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刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ  作者: 藤崎
第二部 拡張編

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第十六話 ちょっとした、ダイナミック帰宅だな

「着いたか」


 完全に停止するのを待ってから、ウルヒアが最初に立ち上がる。

 馬車の扉を自分で開け、外に出ようしたところで、振り返った。


「荷物は、馬車に残しておけ」

「今、ウルがなにかの伏線を張った気配がした」

「深読みが好きだな」


 トールの言葉には取り合わず、言うべきことを言って降りてしまった。

 こうなると、ウルヒアが白状することは絶対にない。


 トールはカヤノを抱いたまま馬車の扉をくぐり、その後に、リンとアルフィエルが続く。


 そこはなにもない平原……ではなかった。


 どんっと、巨大な鳥、ルフがうずくまっていた。さらに、その前に、ぽつんと一軒の納屋が建っている。


「大平原の小さな家かよ。見たことねえけど」

「そうか。今、目にしているな」


 納屋は、隠れ家の玄関ホールを兼ねているリンの家と同じく二階建て。がっしりとした石造りで、扉は大きい。どちらかというと、倉に近いかもしれない。


「納屋に、種とか苗とか農具とかが用意されているというのは分かるけど、最初からここに建ててあったわけじゃないよな?」

「僕が作った」

「アー!」


 巨鳥を目にしてトールの腕の中で大喜びするカヤノを抑えながら、トールは恐る恐る尋ねる。


「もしかして……飛ばすのか?」

「ああ。納屋は必要だろう。やる」

「つまり、ルフが納屋を掴んで、隠れ家まで移動させると……?」


 ウルヒアは、あっさりとうなずいた。

 そのまま、納屋へと近づいていく。中を案内するつもりだろう。トールたちも、あわててその後を追った。


「いない間に、あっちで基礎の用意はしてある。種苗の類や農具も納屋の中に入っているから、帰りはそれに乗って戻れ」


 つまり、おもちゃの家でも建てるように移動させるわけだ。

 プレハブよりも手軽な工法に不安を憶えるが、ウルヒアができると言うのなら、できるのだろう。


 そこは納得しても、思うところはあった。


「ちょっとした、ダイナミック帰宅だな」

「ついでに、馬車も馬ごと持っていけ」

「……だから、ユニコーンだったのか」


 馬とグリフォンを一緒にするのは、このアマルセル=ダエア王国でもちょっとしたタブーだ。まあ、他の国ではグリフォンを簡単に使役はできないのだが。


 しかし、そうなるとエルフの貴公子が帰りの足を失ってしまう。


「ウルはどうするんだよ」

「あとで、ワイバーンを呼ぶ」

「そうか、なるほど。なら、遠慮なく」

「そうしろ」


 話している間に、ウルヒアがスライド式の扉を開いた。その中に、乗ってきた馬車が粛々と入っていく。


 納屋の中へ完全に収まると、少しして中から人影が現れた。

 足音はほとんどせず、水面のように静か。


 その姿を目にして初めて、そういえば御者がいたはずだと思い至る。存在感がなさ過ぎて、トールだけではなく、アルフィエルもまったく意識していなかった。


「殿下」

「ああ、頼む」


 その御者は、エルフの女性だった。パンツスタイルで、ぴっちりとした衣服を身につけたスレンダーな美女だ。

 初めて目にした時のアルフィエルと、トールの中でイメージがオーバーラップする。


 ――と、目の前でエルフの女性が消えた。


「無視していいぞ。その辺で見張っているだけだ」


 実際に気にしていない風情で、ウルヒアは納屋の中へ移動する。

 さすがに、今度は黙って後をついていくというわけにはいかなかった。三人で円陣を組んで、顔を見合わす。


 カヤノは地面に下ろされ、円陣の中心でぐるぐる飛び跳ねていた。


「おいおい、ニンジャかよ」

「ご主人も知らなかったのか」

「そういえば、ウルと出かけたりする時はリンも一緒だったからな……」


 その場合、影の護衛など必要ない……わけではないだろうが、影は影のままで問題なかったのだろう。


「……なるほど、さすがは王族か」

「リンは、まあ、うん。深く考えないようにしよう」

「しかし、ウルヒア王子は、誰とでもああなのか。少し安心したぞ」

「兄姉の中では、私に一番似ているのがウルヒア兄さまなんですよ!」

「ラー!」


 なんとなく酷い発言を最後に、円陣が解かれた。

 同時に、カヤノが先陣を切って納屋の中へと入っていく。


「明るいですね」


 納屋の内部は、明かり窓からの光が差し込み適度に明るい。馬車とユニコーンが入ってもなお余裕があった。


「これを持ち上げるのか……」


 ルフの巨大さに改めて感心しつつ、トールは備品に目をやった。


 壁に固定された農具。

 麻の袋に小分けにされた、種。

