第十一話 チャレンジャーだね、ダークエルフのメイドさん
「それにしても、随分と賑わっているな」
「お祭りとかではないですよ。これくらい、いつも通りです!」
「さすが、アマルセル=ダエア王国の王都ということか」
きょろきょろと、マーケットの左右に立ち並ぶ店を眺めるアルフィエル。
数メートル幅のブースが左右にいくつも立ち並び、生鮮食料品や加工品がディスプレイされている。
まるでヨーロッパの生鮮市場のようだなと、トールは何度目かの感想を抱く。
ただし、偽竜の鱗やマンドラゴラの根といった素材・触媒も並んでいるのが異世界流だ。
「とりあえず、野菜から見に行くか? 植える作物の参考になるだろうし」
聖樹の苗木を抱きかかえながら、トールは提案した。
しかし、ちらりとその姿を見たアルフィエルは、別の感想をもらす。
「ううむ。最初から、こうしていれば良かったか」
「ええっっ? でも、トールさんの手が埋まってしまってますよっ?」
「ああ、そうだな。手はな」
意味ありげなことを意味ありげな笑顔を浮かべて言うと、アルフィエルはトールの腕を取った。そして、ダークエルフのメイド胸が、ふにゃんと歪む。
「おうわっ」
「さあ、トゥイリンドウェン姫。反対側が空いているぞ」
「いえ、でも、私には護衛のお仕事という大義名分が……」
「建前って言っちゃったよ」
「アー!」
「ほら、聖樹の……ではなく、この国で二番目ぐらいに偉い人も、こう言っている。『兵は拙速を尊ぶ。とりあえず、既成事実を作ったもの勝ちだ』と」
「じゃ、じゃあ。遠慮したら、むしろ失礼に当たりますよね。仕方ないですよね。私は悪くないですよね?」
「偉い人の言葉を捏造するって、亡国の第一歩じゃないですかね?」
トールは佞臣死すべしと言ったが、口だけではどうしようもなかった。
無抵抗なのをいいことに、リンが空いている腕に飛びついた。
「重たい……」
聖樹の苗木を抱いた上で、両腕にダブルエルフ。精神的なあれこれは別にして、わりと物理的にきつい。まあ、リンからはアルフィエルほどのプレッシャーは感じなかったのだが。
「ご主人。それが幸せの重さというものらしいぞ」
「アー!」
「ええっ? じゃあ私、もっと重たくならないと!? ぼ、防具。鎧とか着るべきでしょうか!? フルプレートとか。金貨千五百枚ぐらい、余裕で払えますよ!」
「そこで防具が出てくるのがリンだよな」
マーケットの入り口で、そんな会話をしていたからだろうか。
「そこの色男さん! 最高級の剣だよ!」
少し離れた場所から、呼び込みを受けてしまった。
「武器屋……か」
別に色男だとは欠片も思っていないが、多少の興味はある。トールも男の子で、漫画家志望なので。
その雰囲気を感じ取ったアルフィエルが、トールと腕を組んだまま声がしたほうへと移動する。
場所は、直ぐに分かった。
エルフの割に、筋肉が付いた。トールよりもがっしりとした体格の青年が、呼び込みの成功に、含み笑いをしていたからだ。
「剣に興味があるんだね、色男さん」
そこは、露店からは少し離れた、マーケットの外周にある商店のひとつ。看板があるだけで扉はなく、壁際に商品が飾られている。
ただし、武器がない。一本も。
「武器屋……のわりに、飾ってあるのが防具しかないみたいなんだけど?」
「いいや、うちは防具屋だよ」
「じゃあ、なぜ最高級の剣だと呼び込みをした!?」
革製のエプロンを身につけた、いかにも職人と言った風情のエルフが、我が意を得たりとにやりと笑う。
「看板を見れば、うちが防具屋だというのは一目で分かる」
「まあ、確かに」
言われて見てみれば、この店の看板に描かれているのは鎧と盾。武器屋の看板ではなかった。
「だが、呼び込みで剣のことを言えば、防具に興味がないやつも来るだろう?」
「そういう狙いか……。でも、それ騙されたって怒るだけなんじゃ」
「大丈夫だ、嘘は言っていない」
鎧の陰に立てかけられた、一振りの剣。それをエルフが、まあ、ここにいるのはほとんどがエルフなのだが、すらりと抜き放った。
白銀に輝く、ミスリルの刃。冴え冴えと美しい、武器には素人のトールでも、マスターワークだと分かる逸品だ。
「すごそうだけど……。リン、どうなんだ?」
