第三話 これはもうつまり、トールさんも神ということなのでは!?
カオス。
今、目の前に広がっている光景は、混沌以外のなにものでもなかった。
古来、世界は混沌から生まれる。
そう考えると、神の偉大さがよく分かる。
このカオスを放置せず、立ち向かって創造を行うなど、まさに神業以外のなにものでもないのだから。
「…………はっ、思わず現実逃避しかけてた」
寝起きのように全身をぴくりと反応させたトールが、危ない危ないと額の汗をぬぐう。このまま目前の光景を無視できたら楽だろうが、そうもいかない。
トールは、呆然と立ち尽くすダークエルフのメイドへ、体ごと視線を向ける。
とりあえず、カオスな要因を切り離す。となれば、土下座したままのリンと、なぜかカヤノをグルグルと振り回してる金髪碧眼の美女は除外。
この場で唯一、秩序よりの存在であるアルフィエルに呼びかけるのは、もはや必然と言えた。
「アルフィ」
「…………」
「アルフィ、なにがあったか説明してくれ」
「…………」
「アルフィ!」
「…………はっ、完全に現実逃避していた」
トールがなんとかしてくれると希望を抱いた瞬間に「全然知らない」と、絶望へ突き落とされてショックだったのだろう。
頼みのアルフィエルが、やっと現実に戻ってきてくれた。
「いろいろあるだろうけど、俺が来るまでの間、なにが起こったんだ?」
「それは……」
トールの求めに応じて、アルフィエルが遠い目をした。
そして、ぽつりぽつりと語りだす。
「トゥイリンドウェン姫と二人でご主人の部屋の空気を吸った後、地下へ向かったのだ」
「俺の部屋の空気は、森の木々が浄化してくれてるからな?」
「そして、この礼拝堂にたどり着いたときには、すでにいた」
トールが魔力の流れを感じ、リンが気配を察したときには出現した後だったようだった。
予想通りではあるが、実際に確認できたのは大きい。
「そして、一目見た瞬間にトゥイリンドウェン姫が土下座した」
「土下座」
「自分も本能的に理解し、動けなくなってしまったのだ」
その状況では、トールたちを呼びに行くこともできない。
理解できた。
結局、金髪碧眼の美女と対話しなくては、どうしようもないということも。
「あれー? 神サマたちの話してる? してない?」
「してますけど……」
いきなり話しかけられたが、トールはなんとかその場に踏み止まって返答した。精神的には、かなり後退っていたが。
それもこれも、半ば以上正体に気付いているから。
まったく分からなければ、まだ楽だったのに。
「もー。それならなんで、神サマに聞いてくれないのかな」
「ラー!」
「カヤノっちも、『仲間外れダメ、絶対に、絶対にだ』って言ってるよ?」
「教育方針としては正しいとは思いますが……」
トールの反応は、歯切れが悪い。
それでも、祈りを捧げるリンや手出しできないアルフィエルに比べたら、かなり堂々としたものではあるが。
「……あっ。もしかして、神サマ自己紹介してないから、不審者だと思われてる!?」
やっと気付いてくれた。
――とは言えないので、トールは申し訳程度に首を横に振ってから、猛烈に縦に振った。
不審者否定。
自己紹介肯定。
それで通じたのか、金髪碧眼の美女は軽く咳払いした。
「神サマは、ルーンとかエイルフィードの弓とかでお馴染みのエイルフィードだよ。トールくん、これからよろしくね?」
「あ、どうも」
いきなり距離を縮めると同時に握手を求められ、トールは反射的に握り返してしまった。
「アルフィエルちゃんも」
「ほわわっ」
「はい。リンちゃんもね」
「おわあわわわわっっ」
呆然とするダークエルフのメイドと土下座するエルフの末姫の手も、強引に取って上下にシェイク。
シーンが、再びカオスに戻る。
「それで、エイルフィード様は、どうしてこのような場所に?」
トールは、慣れない敬語で神に問いかけた。
「ん~。カヤノっちがお世話になるんだから、一回、挨拶しておかなくちゃって、神サマ会議で話題になったからかな?」
「それなら、マルファ様? が、いらっしゃるのではないでしょうか?」
大地と豊穣の女神マルファ。
ドワーフが自らの創造神と崇め、エルフもまた世界樹をもたらしたマルファを祖神と見なしている。世界で最も広く信仰されている神格。
「そこは、姉権限で上手いことしたよ」
「姉権限」
それは無敵だ。
姉とお姉ちゃんは、別個の存在である。
トールは、そう思っている。
お姉ちゃんは優しく甘えさせてくれる存在だが、姉はただの暴君。タイラントである。そこにあるのは、ただ服従のみ。逆らおうなどという発想が存在しない。
それはともかく、女神マルファの娘か孫に当たるだろうカヤノにとって、女神エイルフィードから見れば、伯母になるわけだ。
人間関係が、複雑なのか近すぎるのかよく分からない。
「あと、敬語とか要らないからねー。タメ語でオッケー。そういう俺つえーな感じのほうが、客人くん系で神サマいいと思うな」
「それ、普通に失礼なだけだからな!?」
「そうそう。そういうのでいいんだよ、そういうので」
金髪碧眼の美女――降臨した女神エイルフィードが、腕を組んで深く深くうなずく。揺れない代わりに胸がぎゅっと強調され、トールは目のやり場に困る。
「つまり、うちのカヤノのためだけに、わざわざ地上へ来たと?」
「だけってことはないかな。休暇も込みで……だよ」
「あー……。うちは、いつから立川になったんだ」
神がバカンスで地上に降りる。
そんな荒唐無稽な話、普通なら絶対に信じられるはずがない。
しかし、哀しいかな。
トールは、前例を知っていた。例えそれがマンガの話であろうと、この場合は関係ない。
そういうのもあり得るのかなと思ってしまった時点で、勝敗は決まってしまったのだ。
「いいね! 客人くんは話が分かるから神サマ大好きだよ」
「いやいや、いやいやいや。なんで、納得してるみたいな感じに話が進んで?」
「うんうん。それでも、受け入れてくれれば、それで充分なのさっ」
「しかも、ホームステイする気まんまんだ」
帰ってくれ。
そう言いたい。言ってやりたい。
しかし、言ったところで、通じるはずもなかった。トールにできるのは、いつかエルフの王宮に押しつけ……ではなく訪問させ、ウルヒアを困らせることぐらいのもの。
「ご主人……。大物だと思っていたが、まさかこれほどとは……。器の大きさが、自分などとはまるで違う」
「トールさんが、エイルフィード様と普通に、喋ってます。すごい。さすが、トールさんです。これはもうつまり、トールさんも神ということなのでは!?」
「なるほどな。さすが、トゥイリンドウェン姫。妥当な結論だ」
「納得するなよ!」
「え? 神になりたいの? そういうことなら、神サマ、ちょっと張り切っちゃおうかナ?」
「いらないから!」
「そのぞんざいな扱い。なんだか、嬉しくなっちゃう」
もう、どうすればいいのか。
「パー! ゲーキダー!」
パパ! 元気出して。
トコトコと近付いてきたカヤノが、服の裾を引っ張りながらそう言ってくれた。
不思議だ。
哀しいわけではないのに、少しだけ涙が出た。
神サマ効果か、評価が増えて嬉しいです。ありがとうございます。
今回から本格的に活躍し出しますが、感想とか評価をいただけると方向性に迷わなくて済むので助かります。




