第十二話 というわけで、カヤノの成長戦略会議を開きたいと思う
小説家になろうの新機能、誤字報告を何件かいただいています。
大変ありがたいです。ありがとうございます。めっちゃ楽で助かってます。
「というわけで、カヤノの成長戦略会議を開きたいと思う」
「ラー!」
「いいから、座りなさい」
「アー!」
椅子の上で拳を振り上げたカヤノが、いそいそと座り直す。言葉を喋れていたら、「せいちょーせんりゃくー」とでも、言っていただろうか。ちょっと可愛かった。
思わず和んでしまったが、今のペースで成長されると、そうも言えなくなってしまう。
「成長戦略……か」
アルフィエルが、一晩で成長したカヤノを眺めやりながら立ち上がる。
「ご主人が肩や腰を痛めたら、自分がなんとかするぞ」
「カヤノの成長を前提とした提案は、根本を否定することになるからね? あと、マッサージは求めてないから座ろう」
「了解した」
がたりと音を立てて、アルフィエルもいそいそと座り直す。もちろん可愛らしいが、それだけではない圧も感じる。
「はい! トールさん!」
「リンもかよ」
流れに乗って、リンも挙手をしつつ立ち上がる。
「特になにもありません!」
「流れに乗っただけかよ。でも、そのポジティブさは重要だと思うぞ」
「はい! ありがとうございます!」
潔く認めると、リンもいそいそと座り直した。可愛いのは間違いないが、こうも重なると話も朝食も進まない。
「とりあえず、食べながら話そう」
「そうですね! いただきます!」
「自分も、対策は必要だと思うが……」
アルフィエルが、昨晩のうちに仕込んでいたイチゴジャムをパンに塗りながら、根本的な部分を指摘する。
「話し合って、どうにかなることなのだろうか?」
「そこで、ゲストを呼んである」
ベーコンとソーセージのジャーマンポテト……といっても、もちろん異世界にドイツはないが。朝食を突きながら、トールは視線を部屋の隅へと移動させる。
「緊急事態ということで呼ばれたはずだが……」
そこには、通信の魔具越しに露骨なほど不機嫌な表情を浮かべるウルヒアがいた。王都との距離を感じさせないほど、あからさまな態度。
「僕がいるのを分かって茶番を繰り広げるぐらい余裕があるようで、安心した」
実際、朝食時に一方的に呼び出されれば、不快にもなるだろう。
けれど、トールも、その程度分かっている。
分かっているが、緊急事態なのだ。
「皮肉は、通じる相手に言うもんだぜ」
「まったくだな。それで、トール。成長戦略会議とは、どういうことだ?」
それでも律儀に参加するところが、ウルヒアらしいとも言えるのだが。
「カヤノ――聖樹の苗木が、一晩で育った」
映像越しでは分かりにくかったのだろう。
鉄面皮はそのままに、ウルヒアがカヤノを凝視する。
「ナー!」
だが、その視線が気にくわなかったのか。イチゴジャムで口の周りを汚したカヤノが、トールの背中に隠れてしまった。
リンにしか分からないぐらい、こっそりとショックを受けるウルヒア。
「……なるほど。精神的にも、成長しているようだな」
「ざまぁ」
トールは、気付いているのかいないのか。
レモネードを飲み干すのと一緒に、溜飲を下げた。
「うちの娘を変な目で見るから、そうなるんだ」
「父性に目覚めたことは喜ばしいが……」
ふむと、ウルヒアが細く白い指で唇をなぞって思案する。
「聞きたいのは、その成長が異常か否か。なのだろうが……」
「そっちにも、情報がないと」
「察しが良くて助かる」
トールはトーストしたパンを皿に戻して、通信の魔具越しにウルヒアを見つめた。
不躾な視線だが、エルフの貴公子は咎めることをしない。黙って、それを正面から受け止める。
「なあ、トゥイリンドウェン姫。たまに、ご主人がウルヒア王子を見つめる目が怪しいと思えるときがないか?」
「それ、ウルヒア兄さまにもありますよ!」
「ラー!」
雑音も排除。
