第十三話 確かに、レベルアップに必要な経験点は増えるものだもんな
「でもな……」
一人で思いついたわけではないが、一応達した仮説めいたものに、トールは首をひねる。
「なにか不審な点があるのか?」
「出来上がった野菜は普通……というか、むしろ美味しいじゃん?」
「ラー!」
ポテトをフォークで突き刺して、ぐるぐる回す。
「カヤノの成長の糧になるんなら、逆に野菜のほうが精気を吸い取られるとか。そういうのがあったりしないのは、どうなんだろうなって」
トールとしては、ごく当たり前な。
運動にはエネルギーが必要というぐらい、単純な感想。
しかし、リンとアルフィエルは……率直に言って引いていた。
「トールさん、そんなエナジードレインなんて。そんなのはモンスターがやることですよ!?」
「うむ。聖樹や霊樹といった偉大な存在が、自らの眷属を糧に成長するなどあり得ない話だぞ、ご主人」
「……そういうものなの?」
「ですよぅ!」
リンが、耳のイヤリングが揺れるほど力説した。アルフィエルも、同意見のようだ。
代償もなく成長するほうが不思議と感じるトールの感覚。この場では、むしろそちらが異端だった。
「ナー!」
言葉の意味が分かっているのかは不明だが、カヤノも頬を膨らませてアホ毛をピンと立てている。
「エネルギー保存の法則が、部分的にせよ当てはまらない世界だからか……?」
魔法も、明らかに入力よりも出力のほうが大きい。
その辺りで、感覚が違うのかもしれなかった。
「ご主人の話が正しかったら、まず自分たちが吸われることになるのではないか?」
「……一理あるな」
客人であるトールは別かも知れないが、エルフとダークエルフは眷属と呼んで差し支えない存在だろう。
そして、どう考えても植物より吸いでもありそうだ。
「まあ、代償がないって言うんなら、それに越したことはないか」
それに、一方的で過大な聖樹の加護にも、別の方面で納得できる部分もある。
植物が病気にならず。季節を問わず成長するのも、聖樹自身のためでもあった。
自分が成長するために、周囲も成長させる。共存共栄。
「優しい世界だな……」
上がらない給料。
出ない残業代。
始発出勤、終電退社。
成功者面する経営者。
上がる税金と社会保険料。
そんな故郷に比べたら、なんて思いやりのある存在だろう。
トールは涙した。
まあ、気分だけだが。
「よし。今の話は忘れてくれ」
余計なことを言ったと軽く頭を下げて、トールは話を戻す。
「とりあえず、仮説が正しかった場合だ。カヤノを育てようと思ったら、毎日農作業しなくちゃいけないということになるんだよな?」
「繰り返すが、まだ仮説の段階ではあるがな」
面白くもないことをつまらなさそうに言って、ウルヒアも同意した。
「必要があるなら、こちらから人を出すこともできるが……」
「カヤノのことは、秘密にしておきたいんだろ?」
「そういうことだな」
知らないエルフが大挙してやってこられても困るなと、トールは思う。
それは、リンも同じだった。
「私個人としても、トールさんの護衛としても、増員はちょっと認めたくないです」
「この流れ。なら信頼できるエルフならいいんだろうと、トゥイリンドウェン姫の兄弟姉妹がやってきそうで怖いな」
「それは本当にありそうで怖い」
なので、できるかぎりこの四人での生活は崩さない。これを前提にする。
「ラー!」
カヤノも、分かっているのかいないのか。とりあえず、賛成のようだ。
「ルーンで農作業を省力化できないかは別に考えるとして……。それでも結局、カヤノが急に成長しちゃうって部分は、どうしようもないんだよなぁ」
「らー?」
なにしろ、カヤノ本人が成長に積極的なのだ。
それは植物……いや、生物としての本能のようなものかもしれないが、子供が急に大きくなるのは寂しいものだった。
「なんとか、肉体だけじゃなくて精神的な部分にもパラメータを振れないものか」
「だ、大丈夫ですよ、トールさん。同じペースでずっと成長するとは限りませんから! ほら、私なんて十年一日。まったく成長してませんし。いえ、そもそも、生きてるだけで成長できるなんて思い込んでしまって申し訳ありませんでした!」
途中からリンの話になってしまったが、一理ある。
「確かに、レベルアップに必要な経験点は増えるものだもんな」
「経験点というのはよく分からないが……結局、試してみるしかないのだな?」
「妥当な結論だな」
通信の魔具の向こうで、ウルヒアも同意した。
結局、やるしかないのだ。
その結論に、トールは天井を見上げる。
「俺たちに娘を預けるのはいいけど、それなら仕様書でも用意しておいて欲しいもんだよな」
「そんなことを言っていると、説明をしに聖樹本人がひょっこり姿を現したりするのではないか?」
「そ、そそそそそそそ、そんな畏れ多いですよ!? 死? 死ぬ。死ねば許してもらえますか!?」
「死んでどうする。相手は、カヤノのお母さんだぞ」
「はっ!? そう言われてみたら!? はうあっ!?」
崇拝する聖樹とかわいいカヤノの母親という概念が上手くつながらず、リンはその場にバタリと倒れ込んだ。
「どどどどっどどど、トールさん、どうしましょう」
「どうもしなくていい」
「トールさんのお母様にお目にかかることを想像したら、心臓がバックバクし始めたんですけど!」
「それは確かに、緊張するな……」
「本当に、どうもしなくていいやつだろ、それ」
当然と言うまでもなく、聖樹やトールの母親が来ることなどあり得ないのだから。
だが、トールは忘れていた。
聖樹本人以外にも、その特性を説明できる存在がいるということを。
“特性を説明できる存在”は、少しだけ先に登場します。




