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刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ  作者: 藤崎
第二部 育成編

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第十一話 カヤノちゃんが、大変なんですよ!

「トールさん! 大変です! 起きて! 起きてください!!」


 慣れない農作業に従事して熟睡していたトールの意識が、ゆるゆると浮上する。


 起きないと、またボディプレスを喰らう。


 でも、眠い。


 起きるぐらいなら、喰らったほうがまし。


 そんなリンのように後ろ向きに前向きな結論に達し、干し草のベッドに深く潜り込む。


「トールさん! 本当に、大変な事が起こってしまったんですよ!」


 だが、リンはそれを許さない。

 珍しく、ボディプレスではなく、トールの耳元で大声を出して覚醒を促した。


「……なんだよ。また、モンスターが攻めてきたのか?」


 反対側を向きながら、投げやりな応対。


「そんなこと、どうでもいいんです」

「ああ、そうだな……」


 どうでもいい扱いされた、自称アルフィエルの兄……。名前はなんだっただろうか? リンに四分割されたり、惚れ薬を使われたりでイメージが上書きされてトールも名前すら思い出せなかった。


 それは、どうでもいい。


 では、一体なにが大変なのか。


「カヤノちゃんが、大変なんですよ!」

「カヤノがっ!?」


 一瞬で、目が覚めた。

 干し草のベッドから飛び起き、そのまま部屋から出よう――として、話の流れからするとあり得ないものをみつけてしまった。


 しばし固まり、トールは絞り出すように声を出す。


「……カヤノ?」

「ラー!」


 元気に返事をするカヤノ。

 まったくもって、大変そうには見えない。


 だが、変化がないわけでもなかった。


「なんか、育ってないか?」

「そうなんです!」


 今まで……というか、昨日までは幼稚園か小学校入りたてぐらいだった。トールでも、簡単に抱き上げられるぐらいの幼女。


 それが、三年か四年。幼女と少女の中間ぐらいか。年齢二桁に見える。


「ラー!」

「おわっ、ちょっと待てッ」


 と言って、待つカヤノではない。


 制止の声など聞こえなかったかのように、干し草のベッドの上に座っていたトールへエントリィ。

 スカイダイビングでもするかのように、トールの胸へ飛び込んだ。


「うぐっ」


 正面から飛びかかられた衝撃で、肺の空気がなくなる。率直に言って、痛い。倒れ込まなかっただけ、大したものだ。


「くっ。重てえから、飛び込んでくるなよ」

「ナー!」

「駄目ですよ。いくらトールさんでも、女の子に重たいなんて言ったら」

「あ、うん」

「愛というのは、元々重たいものなんですから」

「そういう話はしてないけど、悪かった」


 カヤノにしがみつかれたまま、トールは謝った。

 愛イコール重量物という見解に異論はあるが、今は急成長したカヤノだ。


 ちょっと大きくなって勝手が違うので、早いところどうにかしたい。


「それよりも、トールさん! 大変なんです!」

「まあ、それは見れば分かるけど。野菜が速攻で成長したと思ったら、次はカヤノだもんな」

「このペースで大きくなったら、カヤノちゃんがあっという間におばあちゃんになっちゃいますよぅ!」

「そこか」


 成長そのものはいいが、ペースが早すぎて驚いているらしい。実に、リンらしい着眼点だ。


「まったく、リンは優しいな」

「ふえぇっ。あの? トールさん? なんで私は頭を撫でられて? いえ、あの、もちろん不満ではなくですね。いきなりこんなことをされると、心臓が大変なことになると言いますか。――死にます」

