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刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ  作者: 藤崎
第二部 育成編

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第二話 ご主人もきっと、良さに気付いてくれるはず

「早速、もらった苗や種を植えていこう」

「おー!」

「アー!」


 朝食の片付けが終わると、トールたちは隠れ家の前に集合した。

 今日もいい天気。絶好の農業日和というやつだろうかと、トールは手をかざして陽光を遮りながら思う。


「だが、いきなり楽しい作付けができるわけではない。しっかり、環境を整えてからだぞ」

「はい!」

「アー!」


 目の前には、アルフィエルが一晩で開墾した、家庭菜園と呼ぶには広大な土地。土は掘り起こされ、畝もきちんとでき上がっている。

 そして、足下には納屋から運び出された種苗の類や農具が置かれていた。


「元気だね、みんな……」


 準備は万端。しかし、トールのテンションは上がらない。


「トールさん、しっかりしましょう! これから、作付けという大イベントが控えているんですよ!」

「エルフ的には、そんな重大イベントなの?」


 リンが元気づけようとしてくるが、むしろ下がっていく。縦ベクトルだけでなく、横ベクトルに引き気味だ。


 これは、関東人に、芋煮の重要性を理解できないようなものだろうか。なぜ薪が必要なのか。家の中で作ってはいけないのか。コンビニで売るほどなのか。

 このたとえが、すでに分かっていない感じだが、トールの素直な気持ちだった。


 なにしろ、自分で植物を育てたという経験がほとんどない。


「農業なんて、小学校の時にサツマイモを育てたぐらいだからなぁ……」


 それも、遥か記憶の彼方だ。なんとなく、焼き芋を食べたような、食べずに持ち帰ったような曖昧な思い出しかない。遠足の芋掘りと、ごっちゃになっている可能性もある。


 そもそも、あれは農業と呼べるレベルではなかった。


「アルフィエルさん、どうしましょう!? トールさんが、心ここにあらずです!」

「トゥイリンドウェン姫、案ずることはないぞ」

「アルフィエルさん!? それは、一体どうして……」

「あ、また変にポジティブな発想の転換するやつだ」

「失礼な。ただ単に、経験がないのであれば経験してもらえばいい。それだけのことだ」


 農業の楽しさを知らぬ者は幸いである。

 目の前に、豊穣なる大地が広がっているのと同じことなのだから。


 アルフィエルは、そう、ダークエルフに伝わる言葉を口にした。


「オーラロード開きそうじゃねえか、《翻訳》のルーンどうなってるんだよ。いやいや。その言葉の信憑性以前に、アルフィは戦乙女のお母さんに育てられたんだろ?」

「そんな。義母(おかあ)さんなどと……まだ早くないか?」

「時期の問題か?」


 トールが目を細めて言うと、アルフィエルは耳のイヤリングに触れた。


「まあ、そんなわけで。経験すれば、ご主人も良さに気付いてくれるはずということだ」

「そうですよね! 嫌いな男の人なんていないですもんね!」

「ラー!」

「農業をっていう目的語省いてるのは、わざとなの? 天然なの?」


 たぶん、両方だ。わざとなのはアルフィエルで、天然なのがリン。絶妙な組み合わせ。トールが対抗できるはずもない。カヤノも、向こう側だ。


 いつの間にか四面楚歌だった。解せない。


 しかし、トールも大人だ。ここは、家長として鷹揚な部分を見せる必要がある。


「まあ、飯食ってるときにやるって言ったからな。そこを反故にするつもりはないさ」


 自分の言ったことの責任は取らなければならない。アルフィエルとリンに任せきりにするわけにも。

 そう、トールはやる気を奮い起こした。


「よし。ご主人の同意も得たことだし、さっそく始めよう」

「……まず、どうするんだ?」

「そうだな。まずは、カヤノのベッドを整えたほうがいいだろう」

「ラー!」


 聖樹の苗木も、その場で飛び上がって賛同した。


 アルフィエルの畑。

 その中心は、カヤノの寝床(・・)だ。


 見た目は、幼女がすっぽりと縦に肩まで埋まる穴でしかないが。


「周囲を柵で覆って、穴を少し補強する感じ?」

「うむ。さすがに、屋根までは作れないからな」

「手伝います!」

「アー!」


