第十六話 ちょっとした、ダイナミック帰宅だな
「着いたか」
完全に停止するのを待ってから、ウルヒアが最初に立ち上がる。
馬車の扉を自分で開け、外に出ようしたところで、振り返った。
「荷物は、馬車に残しておけ」
「今、ウルがなにかの伏線を張った気配がした」
「深読みが好きだな」
トールの言葉には取り合わず、言うべきことを言って降りてしまった。
こうなると、ウルヒアが白状することは絶対にない。
トールはカヤノを抱いたまま馬車の扉をくぐり、その後に、リンとアルフィエルが続く。
そこはなにもない平原……ではなかった。
どんっと、巨大な鳥、ルフがうずくまっていた。さらに、その前に、ぽつんと一軒の納屋が建っている。
「大平原の小さな家かよ。見たことねえけど」
「そうか。今、目にしているな」
納屋は、隠れ家の玄関ホールを兼ねているリンの家と同じく二階建て。がっしりとした石造りで、扉は大きい。どちらかというと、倉に近いかもしれない。
「納屋に、種とか苗とか農具とかが用意されているというのは分かるけど、最初からここに建ててあったわけじゃないよな?」
「僕が作った」
「アー!」
巨鳥を目にしてトールの腕の中で大喜びするカヤノを抑えながら、トールは恐る恐る尋ねる。
「もしかして……飛ばすのか?」
「ああ。納屋は必要だろう。やる」
「つまり、ルフが納屋を掴んで、隠れ家まで移動させると……?」
ウルヒアは、あっさりとうなずいた。
そのまま、納屋へと近づいていく。中を案内するつもりだろう。トールたちも、あわててその後を追った。
「いない間に、あっちで基礎の用意はしてある。種苗の類や農具も納屋の中に入っているから、帰りはそれに乗って戻れ」
つまり、おもちゃの家でも建てるように移動させるわけだ。
プレハブよりも手軽な工法に不安を憶えるが、ウルヒアができると言うのなら、できるのだろう。
そこは納得しても、思うところはあった。
「ちょっとした、ダイナミック帰宅だな」
「ついでに、馬車も馬ごと持っていけ」
「……だから、ユニコーンだったのか」
馬とグリフォンを一緒にするのは、このアマルセル=ダエア王国でもちょっとしたタブーだ。まあ、他の国ではグリフォンを簡単に使役はできないのだが。
しかし、そうなるとエルフの貴公子が帰りの足を失ってしまう。
「ウルはどうするんだよ」
「あとで、ワイバーンを呼ぶ」
「そうか、なるほど。なら、遠慮なく」
「そうしろ」
話している間に、ウルヒアがスライド式の扉を開いた。その中に、乗ってきた馬車が粛々と入っていく。
納屋の中へ完全に収まると、少しして中から人影が現れた。
足音はほとんどせず、水面のように静か。
その姿を目にして初めて、そういえば御者がいたはずだと思い至る。存在感がなさ過ぎて、トールだけではなく、アルフィエルもまったく意識していなかった。
「殿下」
「ああ、頼む」
その御者は、エルフの女性だった。パンツスタイルで、ぴっちりとした衣服を身につけたスレンダーな美女だ。
初めて目にした時のアルフィエルと、トールの中でイメージがオーバーラップする。
――と、目の前でエルフの女性が消えた。
「無視していいぞ。その辺で見張っているだけだ」
実際に気にしていない風情で、ウルヒアは納屋の中へ移動する。
さすがに、今度は黙って後をついていくというわけにはいかなかった。三人で円陣を組んで、顔を見合わす。
カヤノは地面に下ろされ、円陣の中心でぐるぐる飛び跳ねていた。
「おいおい、ニンジャかよ」
「ご主人も知らなかったのか」
「そういえば、ウルと出かけたりする時はリンも一緒だったからな……」
その場合、影の護衛など必要ない……わけではないだろうが、影は影のままで問題なかったのだろう。
「……なるほど、さすがは王族か」
「リンは、まあ、うん。深く考えないようにしよう」
「しかし、ウルヒア王子は、誰とでもああなのか。少し安心したぞ」
「兄姉の中では、私に一番似ているのがウルヒア兄さまなんですよ!」
「ラー!」
なんとなく酷い発言を最後に、円陣が解かれた。
同時に、カヤノが先陣を切って納屋の中へと入っていく。
「明るいですね」
納屋の内部は、明かり窓からの光が差し込み適度に明るい。馬車とユニコーンが入ってもなお余裕があった。
