第五話 トールさんに命を救われて、恩返しがしたい系女子ですね
「トールさん」
「ご主人」
「こちらは、一体どなたでしょう?」
「誰だ?」
一人は涙目で。
一人は真剣に。
同じ質問を発した。
「アルフィ。彼女は、トゥイリンドウェン・アマルセル=ダエア。俺が世話になった王家の末姫だ」
トールは逃げもせず、ごまかしもせず。
冷静に、端的に事実を伝えた。
正直なところ、それしかできなかったというのが真実だ。
「それで、こっちはアルフィエルというダークエルフで……説明がめんどくせえな」
「私だから適当でいいやって、ぞんざいな扱い!?」
「この格好は、他に服がないからってだけで他意はない。それだけ認識してくれれば、いいか。リンだし」
「あ、でも気安い感じがして、それはそれでいいですよね! 私も、この家に来やすいです」
「特に上手いこと言えてはないぞ」
「あうばっ」
奇声を発してうずくまるリンからアルフィエルへと、視線を移動させた。
トール自身も事情がよく分かっていない部分があるし、リン相手だから簡単だったが、上手いことごまかせたのではないか。
そう思っていたのに、アルフィエルはなぜか、不機嫌そうに頬を膨らませていた。
なぜかといっても、もちろんトールにとってのみであり、理由は一目瞭然だった。
うずくまっていたリンが立ち上がり、トールとアルフィエルの間に移動する。
「トゥイリンドウェン姫」
「アルフィエルさん」
そして、お互いの名前を略すことなく呼び、再び二人は視線を合わせた。
白と黒のエルフが集う、一幅の絵画のような光景。
にもかかわらず、なんとなく不穏だ。
その気配を察したトールが、話しやすいリンへと声をかける。
「というか、リン……。もう来たのかよ」
「もう……?」
どうやら、エルフの末姫には意味が通じていないようだ。
振り返って小首を傾げると、一緒に艶やかなピンクブロンドも揺れる。
「兄さまに言われて朝食の時間は避けたので、むしろ遅いぐらいだと思います!」
「配慮するなら、そこは止めるところだろ!」
「え? 夜が明けるまで出発を我慢していたのに?」
「ちょっと、言ってる意味が分かんねえな」
分からないのか、分かりたくないのか。そこはトール自身にも判然としない。
とにかく、リンの父親である王も含めて、今ひとつ常識の通用しないロイヤルエルフファミリーだった。
「それより、リン。いいところに来た」
「あるぇー? つい今、もう来たって言われたばかりですよ!?」
「振り返るな、前を見ろ。希望は未来にあるものだ」
「はいっ!」
リンの中で疑問は一瞬で吹き飛び、元気よく返事して手を挙げた。
先ほどまでの不穏な気配は、それで吹き飛んだ。ネガティブだがポジティブだ。
「このアルフィなんだが、妖精の輪でうちに強制転移させられたみたいでな。まともな服がないんだ」
「なるほど……って。最初から、そう説明してくれたら良かったのでは……?」
「それもそうだな。で、服とか何着か欲しいんだが」
「分かりました。グリフォンで来てるので、適当に見繕ってお持ちしますね!」
「ちょ、ちょっと待って欲しい」
トールとリンの流れるような会話。
そこに、焦った様子でアルフィエルが割り込んできた。泰然自若としているダークエルフの少女にしては、珍しい。
「ああ、そうか。アルフィ、勝手に話を進めて悪かった」
それをトールは、自分のことなのに勝手に決まるのは嫌だからだろうと解釈した。
実際は違うのだが、それに気付いた者は誰もいなかった。その誤解に、アルフィエルも乗った。
「先ほどから主張しているのだが、使用人に相応しい服を頼む」
「ふんふんふん」
犬のように首を上下に振って、同時に耳もぴこぴこ動かして。リンはアルフィエルの頭からつま先までを、舐め回すように観察した。
「なるほど、なるほど。トールさんに命を救われて、恩返しがしたい系女子ですね」
「ちょっと待てリン。なんでそこまで分かるんだ」
「分かりますよ、それくらい」
トールの抗議は、あっさりとスルー。
リンにしては珍しい余裕の態度に、トールは混乱する。
「じゃあ、トールさんがデザインしたメイド服でいいですね。ちょうど持っています」
リンが、トールの鞄と同じく容量拡張されたポーチをぽんと叩く。
腰につけたそこから取り出したのは、クラシカルなデザインのメイド服だった。
「じゃーん。これ、うちの使用人の皆さんもかわいいって評判なんですよ」
「おいこらリン。なんで、そんなもの持ち歩いてるんだよ」
「姉さまが、女はなにがあるか分からないからって」
「どういう事態を想定しているのか」
いや、言わんとするところは分かる。
分かっているが、分かるわけにはいかないのだ。
男には、そういう瞬間がある。
「トゥイリンドウェン姫、これはさすがに」
「大丈夫です。私も一回袖を通しただけで、きちんと洗濯もしていますから」
「いや、そうではないのだが……」
「なら問題ありませんね。どうぞどうぞ」
ためらうアルフィエルに、リンが強引にメイド服を押しつける。
内向的だがコミュニケーション能力は高いリンらしい、遠慮のないやりとり。
これで、相手は迷惑だったのではないかとか、距離が近すぎたんじゃないかとか、あの受け答えで正解だったんだろうかとか、寝るときに思い出して、奇声を上げたりしなければ完璧なのだが……。
トールはリンの安眠を祈りつつ、アルフィエルを別室に移動させた。放っておいたら、この場で着替えかねなかった。
「トールさん」
アルフィエルが扉を閉じると同時に、リンがぴょんとトールの前に移動してにへらと見上げた。
「トールさんの側だと、空気が美味しいです」
「呼吸の話、ここまで引っ張るのかよ!?」
「純然たる事実ですよ」
えへへーっと、リンがさらに相好を崩す。嬉しげに、耳も動いていた。
トールとしては、いろいろ言いたいことはあったのだが、この笑顔を見ていると、どうでも良くなってくる。
そう思っていると、がちゃりとドアが開く音がした。もう着替え終わったのかとそちらを目を向けると、アルフィエルが頭だけを出して、申し訳なさそうな表情をしていた。
「……やはり、胸がきついぞ、これは」
アルフィエルがためらった理由。
それは、リンとサイズが違いすぎるという当たり前の心配からだった。
「あうわっ。む、胸っ」
「それと、ウェストも少しばかり……」
「あぶわっばばばっばっっば」
悪意のない攻撃を受けて、リンが胸をかき抱いて悶え苦しむ。
こればかりは、トールではどうしようもない。
「《調整》のルーンを刻むから貸してくれ。あと、リンはその間にエルフ語を思い出してくれ」
女子は三人いなくても、かしましい。
引きこもり一人暮らしは、一体どこへ行ってしまったのか。
トールは、遠い目をしてGペンを握った。
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