 まずは自分のことだと分かったらしい。カヤノが、アホ毛をぴこぴこさせて喜びを表現する。


 そこまで期待されたからには、頑張るしかない。


 納屋にあった板材を利用し、囲いを用意する。

 農業ではなく即興の日曜大工となってしまったが、今のトールは毎日が日曜日なので問題なかった。


 それに、工具に《熟練》のルーンを描けば、日曜大工レベルならどうとでもなる。会話をしながらでも、作業に支障がない程度には。


「当座は囲い程度でいいとして、雨のことも考えないとなぁ」

「できればそうしたいところだが、完全に雨を遮ると周囲が水浸しになる可能性がな」

「《防水》のルーンは……使い所が難しいな」


 いっそ、温室を作ってしまったほうがいいのかもしれない。暖かい分には、カヤノも文句を言わないだろう。

 トールは、《熟練》のルーンを描いたノコギリで板材を均等な長さに切り分けながら、将来的な計画に思いを馳せる。

 カヤノが、しゃがみ込んで手元を見つめている。


「あの……。トールさん、アルフィエルさん。その、本当に、的外れな意見だったら申し訳ないんですが、駄目なら駄目で私が恥を掻くだけなので、勇気を振り絞って発言を許していただきたいと愚考する次第でして……」

「つまり?」

「雨が降ったら、カヤノちゃんは家に戻ってくるんじゃないんですか?」

「それだ!」


 なぜ、そんな簡単なことに気付かなかったのか。

 ノコギリを扱う手を止めて、リンの素直な指摘に感心する。手元を見つめていたカヤノが、作業が止まって残念そうな顔をしていた。


「むしろ、雨降ったら喜ぶという可能性もあるよな」

「あり得るな」

「ビジュアルは、大変なことになりそうだけど……」


 とりあえず、心配はそのときになってからすればいい。

 そう結論づけて、トールはノコギリを手放した。本職の大工のような手腕で生産された柵の部品は、長さも均等で切り口も美しい。


 あとは、釘を打って設置すれば柵の完成。《防腐》のルーンも描いておくが、時間があったらペンキで塗ったほうがいいかもしれない。

 金槌にも《熟練》のルーンを描くのが先だろうが。


「それにしても、聖樹の苗木が自分が耕した畑に根を張ろうとしているとはな」

「アルフィエルさん、素晴らしく、そして、すごいことですよ」


 豊穣の鍬でカヤノのベッドを整えながら、リンが褒め称える。実際、エルフやダークエルフの価値観では、とてつもなく名誉なことだった。


 トールに分かりやすい形で例えれば、皇室御用達に選ばれたようなものだろうか。いや、過去に例がないのだから、その比喩も不適切か。どちらかというと、神事のほうが近そうだ。


「素人仕事で申し訳ないが、光栄だ」


 トールとしては幼女が埋まる穴のことなのにな……とひっかかりを憶えたが、なにも言わない。

 黙々と作業を続け、最後に余った板に平仮名で「かやの」と名前を書いて表札代わりに突き立てた。


「とりあえず、完成でいいかな?」

「うむ。いいできだと思うぞ」


 腰を伸ばして拳で叩くトールに、アルフィエルは素直な賛辞を送った。

 それは、使用者である聖樹の苗木も同じだった。


「ラー!」


 嬉しそうな歓声をあげて、カヤノは柵を跳び越えた。そして、再び穴にずっぷりと埋まる。昨日の再現だが、柵と表札があることで、若干、犯罪っぽさが払拭されたような気がしないでもなかった。

 見ようによっては、植物園とか神社の境内っぽさを感じられる可能性を強弁することもできるかもしれない。


「らー」


 なにより、カヤノ本人は、アホ毛を揺らしてご満悦。


「リンも、お疲れ様。カヤノが喜んでくれて良かったな」

「いえいえ、そんな。元の耕し具合が良かったので、私の貢献など、絵に最後にちょんと書き加えただけのものですから」


 猛烈な勢いで謙遜するが、労わないという選択肢はない。

 そんなやり取りを続けるトールとリンを温かく見守っていたアルフィエルが、暖かな光を投げかける太陽をちらりと見て言う。


「ご主人のお陰で、思っていたより早く進んだな」

「まあ、これくらいならなんでもないさ」

「さすが、トールさんですね。これで、心置きなく作付けできます!」


 そこはやはり重要らしい。

 こうなったら、とことん付き合ってやろう。


 一周回って、やる気が出てきたトール。


 とりあえず、慣れない作業の代償――筋肉痛のことは、考えないことにした。

長くなったので、作付けは次回。

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