第十話 私、お腹の奥が暖かくなって来ちゃいました……
ちょうど飛んできたワイバーンを捕まえ、タクシー感覚で新市街へと降り立ったトールたち。
ウルヒア王宮前の大通りを南へ。トール、聖樹の苗木、アルフィエルの並びで手を繋ぎ、リンは、畏れ多いと、その後ろを歩いていた。
「今の私は、ただのゴーストとかレイスとか、そんなようなものだと思ってください!」
「背後霊のわりに、存在感ありすぎだろ。めっちゃ気になるんだけど、それ」
とはいえ、さすがに四人で並んで歩くのは難しい。
リンは護衛役として手を空けなければならないという義務感もあり、なにを言っても通じないだろう。下手をすると、土下座したままついてくるということも充分あり得る。
そう考えれば、今のフォーメーションが次善ではあった。
「しかし、注目されないものだな」
「ラー!」
聖樹の苗木が、アルフィエルと握っているほうの手を大きく動かして同意した。
白いワンピースを着た緑色の少女。目立つはずだが、道行くエルフに声をかけられることはなかった。
むしろ、手を繋いで歩くトールたちへ微笑ましいと笑顔を向けてくるエルフのほうが多い。
「《幻影》のルーンが、ちゃんと働いているお陰だな」
付与できる物がなかったので、聖樹の苗木には直接ルーンを刻印した。嫌がる素振りは見せず、むしろ、くすぐったいときゃっきゃするので大変だった。
「私たちには普通に見えているのに、不思議ですね!」
「ちょっとアレンジしたからな」
胸から下げていた《破幻》のルーンが刻印された護符は、取り外してある。お陰で、聖樹の苗木は、単なるエルフの子供に見えている……はずだ。
「まあ、こんなところに聖樹の……が、いるとは思わないだろうしな」
「それに、私とトールさんのほうが有名人ですから!」
「トゥイリンドウェン姫は、過去になにをやらかしたのだ……?」
トールとリンの別れのシーンで、ただの衛兵がサムズアップする程度には周知されている二人だった。
「それはともかく、アルフィ。旧市街のほうは良かったのか?」
「上から見たが、あそこは木だけだからな」
「それは思ってても口に出しちゃいけないんじゃない? エルフ的にどうなの?」
確かに、山育ちのアルフィエルには目新しい光景ではないだろう。空や聖樹からの景色で充分と言えば充分かもしれない。
「それに、そちらは古いエルフが多いらしいからな」
万が一、聖樹の苗木のことに気付かれでもしたら面倒だ。
そう言外に言って、アルフィエルが立ち止まる。そして、ふと気付いたように足下へ目をやった。
「今さらだが、ここがご主人が守った街か……」
この石畳一枚一枚が王都防衛機構サリオンの素材となって、デモニック・ドラゴンを撃退したのだ。
あのときは通信の魔具越しだったが、こうして実際に現場にいるとアルフィエルの胸に実感が湧いてくる。
「ご主人は、すごいことを成し遂げたのだな」
「改めてそう言われると……なんか照れるな」
綺麗に元に戻ったので、メンテナンス作業に駆り出されることはなかった。
トールとしてはそっちのほうが重要だったのだが、アルフィエルに正面から言われ。また、今まですれ違ったエルフたちのことを思い出すと、また、別の感慨が湧いてくる。
「アー?」
そして、聖樹を守ったことにもなり、引いては、この聖樹の苗木を守ったことにもなるのだ。
そう考えると、自らの行いが誇らしく思える……が。
「いや、だからって二度とあんなことやらねえけどな」
それはそれ、これはこれだ。
一瞬、浸りそうになってしまったが、来る日も来る日もルーンを刻み続けてきたあの日々を忘れることはない。
「ラー!」
「おお、お墨付きだ。ウルに無茶振りされたら、これを根拠に断ってやろう」
「ご主人、ウルヒア王子には遠慮がないな……」
アルフィエルには、それだけ仲の良い証拠だと思えるのだが、口に出したら否定するだろう。
二人、仲良く。
「それで、トールさん! このままだと、マーケットですけど?」
「ああ。それでいいんだ。アルフィには、下手な観光地より喜ばれるかなと思ってね」
「おお、市場か。それは確かに嬉しいな」
王都には、世界最古の時計塔や、今は市民の憩いの場となっている一角獣砦。五大神を祀ったパンテオンに、槌音が絶え間なく鳴り響くドワーフ街など観光地がいくつもある。
しかし、いずれもアルフィエル向きとは言えなかった。
「そのほうが、この子も退屈しないだろうしな」
「ラー!」
嬉しそうに、アホ毛と手をぶんぶん動かす。
まるで、親子のようだった。実際、他の通行人からはそう見られていたかもしれない。エルフは外見と年齢が一致しないので、充分にあり得ることだ。
「トールさん……。どうしてか分からないですけど、私、お腹の奥が暖かくなって来ちゃいました……」
「おっ! マーケットの入り口が見えたぞ!」
アーチ状になった門の先に、賑わいを見せる一角があった。エルフたちが行き交い、あるいは大道芸人の前で足を止めている。
「さあて、金は気にしないでいいからな。畑とも関係なく、好きなものを買って帰ろう」
心持ち早足になったトールが、聖樹の苗木の手を引きながら言った。それと一緒に、アルフィエルとリンもマーケットへと足を踏み入れる。
「ご主人が資産家なのは分かるが、気にしなくては駄目だろう」
きょろきょろとマーケットを眺めながら、アルフィエルが遠慮がちに言った。しかし、耳がぴこぴこと動いており、誘惑にかられているのは明らかだ。
無理もない。常設の商店と、月替わりの露店から発せられる声が、否応なくアルフィエルの期待をかき立てる。
「だって、どの店も気になるだろう?」
「まあ、それは……」
山奥で生まれ育ったアルフィエル。つまり、こんな賑わいを見せている市場は初めての経験。
「気になったら、欲しくなるだろう?」
「アー!」
「うっ、この子にまで見透かされている……」
たじろぐアルフィエルに、聖樹の苗木もリンも笑顔を浮かべる。
「それに、まあ、気にすることはない」
そんなアルフィエルの肩に、トールが優しげに手を置いた。
「全部、ウルに払わせるからな」
「本来なら格好悪い……のに、相手が王子だと考えるとすごいことなのだよなぁ……」
「アー!」
聖樹の苗木がジャンプして、トールの胸へ飛び込んでくる。
それを、トールが悪そうな顔をして受け止めた。
「うう……。ウルヒア兄さま、ずるい……。私も、私も、お支払いしたいです!」
エルフの末姫からの抗議は、聞かなかったことにして。
ウィッチャー3をやったことがある人は、
ノヴィグラドの三倍ぐらい賑やかにして、百倍ぐらい治安を良くした感じだと思ってください>王都