「死ぬなよ」


 トールは、慌ててピンクブロンドの髪から手を引いた。さらさらとして撫で心地は良かったのだが、リンの命には代えられない。


「あうううっ」


 恨めしげに、離れていったトールの手を見つめるリン。

 だが、直ぐに我に返った。


「って、それは後でじっくりやってもらえばいいんです」

「リンって、たまにびっくりするぐらい図々しくなるよな」

「えへへ……」

「まあ、けなしてるわけじゃないから別にいいんだけど……」


 それよりも、繰り返しになるが、問題はカヤノだ。


「しかし、なんだってこんな急に育ったんだ?」

「らー?」


 トールの足の間に入り込んだカヤノが、アホ毛とともに首を傾げた。


「言葉は喋れないままか」


 もう少し成長が必要なのか。それとも、聖樹とはそういう生物なのか。


 情報が少なすぎる。


 そうなると、情報がありそうな所から収集しなければならないのだが……。


「なあ、リン」

「なんでしょう、トールさん」


 カヤノの頭の上から、トールが真剣な表情で口を開く。


「ウルを雌オークの群れに叩き込んだら、真相喋ってくれると思うか?」

「いくらウルヒア兄さまでも、知らないことは喋れないかと」

「だよなぁ」


 逆に言うと、知っていても必要がないと思ったら絶対に喋らないだろう。それに、護衛のエルフ女ニンジャに邪魔される可能性が高い。


「しかし、こんなすぐに育つんなら、服なんか……あっ」


 日が変わって、元の白いワンピースに戻ったカヤノ。

 大きめだっただけに、今ではちょうどいいサイズになっている。


 だが、これが続くようなら他にもいろいろと服を用意しなければならない。


 グリーンスライムは、ここまで見越して。つまり、知ってあの魔具を寄越したのではないか。


 本人は「ジャスイダ」と言いそうだが、トールの中では、疑惑を通り越して確信に至っていた。


「となると、変な病気とか、そういうんじゃないわけか」

「え? じゃあ、カヤノちゃんはおばあちゃんになったりしないんですか?」

「そのうちなるだろうけど、今すぐどうこうってわけじゃなさそうだ」

「良かったです……」


 へなへなと、干し草のベッドの脇に、いわゆる女の子座りで座り込む。心から安心したようだ。


 そのまま上半身を倒し、リンの前面は下生えと密着した。まるで、新体操の選手のような体の柔らかさ。


「なぜ、リンはシームレスに土下座とか五体投地へ移行するのか」

「この格好、落ち着きます……」

「さすが、エルフ。大地とともに生きるんだな」


 もしかしたら、五百年後には本当にそういうことになっているかもしれない。


「とにかく、カヤノが成長した理由だな。そこを解明しないと、話は始まらない」

「でも、聖樹様の成長なんて、誰も知らないですよ? もしかしたら、これが聖樹様の苗木として普通のことなのかも……」

「まあ、それならそれでいい」

「あ、それもそうですね」


 リンが体を起こし、トールの言葉に全幅の信頼を寄せた。というよりは、それしかない。


「アルフィは、台所で?」

「はいっ! どんな時でも、お腹は減るからと」

「さすがアルフィだ」


 冷静沈着なダークエルフのメイドは、実に頼もしい。

 これで、たまに妙なことを言い出さなかったり、給料を受け取ってくれたらパーフェクトなのだが。


「じゃあ、飯を食いながらカヤノの育成対策会議といこうか」


 トールはカヤノを床に降ろして立ち上がった。


「ナー!」」


 だが、なぜ置いていくのか。いつものように運べとカヤノが厳重に抗議する。


「いや、カヤノ。さすがに、ちょっとおも……俺が運ぶには、お育ちあそばれ過ぎてない?」

「トールさん、ふぁいとです!」

「ちょっと可愛く言っても、別に頑張ったりしないからな!」


 結局、トールは頑張った。


 木の虚のクローゼットを陰にしてささっと着替えると、しっかりと腰を下ろしてカヤノを抱き上げる。


「ラー!」

「せめて大人しくしろよ?」


 ただでさえも重たくなったのに、腕の中で暴れられたらバランスもなにもあったものではない。

 しかし、全幅の信頼を寄せているのか。カヤノは、なにを言っているのか分からないとアホ毛を左右に揺らす。


「らー?」

「今度、《筋力》のルーンのアームバンドでも作ろう……」


 少しだけ物欲しそうにこちらを見上げるリンの視線を感じながら、トールは身も蓋もない方法での問題解決を決意した。


 カヤノが成長した件も、こんな具合に解決できたら最高なのだが……と、息を吐きながら。

もうちょっと成長させたほうが良かった?

と、悩みましたが、本当におばあちゃんになっても困るので、この辺に落ち着きました。

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タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~
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