第八話 ……苗木? 聖樹の?
感想・評価ありがとうございました。
お陰様で体調も上向きになりましたので、頑張ります。
「ツッコミどころが多すぎて、理解が追いつかない……」
聖樹の苗木。
そんな大事なモノを、ぽんと渡されても困る。根本的な問題として、トールに受け取る資格があるのか。
そもそも、聖樹は苗木で増えるものなのか。増えていいのか。増えるのだとして、育てていいのか。どこで? 家の庭で?
育つの? もし枯らしたら、どうなる?
「トールさん、すごい。すごいですよ」
「ああ……。さすがに、自分も驚いた」
語彙力を失ったリンと、きらきらと瞳を輝かすアルフィエル。
気付けば、二人揃ってトールを見つめていた。
感極まった様子で、尊敬を通り越して崇拝されている気配すらある。
「エルフ的にはすごいことなんだろうけど……」
好感を抱いている女子二人から感嘆の声をあげられ、トールとしても悪い気はしなかった。
しなかったが、厄介事の予感しかない。いや、これはすでに確信だ。
断ろう。断固として、固辞だ。
「まあまあまあ。詳しいことは、あっちで話そうか」
そう決心したところで、にこやかなエルフ王が腰を低くして近付いてきた。
エルフの王にして、リンとウルヒアの父親であるアグロノールが、トールの肩を組んで歩き出す。相変わらず、パーソナルスペースが狭い。
王族専用のテラスのようなものなのだろうか。有無を言わさず。それでいて、押しつけがましさは一切なく。聖樹の枝に設置されたガーデンテーブルへと連行する。
問答無用の押しの強さだが、それを自覚させない。円熟味を感じさせる腕前だった。
「うんうん。驚かせて悪かったね」
「驚いたというか、なんというか……」
なぜだろうか? 素直に謝られると、むしろこっちが悪いような気がしてくるのは。
トールがなんとか言葉を形にしようとしていたところで、さりげなくティーカップが目の前に置かれた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
いつの間に用意していたのか、シアディス王妃が手ずから淹れてくれた紅茶だ。
当然のことながらトールは恐縮し、立ち上る湯気とその香気で少しぼんやりとしてくる
「もちろんね、普通なら苗木を授けることなんかないからねぇ。なにしろ、国力に直結するからね?」
「それは、まあ、そうでしょうね……」
紅茶を一口含んでから、トールは分かりますと、うなずいた。
そういえば、リンとアルフィエル。それに、シアディス王妃はどこにいるのか。そこまで気を回す余裕も、トールにはなくなっていた。
「ただ今回は、グラモール王国との関係もあるから、なかなかね?」
「ダークエルフの?」
一応と頭に付けることになるだろうが、アルフィエルの故国、グラモール王国。
同時に、いろいろやらかしてくれたメルギリスの国でもある。
「この前の諸々は、グラモール王国の王位継承問題に絡んだあれやこれやだったんだけどねぇ」
「はあ……」
「政治とか外交的にも、つけ込みようはあったんだけど……。下手に干渉をすると、王位継承に介入することになるからねぇ」
「やり過ぎると、逆ギレされかねない……と」
やり過ぎは拙いが、かといって弱腰では侮られる。下手をすると、その先に待っているのは、全面戦争か。
「そこで、聖樹さまの株分けを認めることを落としどころにしたのさ。過去に例がなく、育成が上手くいくとも限らないから、向こうもあっさりと認めたよ」
やはり、苗木があるからと簡単に増やせるわけではないらしい。それはそうだ。
さらに、上手くいってもアマルセル=ダエア王国が得をするだけで、グラモール王国が直接的な損害を受けるわけではない。
「それにほら。トールくんに与えるけど、育てるのはうちのトゥイリンドウェンとアルフィエルさんだから」
トールへの負担は、ほとんどないのだとアグロノールは言う。
「しかも、エルフとダークエルフの王女が、手を携え聖樹を育てる。先祖を同じくしながら、疎遠となった両種族の友好の証となるのは間違いないね」
「なるほど」
筋は通っている。
トール自身が関わっていなかったら、特に疑問を抱くこともなく賛成していたことだろう。
「なんだか、ウルが考えそうな……」
「ははははは。預け先として、最初からトールくんのところを想定していたんだろうねぇ」
屈託なく、福々しい笑顔を浮かべるアグロノール王。
そう開けっぴろげに言われると、ウルヒアも許してしまいそうになる。いや、許さないが。
「なにしろ、なにかあっても、ルーンでの尻拭い……バックアップが期待できるしね」
「いや、尻拭いって最後まで言っちゃったんなら、ごまかしいらなくないですか?」
「はははははっ。トールくんのツッコミは、相変わらずいい切れ味だね」
とりあえず、背景説明は終わったらしい。
トールは、琥珀色の紅茶の水面へ視線を落とし、考える。
聖樹の苗木。
責任は絶大。それでいて、人間。それも、地球人であるトールにとって、聖樹を育てられるという名誉は特に意味を持たない。
メリットは、庭の畑の育ちが良くなりそうなこと。
それから、リンとアルフィエルが喜ぶこと。
そう。リンとアルフィエルが喜ぶのだ。
答えは、最初から決まっていた。
「分かりました。責任を持て……るかどうかは分かりませんが、お引き受けします」
そもそも、異世界に迷い込んだところを拾ってもらった恩義がある。トールが、アグロノール王に逆らえる道理はないのだ。
「うんうん。そうか、そうか。いやぁ、ありがたいありがたい」
同じ言葉をセットで繰り返し、何度もうなずくアグロノール王。
そのリアクションを目にしただけで、なぜかいいことをしたような気になってしまうから不思議だった。
「じゃあ、早速、苗木様と対面してもらおう」
「……対面?」
それは違うんじゃ――と、トールが言いかけた、そのとき。
「アー!」
ガーデンテーブルの下から、大きめの白いワンピースを着た緑色の髪の少女が飛び出てきた。
「いっ、つ? どこから? ええっっ?」
「アー!」
再び元気のいい声を出すと、はつらつとトールの胸へとダイブしてくる少女。少女といっても、リンよりも小さい。どちらかと言えば、幼女に近いかもしれなかった。
トールは、その軽そうな体を反射的に受け止める……が。
「あれ? なんかごつごつして?」
見た目はエルフと変わらないのに、肌の質感はまるで違う。
硬いが、金属ほどの冷たさはない。
そう、まるで樹皮のような感触で……。
「……苗木? 聖樹の?」
「ラー!」
肯定するかのように、頭頂部からぴょんと生えた葉や茎のようにも見える髪が一房、ぴこぴこ動いていた。
さすがに、この苗木までは読まれなかった……はず。