「これを持ち上げるのか……」
ルフの巨大さに改めて感心しつつ、トールは備品に目をやった。
壁に固定された農具。
麻の袋に小分けにされた、種。
底の浅い木箱に入れられた苗。
カヤノは、それらを訳知り顔で点検しては、「ラー!」とか「アー!」とか言っている。
リクエスト通りの物が集められている……が。
「……ん?」
その中に、ひとつだけ異質な物があった。
一見すると、一抱えほどの黒い箱。だが、天板には二枚に区切られた水晶がはめられており、箱の下部には、なにかを排出する口が開いていた。
「なんですか、これ?」
「芸術品かなにかだろうか?」
「いいのかよ、ウル」
「ああ」
箱の正体に気付いたトールに、エルフの貴公子は小さくうなずく。
だが、置いていかれたリンはぷくりと頬を膨らませた。
「ウルヒア兄さま!」
「これは、複写の魔具だ」
天板に置いた書類や絵をコピーして、セットした紙に出力する。
それだけと言えば、それだけ。
「それが、なんでここに?」
「俺のマンガのため……だな」
けれど、トールには千金の価値がある。
「宝物庫で埃をかぶっていた物だからな。許可は得てある。自由にしていいぞ」
一台だけでは、世界を変革するには至らなかった。
だが、それはコンテンツ次第でもある。
「好きに使うといい」
「これが本当の報酬ってわけかよ」
「まあ、信頼の証だと思って構わない」
悪用すれば、それこそ世界をひっくり返しかねない。
それを与えるのだから、ウルヒアの言う通り、信頼以外のなにものでもなかった。
「よし。やる気出てきたぜ」
「ラー!」
「そうか」
驚きから喜びに表情が変わったトールを、ウルヒアは変わらない表情で見つめる。
「あれ、ウルヒア兄さまも喜んでいる顔ですよ」
「トゥイリンドウェン姫、解説感謝する」
リンがアルフィエルにだけに説明したのは、トールは気付いているからである。
「さて、さっさと帰れ」
「ああ。いろいろありがとう。あとで、諸々の請求書を送るからな」
「帰れ」
それが別れの挨拶となった。
ウルヒアが納屋から出てしばし。がこんという音がした直後、浮遊感に襲われる。ルフが巨大な足で納屋を掴んで、飛び立ったのだ。
そのまま移動しているはずだが、外が見えず風も吹いていないのでよく分からない。
空の旅をしている証拠は、不定期に訪れる揺れの存在しかなかった
「ラー!」
「おお……。これは……慣れないな」
「ちょっと対処するか」
褐色の肌のため目立たないが、アルフィエルの顔色が悪くなっているように思えた。それに、カヤノはともかく、ユニコーンが落ち着きをなくすと怖い。
トールはおもむろにGペンを取り出し、壁面に《平行》のルーンを刻んだ。
これで揺れることはない。
「さすがご主人。さらっと、収めてしまったな」
「トールさんですから!」
「まあ、ウルヒアは、これ込みで移動手段を手配したはずさ」
こうして、納屋ごと運ばれること数時間。
飛行中は特にイベントは発生せず、空の旅は順調に進み、終わった。
飛び立った時とは逆に、がたんと音がすると同時に重力が戻ってくる。
「私が行きます!」
リンが納屋の扉を開くと、ルフの羽ばたきで巻き起こった風で巻き上がった砂埃の向こうに、見慣れた隠れ家が建っていた。
「帰ってきた……か」
「アー!」
「あっ、待ってください!?」
横を走り抜けていったカヤノをリンが追う。
トールとアルフィエルはリンに任せ、これからのことを話し合う。
「まずは、カヤノに家を案内して……台所とか風呂とか理解できるんだろうか?」
「とりあえず、やるだけやってみるしかないのではないか?」
「それもそうだな」
通じたら儲けもの。
それくらいのスタンスで、家の内部を案内しよう。
「……そう思っていた時期が、俺にもありました」
「……気持ちは分かるぞ、ご主人」
納屋から出た二人が見たのは、王都へと帰って行く巨鳥ルフ。
はわわわわと右往左往するリン。
そして、アルフィエルが耕した畑の真ん中に、肩までずぼっと埋まったカヤノだった。
「ラー!」
いや、ご機嫌で埋まったカヤノだった。
「そこは植物なんだ……」
虐待っぽい光景に、トールは立ち尽くすことしかできなかった。
これにて、拡張編は終了です。次回から、育成編となります。
引き続き、よろしくお願します。




