第十四話 今回は、トウモロコシをメインに植えようと思う
「さて、仮説の次は実験だ」
転移前はバリバリの文系大学生だったトールが、畑の前で宣言した。
「実験というと、どんな野菜をどれだけ植えたら、カヤノちゃんがどれくらい成長するか調べるということですか?」
「リンの言う通り。まずは因果関係を確認しないとな」
絶妙なアシストに、トールは真面目くさってうなずいた。
『カヤノの周囲で育った植物の数で、カヤノ自身も成長する』
王都にある聖樹の存在も加味した、ほぼ確定的な。しかし、仮説の域を出ない推論。
まずは真偽を確かめなくてはならないし、真実だったとしたら、どの程度成長するか予測するためにデータも蓄積しなくてはならない。
「重要ですね!」
「ラー!」
リンとカヤノが、そろって意気込むのも当然と言えた……が。
「その前に、どう消費するかも考えたほうがいいのではないか?」
「うぐっ。それは確かにそうですが……」
家事全般を司るアルフィエルの心配は、もっともだった。
昨日のことを思い出し、リンのテンションがみるみる下がっていく。
収穫は楽しかったしご飯は美味しかったが、明日もまたあの量の野菜が取れるとなると消費しきるのは至難の業だ。
「はっ。昨日、アルフィエルさんが言っていたじゃないですか? 私たちに、いくら食べても太らないルーンを刻んでもらえばいいんですよ!」
「そんなものはない」
アルフィエルが言っていたのは、「たくさん食べられるようになるルーン」であって、まったく違う。
「えええ……?」
「そんなものはない」
トールは、重ねて断言した。
「なら、トールさんの《凍結》のルーンで、しゃっきりポンと保存するというのはいかがでしょう?」
「まあ、それもありだけど、結局、収納スペースが必要になるからな」
「ううう……。浅知恵で大変申し訳ありませんでしたっ!」
がばっと、その場で土下座するリン。
いつもなら止めに入るトールだったが、今は動けなかった。
「普通に謝罪の意味でやる土下座が、逆に新鮮だった」
「土下座とはなんなのか……。自分は、哲学は分からないぞ」
それはともかく。
「最悪、グリーンスライムに処分してもらえばいいと言えばいいんだけど……」
「なにが返ってくるか、楽しみだな」
「そこなんだよなぁ」
おもしろおかしいことになるのは、間違いなさそうだ。
グリーンスライムにとって。
正確には、トール以外にとって、かもしれない。
それに、獲れすぎたキャベツをトラクターで廃棄しているようであまりいい気分ではない。
「とりあえず、消費者を増やすのが正攻法だろ」
そう言って、トールはリンにうなずきかけた。
「はい! クラテール! ユニコーンたちを連れて、こっちへ来てください!」
「ぐるるるるぅ」
以心伝心と、立ち上がったリンの呼びかけに応じ、隠れ家の陰からユニコーンとグリフォンが現れる。
「ところで、ユニコーンも馬なら、草以外にニンジンとかも食べるよな?」
「こちらでは馬と言えばリンゴですが、ニンジンも食べますよ!」
「へー。日本じゃ、馬の好物と言えばニンジン一択だったけどな」
その他、レタスやカボチャなども、与えて問題がないようだ。
「体もでかいし、草食だし。こいつは、期待の大型新人だぜ」
「あと、クラテールも、お野菜食べますよね?」
「ぐるるぅ……」
きらきらと瞳を輝かせて聞いてくるリンに、グリフォンは困ったように後退った。
もし言葉が喋れたなら、「いやいや、グリフォンって客人の世界では鷲獅子と呼ばれてるんですよ? イーグルにライオンですよ? 野菜好き要素ゼロでしょ、ゼロ」と言っていたことだろう。
しかし、その気持ちがリンに伝わることはなかった。
「食べるって言ってますよ!」
「そうか。それは助かる」
「ぐるるるぅぅ……」
「ラー!」
なんとなく気落ちしたように見えるグリフォンの足を、カヤノがバンバンと無遠慮に叩く。
「いやぁ、微笑ましいなぁ」
「果たして、これで良かったのだろうか……」
「聖樹の苗木が手ずから祝福した野菜だぞ。グリフォンも、きっと気に入るさ」
トールは、さわやかに言い切った。
ただし、消費者を一人でも逃がしてなるものかという気迫は隠しきれなかった。
「というわけで、クラテールもやる気ですよ! 今回はなにを植えるんですか、トールさん? 比較のため、前回と同じですか?」
「それができれば理想なんだが、さすがに処理能力を越えるし、体制も整ってないからな」
「そこで、今回は、トウモロコシをメインに植えようと思う。ニンジンは、また今度だな」
ウルヒアが用意した物の中に含まれていたのだろう。
アルフィエルが小袋を傾けると、中から乾ききったトウモロコシの粒が手のひらにこぼれ落ちた。
「トウモロコシは、収穫後すぐに味が落ちるって聞いたことがあるけど」
「そこは、加工を考えている」
「なるほど」
コーンスターチや、トウモロコシ粉でトルティーヤなど使い道はある。通常飼料として使う品種ではないが、ユニコーンに食べさせることもできるはずだ。
「確かに、粉にして保存できるのはいいな」
「分かりました。それでは、実際に植えていきましょう」
「ラー!」
まずは、豊穣の鍬で土を作っていく。
前回、ジャガイモやキャベツを植えた土を耕して、畝を作り直す。収穫後の後片付けは必要だったものの、これはアルフィエルの独擅場だった。
「種を蒔くのは、ご主人たちに任せるぞ」
柵をどかして大きめに作り直された畝。
そこを3cmほど掘ってから、種を蒔いては土をかぶせて軽く手で押さえつける。
「ラー!」
これは、言うまでもなくカヤノの仕事。
その作業を、30cmほど間を空けて何度か繰り返していく。
作業自体は単純で、畝作りから数えても、昼食時には終わってしまった。
「ラー!」
カヤノが両手を上げて、愉しそうにベッドへ飛び込んでいく。
諦めの境地でそれを眺めながら、トールは今回の作業を総括する。
「今回は、わりと楽だったな。支えの棒とかいらなかったし」
「そうか……」
「なぜ、残念そうにする」
「いや、自分は良かったと思っているのだ。だが、この手はどう思うかな?」
「そこは、ちゃんと一致させよう?」
アルフィエルのマッサージはさておき。
「さて、これで翌朝どうなるかな?」
「今のうちに、カヤノちゃんの背の高さをなにかに記録しておいたほうがいいのではないですか?」
「あー。メジャーとかあったらいいんだけど。スマホのアプリは……あとで面倒くさそうだな……」
もはや、一晩でトウモロコシが実ることも、カヤノが成長することも誰一人として疑っていなかった。
「パー! オキウ!」
「う、うん……。起きる起きる」
「パー! パー!」
「起きるから……」
沈黙。
認識。
疑念
否定。
再認識。
驚愕。
「カヤノ……?」
「ラー! パー! オキウ!」
うん。パパ。起きて。
あえて訳すと、こんなところだろうか。相変わらず、《翻訳》のルーンは働いてくれないが、一夜明けて、カヤノは言葉を喋れるようになっていた。
身長は、まったく変わっていなかったけれど。
やっと、意思の疎通が……。




