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刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ  作者: 藤崎
第二部 来訪編

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第五話 え? コミュ障? 神サマ、神様なのに?

「ん~。美味しかった。ごちそうさまでした」

「ごっそうさあっま!」


 エイルフィード神が両手を合わせると、カヤノも真似をして同じポーズを取った。教育的には良いかも知れないが、正直、それどころではないというのがトールの本音だった。


 そもそも、神にも食事が必要なのか。

 トールが根本的な疑問を抱いていると、見透かしたようにエイルフィード神がにっこりとする。


「栄養にはならなくてもね、心で味わっているんだよ?」

「それは……。アルフィも喜んでるんじゃないかな」

「お粗末様でした。本当に、お粗末様で……」


 今にして、アルフィエルは深い後悔に襲われていた。

 望まれたこととはいえ、なぜ唯々諾々と食事を提供したのだろうか。


 食事を……。


「なあ、ご主人」

「なんでそんなチベットスナギツネみたいな顔に?」

「自分は、今朝、一体なにを作ったのだろう?」

「アルフィ、酸素欠乏症にかかって……」


 極度の緊張状態により、前後の記憶を失ってしまったらしい。


 これはまずい。


 リンも表面上はにこやかに微笑んでいるように見えるが、さっきから1ミリも表情が動いていなかった。


 最初の衝撃と話が一段落して、重大性がじわじわと浸透してきたようだ。


「リン、アルフィ」

「はっ、はい?」

「ご主人。どうして、そんな真剣な顔をして……?」


 こんな調子では、まともに暮らすことなどできない。困難は承知だが、二人とエイルフィード神を打ち解けさせなくてはならなかった。


 男には、やらなくてはならないときがある。


 今がその時だ。


「二人とも、大丈夫だぞ。この神様は別に怖くない。怖くないからなー」

「ラー!」


 カヤノも、アルフィエルの膝の上で無邪気に賛同した。

 同時に振り上げた手がダークエルフのメイドの眼前を掠めるが、残念ながら無反応。微動だにしない。


 まだ足りない。


 トールと素早く目配せを交わし、エイルフィード神も加勢する。


「そうだよ。神サマ、噛みついたりしないよ。それより、トールくん。神サマのことを神様呼びって、ちょっと他人行儀じゃない?」

「俺は、この世界で生まれたわけじゃないので」


 カミサマがゲシュタルト崩壊しそうな会話に顔をしかめつつ、トールは事実を事実として突きつけた。


「こっちに来た時点で、もう、うちの子です」

「肝っ玉母ちゃんかっ」


 思わずノリでツッコミを入れてしまったが、エイルフィード神は怒りもしない。それどころか、ぐっと親指を突き立てた。


「トールくん、ナイスツッコミ」

「ちっ。無駄に喜ばせてしまった」


 だが、これでリンとアルフィエルも分かったはずだ。

 エイルフィード神が、かしこまった対応など欠片も求めていないということを。


「まあ、その……。なんだ……」


 カヤノを抱え直しながら、アルフィエルはトールを見て、エイルフィード神を見て、おずおずと口を開く。


「正直なところ、すぐにご主人のように接するのは難しいというか、無理というか、不可能だと思うのだが……」

「アルフィエルさん……。でも、そうですよね」

「あまり距離を置くのも逆に失礼というか、良くないことだというのは理解した」

「ですです、ですね」


 アルフィエルが控えめに表明した覚悟に、リンも壊れた人形のように、こくこく首を縦に振った。


「ありがとっ。神サマ、とーっても嬉しいよ」

「いえ。あの……大したことでは……ない」

「そうだ。神サマのことは、エールちゃんって呼ぶのはどう?」

「いきなり距離詰めすぎだろっ」


 まだ手探りのアルフィエルへ無遠慮に踏み込んでいくエイルフィード神に、トールは再びツッコミを入れた。


「逆にコミュ障になってるじゃん」

「え? コミュ障? 神サマ、神様なのに?」


 エイルフィード神が硬直した。

 かなりの精神ダメージを受けているようだ。


 しかし、トールとしてはそれどころではない。


「なんか、俺、忙しすぎない? ツッコミ役少なすぎだろ」

「トールくん、気付いてしまったね……。神サマがボケに走ることで、好感度を上げようという作戦に」

「微妙に失敗してるからな、それ」

「それはそれとして、やっぱり神サマ愛称で呼ばれて距離を詰めたいよっ」

「……なら、俺はエイルさんで」

「じゃあ、それで」


 エイルフィード神は立ち上がり、トールにハイタッチを要求する。


「イエーイ!」

「いえーい」


 落ち着きないな、この神様。


 そう思いながら、トールはやる気なさげにハイタッチを返した。


「ふっ。なんだか、緊張するのがバカらしくなってきたな」

「……そうですね」


 そんな一人と一柱を眺めていたリンとアルフィエルは、憑き物が落ちたような笑顔を浮かべた。

 敬意は失っていないが、そればかりでは意味がないことを頭だけでなく、心で理解できたのだ。


「やった。じゃあ、神サマのこと、エールちゃんって呼んでくれるよね?」

「あ、それは無理だ。エイル様が自分の限界だな」

「わ、私もエイル様と呼ばせてもらいますっ」

「えー。エールちゃん、しょんぼり」

「一人称を変えてまで主張することじゃあないよね?」


 とりあえず、落ち着くべきところに落ち着いたようだ。


 トールも、やっと肩の荷を下ろせる。


「そうか、良かった」

「トールさん、ご迷惑をおかけして――」

「リンとエイルさんは同じ部屋になるわけだし、打ち解けて良かった良かった」

「なぜそんなことに!?」


 驚天動地。

 聞いてないと、リンは思わず椅子の上で土下座した。


 しかし、その程度でトールは動じない。


「他に部屋がない」


 淡々と、事実を伝えるだけで充分だった。


「客間がないのは、確かに事実ではあるが……」

「なら、みんなで一緒にトールさんの部屋で寝ましょう。そうです。それがいいです。一石二鳥です」

「リンちゃん、それ、いいね!」

「ラー!」


 ぐっと顔を上げたリンの起死回生の一手に、トールが逆にピンチを迎える。


「それはさすがに、無理……。というか、まずいだろ?」

「自分は、特におかしいとは思わないが」

「ひとつ屋根の下に暮らしているのですから、むしろ、これが本来の姿なのではないでしょうか」

「相変わらず、リンは突発的にぐいぐい来るよな」

「えへへ……」


 なぜか照れ笑いをするリンはさておき、大勢は決まってしまった。


「トールくんも好きだよね、民主主義?」

「くっ。いやでも結局、カヤノは外に埋まりに行くんだろ?」

「パー! みーな! かーのもいっしょ!」


 パパ。みんな、カヤノも一緒。


 その一言が止めとなり、トールは陥落した。


「……ベッドは別だからな」


 最後の一線は越えさせないと抵抗するトール。


 リンもアルフィエルも。もちろん、エイルフィード神も、誰もなにも言わなかった。


 ただ、生暖かい視線で見つめるだけで。

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タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~
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