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刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ  作者: 藤崎
第二部 拡張編

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第十三話 なるほど、ご主人の故郷の味か

「というわけで」


 木造で瓦葺き。

 装飾と言えば、丸い障子の窓程度の渋い。有り体に言えば地味な建物の前で、トールは立ち止まった。


「予約してたのは、そばの店だ」


 エルフ風とも、ドワーフ様式とも、中原の人間諸国の形相とも、異なる。看板さえ出ていない、裏路地の隠れ家のような場所。


「ここが、店だったのか」

「ラー?」

「知る人ぞ知る名店ですよ! よく、予約できましたね!」

「ウルヒアにやらせた」


 せっかく王都案内の相談をしたのに、まともな返答をしなかったので、この件だけは強くプッシュしたのだ。

 今なら、聖樹の苗木――カヤノの件で忙しかったのだろうと分かるが、特に後悔はない。


「そば……か。ガレットだな?」

「いや、そば切り……。要するに、麺にしたものだな」


 記念すべきアルフィエルの初外食は、そばとなった。

 ギリギリになって知らされたが、さすがに、今からどうすることもできない。リクエストをすればエルフの宮廷料理でも振る舞うことはできただろうが、それはちょっと違う。


 覚悟を決めて、店へ入ることにする。


 がらがらと横開きの扉を開くと、いかにもそば屋という店の様子が目に入る。


 テーブル席は満席で、エルフたちがそばに舌鼓を打っている。基本的には平皿に盛ってフォークで食べているが、常連らしい一部は正統派スタイルで箸を使っていた。


 厨房からほのかに薫るつゆの匂いが、トールのノスタルジーを刺激する。


「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですね」

「あ、はい」


 割烹着をまとったエルフの店員が、すぐに声をかけてきた。

 どこで判断したのか……と疑問を抱いているうちに、奥へと案内される。


「すいません。人数が一人増えているんですけど……」

「いえ、最初から四名様とうかがっておりますよ」

「……あ、そうですか」


 適当にごまかしつつ、ウルヒアへの仕返しゲージを上昇させていくトール。


「なるほど。ああいう服もあるのか……」


 その途中、背後からアルフィエルのつぶやきが聞こえてきた。ダークエルフのメイドの視線は、エルフの店員へと注がれている。


 アルフィエルに割烹着が似合うだろうか?

