第五話 え? コミュ障? 神サマ、神様なのに?
「ん~。美味しかった。ごちそうさまでした」
「ごっそうさあっま!」
エイルフィード神が両手を合わせると、カヤノも真似をして同じポーズを取った。教育的には良いかも知れないが、正直、それどころではないというのがトールの本音だった。
そもそも、神にも食事が必要なのか。
トールが根本的な疑問を抱いていると、見透かしたようにエイルフィード神がにっこりとする。
「栄養にはならなくてもね、心で味わっているんだよ?」
「それは……。アルフィも喜んでるんじゃないかな」
「お粗末様でした。本当に、お粗末様で……」
今にして、アルフィエルは深い後悔に襲われていた。
望まれたこととはいえ、なぜ唯々諾々と食事を提供したのだろうか。
食事を……。
「なあ、ご主人」
「なんでそんなチベットスナギツネみたいな顔に?」
「自分は、今朝、一体なにを作ったのだろう?」
「アルフィ、酸素欠乏症にかかって……」
極度の緊張状態により、前後の記憶を失ってしまったらしい。
これはまずい。
リンも表面上はにこやかに微笑んでいるように見えるが、さっきから1ミリも表情が動いていなかった。
最初の衝撃と話が一段落して、重大性がじわじわと浸透してきたようだ。
「リン、アルフィ」
「はっ、はい?」
「ご主人。どうして、そんな真剣な顔をして……?」
こんな調子では、まともに暮らすことなどできない。困難は承知だが、二人とエイルフィード神を打ち解けさせなくてはならなかった。
男には、やらなくてはならないときがある。
今がその時だ。
「二人とも、大丈夫だぞ。この神様は別に怖くない。怖くないからなー」
「ラー!」
カヤノも、アルフィエルの膝の上で無邪気に賛同した。
同時に振り上げた手がダークエルフのメイドの眼前を掠めるが、残念ながら無反応。微動だにしない。
まだ足りない。
トールと素早く目配せを交わし、エイルフィード神も加勢する。
「そうだよ。神サマ、噛みついたりしないよ。それより、トールくん。神サマのことを神様呼びって、ちょっと他人行儀じゃない?」
「俺は、この世界で生まれたわけじゃないので」
カミサマがゲシュタルト崩壊しそうな会話に顔をしかめつつ、トールは事実を事実として突きつけた。
「こっちに来た時点で、もう、うちの子です」
「肝っ玉母ちゃんかっ」
思わずノリでツッコミを入れてしまったが、エイルフィード神は怒りもしない。それどころか、ぐっと親指を突き立てた。
「トールくん、ナイスツッコミ」
「ちっ。無駄に喜ばせてしまった」
だが、これでリンとアルフィエルも分かったはずだ。
エイルフィード神が、かしこまった対応など欠片も求めていないということを。
「まあ、その……。なんだ……」
カヤノを抱え直しながら、アルフィエルはトールを見て、エイルフィード神を見て、おずおずと口を開く。
「正直なところ、すぐにご主人のように接するのは難しいというか、無理というか、不可能だと思うのだが……」
「アルフィエルさん……。でも、そうですよね」
「あまり距離を置くのも逆に失礼というか、良くないことだというのは理解した」
「ですです、ですね」
アルフィエルが控えめに表明した覚悟に、リンも壊れた人形のように、こくこく首を縦に振った。
「ありがとっ。神サマ、とーっても嬉しいよ」
「いえ。あの……大したことでは……ない」
「そうだ。神サマのことは、エールちゃんって呼ぶのはどう?」
「いきなり距離詰めすぎだろっ」
まだ手探りのアルフィエルへ無遠慮に踏み込んでいくエイルフィード神に、トールは再びツッコミを入れた。
「逆にコミュ障になってるじゃん」
「え? コミュ障? 神サマ、神様なのに?」
エイルフィード神が硬直した。
かなりの精神ダメージを受けているようだ。
しかし、トールとしてはそれどころではない。
「なんか、俺、忙しすぎない? ツッコミ役少なすぎだろ」
「トールくん、気付いてしまったね……。神サマがボケに走ることで、好感度を上げようという作戦に」
「微妙に失敗してるからな、それ」
「それはそれとして、やっぱり神サマ愛称で呼ばれて距離を詰めたいよっ」
「……なら、俺はエイルさんで」
「じゃあ、それで」
エイルフィード神は立ち上がり、トールにハイタッチを要求する。
「イエーイ!」
「いえーい」
落ち着きないな、この神様。
そう思いながら、トールはやる気なさげにハイタッチを返した。
「ふっ。なんだか、緊張するのがバカらしくなってきたな」
「……そうですね」
そんな一人と一柱を眺めていたリンとアルフィエルは、憑き物が落ちたような笑顔を浮かべた。
敬意は失っていないが、そればかりでは意味がないことを頭だけでなく、心で理解できたのだ。
「やった。じゃあ、神サマのこと、エールちゃんって呼んでくれるよね?」
「あ、それは無理だ。エイル様が自分の限界だな」
「わ、私もエイル様と呼ばせてもらいますっ」
「えー。エールちゃん、しょんぼり」
「一人称を変えてまで主張することじゃあないよね?」
とりあえず、落ち着くべきところに落ち着いたようだ。
トールも、やっと肩の荷を下ろせる。
「そうか、良かった」
「トールさん、ご迷惑をおかけして――」
「リンとエイルさんは同じ部屋になるわけだし、打ち解けて良かった良かった」
「なぜそんなことに!?」
驚天動地。
聞いてないと、リンは思わず椅子の上で土下座した。
しかし、その程度でトールは動じない。
「他に部屋がない」
淡々と、事実を伝えるだけで充分だった。
「客間がないのは、確かに事実ではあるが……」
「なら、みんなで一緒にトールさんの部屋で寝ましょう。そうです。それがいいです。一石二鳥です」
「リンちゃん、それ、いいね!」
「ラー!」
ぐっと顔を上げたリンの起死回生の一手に、トールが逆にピンチを迎える。
「それはさすがに、無理……。というか、まずいだろ?」
「自分は、特におかしいとは思わないが」
「ひとつ屋根の下に暮らしているのですから、むしろ、これが本来の姿なのではないでしょうか」
「相変わらず、リンは突発的にぐいぐい来るよな」
「えへへ……」
なぜか照れ笑いをするリンはさておき、大勢は決まってしまった。
「トールくんも好きだよね、民主主義?」
「くっ。いやでも結局、カヤノは外に埋まりに行くんだろ?」
「パー! みーな! かーのもいっしょ!」
パパ。みんな、カヤノも一緒。
その一言が止めとなり、トールは陥落した。
「……ベッドは別だからな」
最後の一線は越えさせないと抵抗するトール。
リンもアルフィエルも。もちろん、エイルフィード神も、誰もなにも言わなかった。
ただ、生暖かい視線で見つめるだけで。




