第十四話 ウルヒアを相手にするときは、圧迫面接スタイルがデフォなの?
「ご主人、ありがとう。美味しかったし、なにより貴重な経験だった」
「そんなにかしこまる必要はない……って言っても聞かないだろうから、感謝はありがたく受け取っておこう」
そばの店を出たところで頭を下げていたアルフィエルが、ささっとトールに近付く。神妙な顔をして、口を耳元に寄せた。
「自分への理解が深まっているようで、実に嬉しいぞ、ご主人」
「それ、内緒話みたいに言う必要あった!?」
飛び跳ねるようにして距離を取り、抗議するトール。吐息がかかった耳を押さえて、顔を赤くしているのが実に愛らしい。
その仕草を見て、ダークエルフのメイドは黒幕のように笑った。
「ご主人を順調に自分色で染めているなどと、往来で口に出せるはずがないだろう?」
「言ってる。今、言ってるから。あと、染まってはいない」
「ちなみに、理解度の話をするのであれば、私は相当トールさんに理解されていると自負しています」
「対抗しなくていいから」
「ええっ? 私の唯一無二の自慢なんですけど!?」
「リンには、いいところがもっとたくさんあるよ……」
トールは、わりと真面目なトーンで言った。
「ラー!」
その変わり様がツボだったのか、カヤノが天真爛漫に笑う。アホ毛もぴこぴこ左右に揺れて、本当に楽しそうだ。
「なぜだ。日常会話が、なぜこんなに受けるんだ……」
「自分はすっかり慣れてしまったが、そこはやはり、ご主人とトゥイリンドウェン姫だからではないだろうか?」
ダークエルフのメイドが、さりげなく自身を蚊帳の外に置いた。
アルフィエルも仲間だよと、トールが沼へ引き込もうとしたところ。裏路地にも敷かれた石畳を打つ、蹄と車輪の音が聞こえてきた。
「ユニコーンに馬車を引かせるなど、どこの御大尽だ?」
「……やっと、おでましか」
トールの、なんとも言えない声音を耳にし、アルフィエルも気付いた。
馬車はトールたちに近付きながら減速し、そばの店の前で静かに止まった。
それと同時に、内側から扉が開く。
「乗れ。送っていく」
その中には、不機嫌そうなエルフの貴公子。
つまり、いつも通りのウルヒアが乗っていた。
「ウルヒアを相手にするときは、圧迫面接スタイルがデフォなの?」
進行方向を前にしてアルフィエル、トール、リンの順番で並び、対面にウルヒアが座った。
聖樹の苗木――カヤノは、トールの膝の上だ。お腹いっぱい食べたからか、それともアルコールのせいか。目はとろんとしていて、頭はアホ毛と一緒にかくんかくんと揺れている。
腰を落ち着けた直後、六人乗りの箱馬車が、王都の郊外へ向けて走り出した。
ビロード張りの座席に、馬車の中とは思えない内装。いかなる技術を用いているのか、揺れもほとんど感じない。
「トールさんは、私たちよりもウルヒア兄さまの隣がいいと言うのでしょうか?」
「おおっ。トゥイリンドウェン姫が踏み込んだっ」
「普通に、狭いっていうだけなんだが……」
「とりあえず、僕を巻き込むのは止めてもらおうか」
飛び火させない限りは好きにしろと、ウルヒアがトールを突き放した。
その真意を理解したトールは、軽く舌打ちする。
「まあ、迎えに来てくれたのは良いけど……」
だが、すぐに気を取り直してウルヒアの瞳を正面から見つめた。
「こんな派手な馬車で、来ることなかったんじゃねえか?」
「木を隠すなら森だ」
「なるほど。まあ、《幻影》も万能じゃないだろうしな」
聖樹の苗木の存在が目立たないよう、あえてユニコーンに馬車を引かせたということらしかった。
それに、ウルヒアが下手に隠密行動をすれば、逆に目立ってしまうというのもあるのだろう。
トールは、あっさりと納得した。
しかし、それはトールだけのようだった。
「トゥイリンドウェン姫、今の流れ分かったか?」
「もちろん、分かりません!」
トールを挟んで、ダブルエルフが目を見合わす。
あきれられているのか、感心されているのかよく分からなかったが、とりあえず、スルーする。トールはカヤノを抱き直し、再びウルヒアの瞳をのぞき込んだ。
まるで、嘘を見極めようとするかのように。
「まあ、密室なのはちょうどいいと言えばちょうどいいか」
「なにが聞きたいんだ?」
「近々聖樹が枯れるとか、そういうことじゃないんだよな?」
前置きなく投下された爆弾に、リンとアルフィエルはぎょっとして動きを止めた。
無理もない。聖樹や霊樹は絶対的な存在。それが枯れるなど、それこそ、天が落ちてくるようなもの。
つまり、ありえない。
なのに、トールは現実の可能性として指摘した。それは、客人特有の感覚のなせる技だが、信頼するふたつが矛盾すれば混乱するのは当然のこと。
「そう来たか……」
ウルヒアですら顔色を変えたという、事実が、それに拍車を掛ける。
一番の当事者であるカヤノだけは、幸せそうに眠っていた。
「今回は、ごまかされないぞ?」
「さすがに、それは考えすぎだ」
そう考えるに至った理屈は分かるがなと、ウルヒアは頬杖を突いた。あきれているようにも、喜んでいるようにも見える。
「……そうか。なら、いい」
「ぜんっぜん、よくないぞ!」
「そそっそそ、そうですよ! 聖樹様が枯れるって、一体全体どういうことですか!?」
アルフィエルは狼狽し、リンに土下座の兆候はない。それほどの、重大事。
にもかかわらず、トールは冷静。というより、ウルヒアに否定してもらって、安心しているように見えた。
「だって、普通、聖樹に苗木なんて必要ないだろ? 不滅というと言いすぎかも知れないけど、枯れないんだから」
なのに、聖樹の苗木を育てろという。
後継者を作るのは、自らがいなくなるときだ。
「うちの師匠みたくな」
「あ、筋は通ってますね」
「理屈はそうだとしても、普通は思いつかないぞ。そこは、まあ、ご主人だからご主人だとしても。聞かされるこちらの身にもなって欲しい」
「俺が悪い……のか……?」
「そういうことにしておけ」
と、ウルヒアが他人事のように言った。
「聖樹の苗木を預けるのは、陛下が伝えたとおりの理由だ。それ以上でも、以下でもない」
「複雑な事情はないんだな?」
「聖樹の苗木を預けるという以上のはな」
「分かったよ。名前もつけたし、責任を取れるかどうかは分からないが、精一杯育てるさ」
聞きたいことは聞いたと、トールは矛を収めた。
にわかに沈黙が広がり、微かな車輪の音が車内に響く。
それを破るかのように、アルフィエルが小さく手を挙げた。
「ご主人、ひとつだけ聞きたいのだが」
「ひとつと言わず、答えられることなら」
トールの許しを得て、アルフィエルは口を開く。
「もし本当に、カヤノを後継者として育てるということだったら、どうするつもりだったのだ?」
「ん? そんな責任を負わされるのはごめんだから、どっかに逃げてたんじゃないか?」
引きこもりから逃亡者にクラスチェンジだなと韜晦した……が。
「嘘だな」
「嘘ですね」
ダブルエルフには、まったく通用しない。
「本当にそのつもりなら、僕になにも聞かずに逃げていただろう」
それどころかウルヒアにまで見透かされ、トールは居心地悪そうに黙っているほかなかった。
シリアスには、なりません。
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