「……どうやら、嘘じゃないみたいだな」
そして、結論に達した。
情報がないのは残念ではあるが、ウルヒアに聞いて全部解決とも思っていなかった。
根本的なところから確認する覚悟は、とっくにできている。
「そもそも、ウル。どういう経緯で、カヤノを俺たちに預けることにしたんだ?」
「発端は、神託だ」
「聖樹からの?」
通信の魔具越しに、ウルヒアがはっきりとうなずいた。
「もっとも、神託を受けられたのは陛下だが」
「でも、いろいろやったのはウルだろ?」
「ああ。といっても、トールたちに預けるための、諸々の準備をしただけだ」
それには、隠蔽工作なども含まれる。
「聖樹から、王様。王様からウル」
「そして、ウルヒア王子から、ご主人」
「最後に、トールさんから私とアルフィエルさんですね」
「社会の縮図だな」
「三次請とか四次請けとか、法律違反じゃねえ?」
「らー?」
どう考えても明るい結論にならない話はともかく。
「とりあえず、成長する前のことを話してもらおう。洗いざらいな」
「ウルと別れてからの話でいいか」
納屋ごと運ばれた空の旅は、特に問題はなかった。
「んで、家に着いて……カヤノが、土に埋まりにいった」
「もっと分かりやすく話せ」
「元々畑をやる予定で耕してた土に、カヤノが飛び込んだ。植樹したみたいにな」
「情報量が増えても、ディテールが想像できないな……」
崇敬すべき聖樹。その苗木のワイルドな行いに、ウルヒアは頭を抱えた。そんな状況でもエルフの貴公子は絵になるが、本人はまったく嬉しくないだろう。
「絵にするわけにはいかないから、想像力の翼を力一杯はためかせてくれ」
「確かに、証拠は残せないな」
若干、食い違いはあったものの大したことではない。
トールは続ける。
「後は普通に飯食ったり、また土に埋まったりで初日は終わったな。翌日は、リンが作ったシチューを食べてから農作業して、カヤノが風呂を嫌がったけどリンが土下座してくれたお陰でなんとかなったり……。そして、また土に埋まったり」
抜き出してみると、なんとも言えない行動ばかりだった。埋まりすぎだ。
「これが、箇条書きマジックか……」
「いや、ありのままに酷かったぞ」
「でも、もうおかしいのはこれで終わりだぞ? あとは、植えた作物が一日で育って食べ頃になっただけだな」
グリーンスライムのことは省略し、トールはウルヒアへの報告を終えた。
豊穣の鍬のことを報告すべきか迷ったが、グリーンスライムのことも明らかにしなければならなくなる。
どうしても必要な場合を除き、伏せておくことにした。
「充分異常事態ではないか、それは」
「でも、カヤノがなんかやってたみたいだから、聖樹の苗木としては普通なんじゃないのか?」
聖樹の周囲……というには広すぎるが、植物の育成に恩恵がある。苗木だが、それと同じことだろうとトールは言う。
だが、ウルヒアは引っかかりを憶えたようだ。
再び、思案気に白魚のような指で唇をなぞる。
「それは……いや……そうか。可能性はあるか」
「ウルヒア兄さま、なにか分かったんですか?」
妹姫の問いに、通信の魔具の向こうにいる兄王子はうなずいた。
「仮説というのもおこがましい、ただの思いつきだが……」
「……あ、俺も分かったかもしれない」
話の流れで、トールも気付いた。
二人は目を合わせ、ウルヒアは発言を譲った。
「もしかして……。カヤノの周囲で育った植物の数とか質に応じて、成長するとか、そういう仕組みなんじゃね?」
「それは……否定する材料がないな」
つぶやきながら、アルフィエルがカヤノを見つめる。もちろん、トールやリンも。
「らー?」
しかし、本人は不思議そうに首とアホ毛を傾けるだけ。
ジャーマンポテトからソーセージだけを選んで食べる手を、止めようとはしなかった。
感想で指摘された通りの原因でした。
まさか見抜かれるとは、この海のリハクの目をもってしても(ry