「最高級かもしれませんが、最高ではありませんね」
そう断じたリンが、トールから離れて自らの剣を抜いた。
トールから贈られたロングソード。鞘に施された精緻な彫刻、様々なルーンによる強化は当然、刀身にはツバメの刻印までされている。
岩のように硬いペトロイーターを斬り裂いても、刃こぼれひとつしていない。
なにより、素材が違った。
「こ、これはもしや、あ、アルミナ……」
「分かりますか」
ドヤ顔で胸を反らすリン。そうしてもなだらかな曲線が見えるだけだが、得意げなのはよく分かる。
トールは、「ただの一円玉なんだけど……」と言いそうになったが、ぐっとこらえた。聖樹の苗木がリンの真似をしたので、支えるのに忙しいというのもある。
「お見それしました……」
「まあ、これはとっておきのスペシャル・ワンなので。その剣も、なかなかの業物ではありますよ」
「謎の上から目線」
「ところで、鎧や盾のご用命は……」
「要らない」
というわけで、武器屋……ではなく、防具屋を後にしてマーケットへと戻った。リンが本当にプレートメイルを買い求めたら、大変だ。
改めて、両腕にダブルエルフと聖樹の苗木で店を物色する。
「トゥイリンドウェン姫、取り締まらなくて良かったのか?」
「この程度、かわいいものですよ。ウルヒア兄さまにこんなことを言ったら、『僕を一体なんだと思っているんだ? 街の苦情処理係か?』って怒られちゃいます」
「ああ、言うわ。絶対言うわ」
「そして、トールさんが、『そう言いつつ、明日には片付いてるんだろ?』ってウルヒア兄さまに言うんです」
「見てきたように言うのだな……」
「アー!」
「というか、そんなやりとりをした記憶があるような、ないような……」
ウルヒアとの言葉のキャッチボールは多岐にわたるため、トールもすべては記憶していなかった。ラグ・ボールぐらい過激なら、はっきりと記憶に残るのだが……。
「アー!」
トールが悩んでいると、腕の中で聖樹の苗木が身じろぎした。
「お、ちょっと」
「アー!」
アホ毛をぴこぴこ動かし、トールの腕から逃れてマーケットを走り出す。あっという間に見えなくなってしまった。
「自分に任せてくれ」
アルフィエルが真っ先に反応し、返事も聞かずに走り出した。軽やかで、往来にもかかわらず、するすると人混みを抜けていく。
「あっ、私もっ」
「いや、リンはこのままで」
トールはリンの肩を押さえた。転びでもしたら、余計に手間がかかる。
焦らず。しかし、急いで聖樹の苗木とアルフィエルを追う。
幸いにして、すぐに追いつくことができた。
「アー!」
「やー。お嬢ちゃん、お目が高いね」
「ご主人、トゥイリンドウェン姫。早かったな」
聖樹の苗木が店先にへばりつき、それを後ろから押さえているアルフィエル。そこまでして注目している商品は……。
「じゃがいも?」
中原の人間諸国をさらに越えた、南方から伝わってきたものだった。
「そうそう。これは、新しい品種でさ。ねっとりとほくほくの中間ぐらいの、しっとりとした食感が売りなんだけどねー」
さばさばとしたエルフのお姉さんが、ジャガイモを手に取り説明する。
「でもねー。病気にかかりやすいし、育てるのが難しいんだよねー」
だから、量は少ないし高いんでなかなか普及しないんだーと、悩ましげ……ではなく、困ったように微笑む。
聖樹の加護が存在する、このエルフの国でも難しいとは相当なものだ。
それでもなお育てるメリットと言えば、ひとつしかない。
「でも、美味しい?」
「味は保証するよっ」
「なるほど」
トールが、笑顔のお姉さんからアルフィエルへと視線を向ける。
「アルフィ」
「うむ。難しいのならば、ちょうどいい」
聖樹の苗木を抱いたまま、アルフィエルがうなずいた。
「店主殿、種芋も欲しいのだが」
「へえ、栽培するの? チャレンジャーだね、ダークエルフのメイドさん」
「なあに、自分たちには聖樹のお墨付きがあるからな」
「へえ? そいつは楽しみだ。売るほど作ってよね!」
「アー!」
アルフィエルの代わりに、聖樹の苗木がアホ毛をぴくぴく動かし、全身で飛び上がって返事をした。
さばさば系エルフお姉さんが、今後出てくる予定はありません。