 底の浅い木箱に入れられた苗。


 カヤノは、それらを訳知り顔で点検しては、「ラー!」とか「アー!」とか言っている。


 リクエスト通りの物が集められている……が。


「……ん?」


 その中に、ひとつだけ異質な物があった。


 一見すると、一抱えほどの黒い箱。だが、天板には二枚に区切られた水晶がはめられており、箱の下部には、なにかを排出する口が開いていた。


「なんですか、これ?」

「芸術品かなにかだろうか?」

「いいのかよ、ウル」

「ああ」


 箱の正体に気付いたトールに、エルフの貴公子は小さくうなずく。

 だが、置いていかれたリンはぷくりと頬を膨らませた。


「ウルヒア兄さま!」

「これは、複写の魔具だ」


 天板に置いた書類や絵をコピーして、セットした紙に出力する。

 それだけと言えば、それだけ。


「それが、なんでここに?」

「俺のマンガのため……だな」


 けれど、トールには千金の価値がある。


「宝物庫で埃をかぶっていた物だからな。許可は得てある。自由にしていいぞ」


 一台だけでは、世界を変革するには至らなかった。


 だが、それはコンテンツ次第でもある。


「好きに使うといい」

「これが本当の報酬ってわけかよ」

「まあ、信頼の証だと思って構わない」


 悪用すれば、それこそ世界をひっくり返しかねない。

 それを与えるのだから、ウルヒアの言う通り、信頼以外のなにものでもなかった。


「よし。やる気出てきたぜ」

「ラー!」

「そうか」


 驚きから喜びに表情が変わったトールを、ウルヒアは変わらない表情で見つめる。


「あれ、ウルヒア兄さまも喜んでいる顔ですよ」

「トゥイリンドウェン姫、解説感謝する」


 リンがアルフィエルにだけに説明したのは、トールは気付いているからである。


「さて、さっさと帰れ」

「ああ。いろいろありがとう。あとで、諸々の請求書を送るからな」

「帰れ」


 それが別れの挨拶となった。


 ウルヒアが納屋から出てしばし。がこんという音がした直後、浮遊感に襲われる。ルフが巨大な足で納屋を掴んで、飛び立ったのだ。


 そのまま移動しているはずだが、外が見えず風も吹いていないのでよく分からない。


 空の旅をしている証拠は、不定期に訪れる揺れの存在しかなかった


「ラー!」

「おお……。これは……慣れないな」

「ちょっと対処するか」


 褐色の肌のため目立たないが、アルフィエルの顔色が悪くなっているように思えた。それに、カヤノはともかく、ユニコーンが落ち着きをなくすと怖い。


 トールはおもむろにGペンを取り出し、壁面に《平行》のルーンを刻んだ。


 これで揺れることはない。


「さすがご主人。さらっと、収めてしまったな」

「トールさんですから!」

「まあ、ウルヒアは、これ込みで移動手段を手配したはずさ」


 こうして、納屋ごと運ばれること数時間。

 飛行中は特にイベントは発生せず、空の旅は順調に進み、終わった。


 飛び立った時とは逆に、がたんと音がすると同時に重力が戻ってくる。


「私が行きます!」


 リンが納屋の扉を開くと、ルフの羽ばたきで巻き起こった風で巻き上がった砂埃の向こうに、見慣れた隠れ家が建っていた。


「帰ってきた……か」

「アー!」

「あっ、待ってください!?」


 横を走り抜けていったカヤノをリンが追う。

 トールとアルフィエルはリンに任せ、これからのことを話し合う。


「まずは、カヤノに家を案内して……台所とか風呂とか理解できるんだろうか?」

「とりあえず、やるだけやってみるしかないのではないか?」

「それもそうだな」


 通じたら儲けもの。

 それくらいのスタンスで、家の内部を案内しよう。


「……そう思っていた時期が、俺にもありました」

「……気持ちは分かるぞ、ご主人」


 納屋から出た二人が見たのは、王都へと帰って行く巨鳥ルフ。


 はわわわわと右往左往するリン。


 そして、アルフィエルが耕した畑の真ん中に、肩までずぼっと埋まったカヤノだった。


「ラー!」


 いや、ご機嫌で埋まったカヤノだった。


「そこは植物なんだ……」


 虐待っぽい光景に、トールは立ち尽くすことしかできなかった。

これにて、拡張編は終了です。次回から、育成編となります。

引き続き、よろしくお願します。

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・異世界と地球の両方が舞台の新作です。合わせてお読みいただけると嬉しいです。

タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~
― 新着の感想 ―
[一言] 引越し当初、周囲にモンスターの気配がない、ような記述がありましたが、「お掃除」してあったってことですかね? 継続中なのかも。
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