
「ひゅー!」
「はい、小学生みたいな冷やかしは無視して深呼吸」
「う、うむむ?」
座ったままトールを見上げ、なにをされるのかと目を白黒させるアルフィエル。本当に無視をしているわけではないが、他人の目を気にする余裕は完全になくなっている。
そんなアルフィエルの戸惑いに取り合わず、トールは手のひらを広げさせた。
「なにをするのだ?」
「勇気をあげるよ」
トールの指先に、青白い魔力光が宿る。
そのまま、指先でなぞって簡易的なルーンを描いた。
「今アルフィに刻んだのは《勇気》のルーンだ。これでもう、誰になにを見られたって怖くないぞ」
「なるほど……。言われてみると、確かに恐れの気持ちがなくなっているかもしれない」
言いながら、アルフィエルは大胆にトールの手を握り返した。
……かと思ったら指と指を絡ませ、まるで手で手を洗うようにこすりつけてきた。
「普段の自分なら、こんな思い切りよく行動ができないはずだからな」
「勇気を出すのと羞恥心を捨てるのは、別だからなっ!?」
「ううう……。アルフィエルさんが困難に立ち向かう勇気を得たのはいいことなのに。なのに、この気持ちは一体……。うごごごっご……」
リンが土下座を交えて身もだえる。
「私もお願いすればルーンをっ? でも、そうなると必然的にトールさんと手を握ることになるのでは? はわわっ。《勇気》のルーンを刻んでもらう為の《勇気》のルーンが必要ですよ? 袋小路っ。圧倒的行き詰まり……ッッ」
カオス。カオスだった。
いつも通りと言えば、いつも通りではあるけれど。
「んっふっふっふっふ。トールくん、渋い。まったく、渋いねぇ」
「一体、なんのことやらさっぱり」
「アルフィちゃんの手を合法的に握り倒すため、神サマを利用するなんてね」
「違えよっ!?」
本当は、《勇気》のルーンなど描いていない。指先に魔力をまとわせて、それっぽくなぞっただけ。
そのことを言われているのかと韜晦したら、斜め上にかっ飛んでいった。いや、それもプラシーボ効果を隠蔽するための巧妙な話術かもしれない。
「いいよ。神サマ、マーちゃんほどじゃないけど、産めよ増やせよ地に満ちよ派だからね。どんどん利用していこう?」
「もちろん、そんな裏ないよな。知ってた!」
「神サマは、裏表のない素晴らしい神様です」
「ご主人、言ってくれれば手ぐらいいくらでも……」
「あっ。わうあっ、私も……私も!?」
「リンは、なんで自分で言って自分でびっくりしてるんだ」
ツッコミを入れてから、なんでと言ってもリンだからとしか言えないことに気付く。
「さて。あとは若い人にお任せして、神サマは先に外に行くね」
「ラー!」
「待て。カヤノは最年少だろ!?」
このまま放っておかれるなど、冗談ではない。その上、エイルフィード神とカヤノを二人きりにして野に放つなど、なにが起こることか。
トールは、あわてて二人を追う。
「というか、案内はどうしたんだよ!?」
フリーダムなエイルフィード神への悪態を口にしながら、玄関ホール兼リンの部屋となっている建物を抜けた。
少し遅れて、リンとアルフィエルも外に出る。
そう。リンは先行していない。
「おー。くるしゅうない、くるしゅうないだよ」
「ラー!」
なのに、目の前では土下座が繰り広げられていた。
四足獣が器用に足を折り曲げて頭を下げている光景を、土下座と呼んで良ければではあるが。
「クラテール、ちょっとフォームが甘いです」
「そ、そうか……」
「自ら火に飛び込んで行きそうな勢いだな、これ」
専門家からの駄目出しもあったが、グリフォンとユニコーン二頭は最上級の挨拶でエイルフィード神を歓迎し、恭順している。それは、間違いなかった。
「神サマは休暇できてるだけだから、そんなにかしこまる必要はないよ。これから、一緒によろしくね」
「ぐるるるぅ!」
「ひぃぃぃんっ」
「ひぃぃぃんっ」
エイルフィード神の言葉に、遠野家の幻獣たちが大きくいなないた。
「ラー」
つられて、カヤノも飛び跳ねた。
「あ、ニンジンとか食べる?」
「ひっ、ひぃぃぃんっっ!?」
やたらとあめ玉を配ろうとするおばちゃんのような気安さに、ユニコーンが目を白黒させた。驚きのあまり、角もわずかに発光している。
すっかりフォロー役が板についてきたトールが、さりげなく割り込む。
「ちゃんと餌はやってるから、大丈夫なんで」
「えー?」
「はいはい。みんな、行っていいぞ」
「ぐるる……」
「トールさんの言う通りにしていいですよ」
「ぐるるぅ」
きちんとリンにお伺いを立てるできたグリフォンが、ユニコーン二頭を連れて厩舎へと戻っていった。
「あとで、乗らせてもらおうかな」
「グリフォンとユニコーンのどっちになんだか……」
あるいは、両方乗るつもりなのか。
どちらにしろ、本人はプレッシャーだろうが、止めるほどではないとトールは判断した。
神の乗騎になって幻獣から神獣に進化!
――なんてことにならない限りは。
トールくんの年齢じゃ青いブリンクを知っているはずがないので、泣く泣くネタをカットしました。