 トールは脳内で着せ替えを試みるが、結果は微妙の一言だった。素材の持ち味を殺している。


「こちらへどうぞ」


 案内されたのは、個室。それも、畳敷きの和室だった。


 部屋の真ん中に座卓が置かれ、座椅子が人数分用意されていた。堀ごたつになっているので、畳に慣れていないリンたちでも、問題はなさそうだ。

 床の間には一輪挿しと達筆な書が飾られている。漢字だと思われるが、達筆すぎてトールにも読めない。


「ふうむ。これは、いいな。部屋の中まで、草木に満ちている」

「ですよね!」


 上座にトール、その横にリン。

 トールの正面にはカヤノが陣取り、世話をする意味で聖樹の苗木の隣にはアルフィエルが座った。


「トールさんと故郷が同じ客人(まろうど)さんが、設計したそうですよ」

「なるほどなぁ。トゥイリンドウェン姫の部屋も、こんな感じにしたらどうだろう?」

「和室で暮らす、エルフのお姫さまか……」


 それはちょっと、エルフらしくない気がした。

 けれど、よくよく考えたらリンも相当お姫さまらしくはないことに気付いた。


「そこはウルヒアと応相談として、メニューはどうしようか?」

「私は、天ぷらそばがいいです! 私、天ぷら大好きです!」

「天ぷら? おすすめなら、自分もそれにするか……」

「ラー!」


 メインは、天ぷらそばを三つ。


「俺は、鶏南蛮にしようかな」


 鴨ではなく鶏肉を種にしたそばの他、トールはワインとつまみを適当に注文した。昼から飲酒など日本にいたころは考えられなかったが、こういうときぐらいいいだろう。


 どうせ、このあと面倒なイベントが起こるのだろうから。


「しかし、麺のそばか……。パスタのようなものなのだろうか?」


 カヤノが飽きないように構ってやりつつ、アルフィエルが感慨深げにつぶやいた。


「俺の故郷でも、麺にしたのは比較的最近で、ずっとそばがきみたいなのを食ってたらしいな」


 トールにとっては意外だったのだが、エルフやダークエルフはあまりそばを食べない。というより、栽培自体盛んではない。

 それもこれも、聖樹の加護のお陰で不作がほぼ発生しないからだ。救荒作物である、そばの必要性が薄いというよりは、ない。


 そのため、アルフィエルが言った通り、クレープのようなガレット程度しかメニューがなかった。


「そこに目を付けたのが、客人(まろうど)だって話だ」


 みそやしょうゆを作った、客人(まろうど)と同じ人物のようだ。トールの遠い先輩という位置づけになるだろうか。

 お陰で、食生活でホームシックにかかったことはないのだから、感謝しかない。


「なるほど、ご主人の故郷の味か。期待して良さそうだな」

「ラー!」

「心配ありませんよ! トールさんの故郷は、たまに。ほんと、たまにあれなことがありますけど、大部分は美味しいものばっかりですから!」

「そうか。ウナギを食べ尽くして、絶滅させたのだったな……」

「まだしてない……はずだし」


 トールが故国の良心に期待を傾けていると、注文の品が運ばれてきた。


 しかし、当然と言うべきか、そばではない。


 卵焼きに、手羽先の塩焼き、ネギのぬた。

 それに、三人分の赤ワインと、カヤノ用の果実水だった。


 それが卓上に並べられるのを、息を止めて見守る。


「ごゆっくりどうぞ」


 割烹着のエルフがふすまを閉めると同時に、時が動き出した。


「じゃあ、まずは乾杯ということで」

「では、トゥイリンドウェン姫に音頭を取ってもらおう」

「え? 私ですか!? そんな、トールさんを差し置いて畏れ多いですよ!?」

「立場はリンが一番上なんだが……。まあ、いろいろな出会いにってことで」


 トールが隣にいるリンのグラスに合わせ、それをきっかけに澄んだ音が個室に響く。


「ラー!」


 カヤノも楽しそうにしているが、ジュースを飲もうとしない。代わりに、対面にいるトールのグラスをじっと見つめていた。


「……飲みたいのか?」

「アー!」


 まあ、本人が大丈夫なら大丈夫なのだろう。

 聖樹の苗木を人間やエルフと同じに扱うのも、逆に失礼に当たる。


「無理そうだったら、すぐにやめろよ?」

「らー!」


 元気よく返事をすると、カヤノはぐいっと一杯飲み干してしまった。

 けろりとしているどころか、気持ちよさそうにアホ毛も揺れている。


「さすが……と言っていいのか?」

「見た目通りではないのは、分かっていたことだが……」

「駄目ですよ、お酒ばっかりじゃ。卵焼きも食べてみてください!」


 切り分けは自分の仕事だと思い込んでいる節のあるリンが、とろっとした卵焼きを綺麗に切り分け、取り皿をカヤノへと渡した。


「らー?」


 美味しいの? と首を傾げながらも、フォークで突き刺し一口で食べると。


「アー! アー!」


 今までにない反応で、座卓を叩き、アホ毛も激しく動く。


「気に入ったのか?」

「ラー!」

「では、自分のを半分食べさせてやろう」

「アー!」


 きらきらとした瞳でカヤノが隣のアルフィエルを見つめる。

 現金というか、微笑ましいというか。


「聖樹の苗木も、卵焼きで喜ぶのか……」


 そば屋の卵焼きは出汁が効いて美味い。

 それは確かなのだが、若干、釈然としないものがあった。


 そう思いながら、トールは手羽先の塩焼きを咬み千切る。


 確かに食べにくくはあるが、脂が乗っていて美味い。これなら、鶏南蛮も期待ができる。


「器用に食べるな、ご主人」

「これも美味いぞ」


 ぬたで口をさっぱりさせつつ、アルフィエルにも手羽先を勧めた。リンは、勧めるまでもなく、必死に手羽先をかじっている。


「アー!」

「分かった、身をほぐしてやろう」

「……なんか、悪いな」

「気にすることはない。妹が増えたようで、嬉しいぞ」

「……ふぇ?」


 手羽先から口を離したリンを見れば、お姫さまとはなんなのかと、哲学したくなるほど油にまみれていた。

 トールは、密かにアルフィエルから妹認定を受けていたリンの口元をふいてやる。


「お待たせいたしました」


 そうこうしていると、メインのそばが運ばれてきた。


 天ぷらそばが三つと、鴨南蛮ならぬ鶏南蛮。天ぷらそばは、大きなエビが二尾載った正統派だった。


「カヤノ、取り分けよう」


 割烹着のエルフ店員がいなくなると、アルフィエルは小皿へそばと半分に切ったエビを移動させた。それから、食べやすいように冷ましてやる。


「ラー!」

「なんか、ほんと悪いな」

「気にすることはないぞ。将来の予行演習のようなものだからな」

「なんで、そこでリアクション変えたの?」

「まあ、気にせず食べるといい」


 追及したいところだったが、トールはともかく、隣に座るリンが限界だ。待てをされた犬のようになっている。


「そうだな。麺がのびるとあれだし」

「いただきます!」


 トールの許可が出た途端、リンは器用にフォークを操って、そばをパスタのように口へ入れた。


「う~ん。相変わらず、いい香りがして美味しいです!」

「箸を使わないで、そんな器用に食えるんだよなぁ。相変わらず、部分的に器用だ」

「では、自分もいただくとしよう」


 とりあえず、カヤノの世話を終えたアルフィエルも、自身の食事を開始する。


「天ぷらは揚げ物だったのだな」


 フォークでエビを突き刺し、一口。

 そば屋の天ぷらは衣が厚い。エビの大きさをごまかすためと思われがちだが、実は違う。


「おおっ、これは。衣がつゆを吸って……熱いが美味いな」

「衣が溶けた、つゆも美味い」

「確かに、これは……ッッ」


 音を立てず器用につゆを飲む。

 ただでさえ複雑な味のつゆが、まろやかなこくまで手に入れてしまった。


「これは、無敵だな」

「無敵か」


 その笑顔のほうが無敵じゃないかな。


「ん? なにか変なことを言っただろうか?」

「いいや」


 そんな感想は、いい具合に味の染みた鶏肉で喉の奥へと追いやられてしまった。

次回、そろそろ黒幕が出てくる予定。

それにしても、アルフィが、ここまでお母さんになるとは作者も予想外でした。

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