第十二話 ……さて、そろそろこの子の名前を決めようと思う
「結構、いろいろと買ったなぁ」
マーケットの入り口を反対側に抜けたところで立ち止まり、トールはしみじみと振り返った。
さすがに、聖樹の苗木を抱きかかえてはいない。ジャガイモのお姉さんのところで懐いたため、アルフィエルに任せている。
その理由は単純で、荷物を持たねばならなかったからだ。
ジャガイモを皮切りに、トマト、リーキ、キャベツ、ナスなど、聖樹の苗木が選んだ物を手当たり次第に購入。
あまりにも多くなったので、途中でバッグを購入してルーンで容量拡張をしたが、それでもひとつでは収まりきらなかった。
「ちょっと荷物を整理しようか」
邪魔にならないよう隅に寄って、そのバッグを石畳に置く。容量はともかく、複数のバッグになったので、カテゴリは合わせておきたい。
「途中で、たがが外れてしまったな……」
古着に、布や毛糸。それから、皿に鍋などの雑貨もあった。
「容量拡張があるからと、寝具まで買ったのは失敗だったかもしれないな。うん」
それらを一気に買いそろえてしまったアルフィエルが、恥ずかしそうに反省する。
「それにしても、こんなに買い物をした経験は生まれて初めてだ」
「やっぱりか。初めてが、こんな日用品ばかりでいいのか……」
「いいのだ。皆のためになるものだからな、トゥイリンドウェン姫」
「え? 私ですかっ!?」
突如話を振られ、リンがその場で飛び上がった。ちょうど手にしていたジャガイモが宙に舞い、聖樹の苗木が飛びついた。
「毛糸も買ったからな。ご主人のために、一緒に編むのだぞ」
「えっ? 私、編み物なんかやったこと……」
「心配ない。自分ができるまで教えるからな」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
背筋を伸ばしたまま、リンが頭を下げた。剣士らしい、綺麗な角度のお辞儀だ。
自分のために編み物をするという相談。それに嬉しいとか恥ずかしいと思うよりも、土下座ではないことに、トールは安堵する。
「安心する要素がおかしい」
「ラー?」
ジャガイモを胸に抱きながら、聖樹の苗木がアホ毛をぴこぴこ動かした。
「それにしても、毛糸もそうですけど、今回のお買い物は、全部ウルヒア兄さまへ請求されるんですよね」
食品と雑貨を整理しつつ、無念そうにリンが唇を噛む。
今回の買い物はすべて、トールがポケットマネーで立て替えていた。元々、デートする予定だったので、軍資金は多めに用意していたのだ。
それが、リンには無念だった。
「私が、お支払いしたかったです……」
「そんなこと、させられるわけないだろ。ウルには、今回のツケをしっかり払ってもらわなくちゃいけないからな」
「うう……あっ、そうですっ! ウルヒア兄さまが支払ったということにして、裏で私の財布から出してはダメでしょうか?」
言っている時点でバレているというのはさておき、トールやアルフィエルにとっては、ウルヒアが払ったことに変わりない。
「それ、意味なくない?」
「私が喜びます! 心の底から!」
「自己満足の極みだ……」
さすがに止められないが、できれば止めて欲しいなと思うトールだった。
「トゥイリンドウェン姫、その気持ちよく分かるぞ。だから、自分は働きで返すのだ」
「アルフィは、頼むから給料を受け取って欲しいんだけどな」
「お断りだ」
「アー!」
なぜか聖樹の苗木まで、アルフィエルに賛成している。
「自分の給金はともかく」
「全然、ともかくじゃないんだが」
「こうして整理してみると、スイカを買わなかったのは正解だったな。ご主人は、慧眼だ」
聖樹の苗木が選んだ物のうち、唯一、トールが購入を渋ったのがスイカだった。
「俺は食べないけど、リンとアルフィが食べたいなら買えば良かったんだ。俺は食べないけど」
「店でも思ったが、嫌いだったのか?」
「いえ、トールさんがスイカを食べるところを見たことありますよ!」
「よく憶えてるな」
「トールさんのことなら、なんでも憶えてますから! 確か、五回目のお出かけの時に休憩で立ち寄ったカフェで、デザートとして出されたはずです」
「さすがトゥイリンドウェン姫だ」
「そこ、素直に褒めるところか……?」
リンだから仕方がない。
そう思うことにして、トールは正直なところを口にする。
「嫌いじゃないけど、積極的に食べたいわけでもないというか……」
「なにか、事情がありそうだな」
「別に面白い話でもなんでもないんだが……」
言い訳するように前置きをして語られた話を要約すると。
とある事情でスイカが大量に余ってしまい、食べきるためにスイカをこれでもかと食べまくったところ……。
「心が、スイカを受け付けなくなったんだ」
嫌いではない。
口に入れれば食べられる。
しかし、手が伸びない。心が拒否する。
分かっているが、どうしようもないのだ。
「過ぎたるは及ばざるがごとし……というわけか。トゥイリンドウェン姫、自分たちも気をつけねばな」
「ど、どういうことですか、アルフィエルさん!?」
「押してばかりでは、ご主人に避けられてしまう。そういうことだ」
「ラー!」
トールは、黙々と荷物を片付けていく。
くちばしを挟むべきではない。
本能が、そう告げていた。
「大丈夫です! 私、引くことには定評がありますから!」
「そうだ。蝶のように舞い、蜂のように刺すのだ」
「トールさんも言ってました。遅攻からチャンスを窺って、一気に縦のスピードを速くするんだって」
「……さて、そろそろこの子の名前を決めようと思う」
「アー!」
そして、頃合いを見計らい話を変えた。無視できない話題に。その時には、当然、片付けも終えている。
「カヤノという名前は、どうだろう?」
「ふむふむ。少し不思議な響きだが、優しそうな名前だな」
ほうほうと、うなずくアルフィエルたちを前に、トールは由来を解説する。
「俺の故郷の神話で、植物の神様にククノチというのがいるんだが。その娘がカヤノヒメという名前なんだ」
「ぴったりじゃないですか!」
「ラー!」
聖樹の苗木――カヤノも頭頂部の髪をぴっこんぴっこん動かして賛同する。
どうやら、気に入ってくれたようだ。
「良かった良かった。じゃあ、そろそろ飯でも食おうか」
「アー!」
「ご飯! どこに行きます? エルフ料理ですか? それとも、お肉? お魚というのもありですよね?」
「む。外食か」
一気にテンションの上がったリンとは対照的に、アルフィエルは思案気な顔でふとつぶやく。カヤノが、不思議そうにその顔を見上げていた。
「そういえば、誰かと外食するのも、生まれて初めてだな……」
「そういう情報、もっと早く欲しかったんだけど……」
突然、重大な責任を負わされ、トールは乾いた笑いを浮かべる。いや、浮かべることしかできない。
その重圧は、聖樹の苗木を任されたときの比ではなかった。
スイカの話は、作者の実体験です。




