第六話 トゥイリンドウェン姫は、父君に似たのだなぁ
「迎え……。これが来ちゃったか……」
王都へ向かうため、家の外で待機していたトールたち。
三人の視線は、遥か遠くで羽ばたく鳥に注がれていた。と言っても、鳥のいる風景に和んでいるとか、獲物として狙っているわけではない。
「この距離であれだけ大きく見えるということは……」
徐々に近付いてくる鳥。実物のサイズを想像し、アルフィエルが絶句した。
「あれは、ルフ……なのか……?」
グリフォン、ワイバーンと来て、今度はルフ。ロック鳥とも呼ばれる、超巨大な鳥だった。
「はい! アマルセル=ダエア王家秘蔵の一羽ですよ!」
「それはいいけど、この辺には降りられないんじゃねえかな」
「ウルヒア兄さまは、ちゃんと計算してますよ。釣り下げの籠があるので、スペースは問題ないです」
一方、見憶えのあるトールとリンは、あきれながらも余裕がある。
いや、リンはあきれてすらいない。こういうときだけ、大物感のあるエルフの末姫だった。
「ルフと言えば、あれだろう? 象を三頭も掴んで雛の下に持ち運ぶという伝説の……」
「いえ、それはさすがに無理ですよ」
「そうか、そうだな。いくらなんでも……」
「そうですよ。いくらなんでも、雛鳥では象を丸飲みなんてできませんから」
「否定するのそっちなのか!?」
しかも、丸飲みが前提。激しく間違っている気がするが、伝説の巨鳥だ。それほど規格外ということなのだろう。
そうこうしている間に、三人を影が覆った。ルフが太陽の光を遮ったのだ。
見えてからは、到着まであっという間だった。
「まあ、気持ちは分かる。俺も、初めて見たときはシンドバッドかよって思ったしな」
頭上でホバリングするルフと、少しずつ降りてくる飛行籠を眺めながらトールはアルフィエルに同意した。
「おっきいですけど、優しい子ですよ。おっきいですけど」
飛行籠へ真っ先に乗り込んで安全を確認しつつ、リンがフォローを入れた。乗り手もなくきちんとやってくるのだから、きちんと信頼関係は築けている。
それは分かっているのだが……。
「大きいというのは、それだけで威圧感を憶えてしまうものだな」
「まあ、そのうち慣れるって」
「そうだな。ご主人のルーン使いには、まだ慣れないが……」
「なんでそこで俺が引き合いに? というより、ルフより俺のほうが上? いや、下なのか……?」
解せないと不服そうな顔をしつつ、トールもルフの足からつり下げられた飛行籠に乗り込んだ。
最後に、アルフィエルがトールに手を引かれて籠中の人となる。
「クラテール! お留守番よろしくお願いしますね!」
「ぐるるぅっ」
見送りに厩舎から出ていたグリフォンが、竿立ちして鳴き声を上げた。リンと飛べないのは残念だが、好きな人たちと一緒の籠に乗ったほうがいい。
できれば風が吹いて吊り橋効果が発生すると、なおいい。
そんな期待を胸に見送るグリフォンだった。
「では、出発して下さい!」
そうとは知らないリンが出発の合図を出すと、ルフが大きな翼をゆっくりと羽ばたかす。
速くはない。だが、質量を感じる風が周囲を襲った。その気がなくとも、存在自体が規格外。隠れ家が大きく軋みを上げ、開墾したばかりの畑も上のほうの土が崩れていた。
「すさまじいな」
アルフィエルは、それにショックを受けるというよりも、生物としてのスケールの違いに圧倒されていた。
「まあ、その分、速いよ」
「ですですです。たぶん、三時間もせずに王都まで着きますから」
「……そう言えば、王都からここまで実際のところはどれくらいかかるのだ?」
籐のような植物で編まれた籠の中で、根本的な問いを発したアルフィエル。すでに、落ち着きを取り戻しつつあった。
なにしろ、籠はそれなりの高さがあり、座っているとあまり外は見えない。
また、きちんとクッションが敷かれ、軽く10名は収容できそうな内部は広く、揺れも少ない。
思った以上に快適な空間で、パニックを継続するほうが難しい。
「歩きだと、普通に一日以上かかるか?」
「クラテールも、私一人だけなら、同じ三時間ぐらいで着きますよ」
つまり、この大きさと積載量でグリフォンと同じ速度が出せるわけだ。
「さすが、伝説の巨鳥だな……」
「それより、トールさん! 王都についたらどうするんです? まずは、聖樹様にお参りですか? それとも、王都を見て回ります?」
だが、ある程度ルフ慣れしているリンにとっては、トールの王都観光案内のほうがよほどの関心事。
たとえ、ルフよりも王都のほうが慣れているだろうとツッコミを入れられても譲れない。
「まず、王宮に行く……しかないだろうな」
「王宮か……」
ダークエルフのメイドは、飛行籠の中でわずかに身を固くした。ダークエルフ、それも山育ちの自分が行ってもいいものなのか。そう心配をしている。
「ふえ? 別に、王宮だからって特別な場所じゃないですよ?」
「トゥイリンドウェン姫にとっては、そうだろうが……」
「まあ、なるべくウル以外には。いや、ウルにも会わないで済むように頑張ろうと思う」
「……それでいいのだろうか?」
トールが言っているのだからいいのだろうが、ウルヒア王子の整った仏頂面を思い浮かべると、素直に受け入れるのも難しい。
「ちなみに、トゥイリンドウェン姫のご家族は、どのような方々なのだ?」
「……確かに、心の準備は必要かもしれません」
「人となりを聞いただけで、その反応なのか!?」
予想外のリアクションに、アルフィエルは思わず立ち上がりそうになり……ここがどこか思い出して、慌てて自制した。
「王様は、いい人だぞ」
「そうなのか……」
「気さくすぎて、押しがめっちゃ強い」
「トゥイリンドウェン姫は、父君に似たのだなぁ」
「で、王妃様は抱きつき魔」
「抱きつき魔」
アルフィエルは、思わずオウム返ししていた。
王妃の特徴として真っ先に出てくるのはどうなのだろうか、抱きつき魔。
「あれだよ。たぶん、人間を犬とか猫と同じカテゴリに入れているんだよ」
「ああ……。なんとなく、イメージは掴めた」
天真爛漫でいい人ではあるのだろうなと、アルフィエルは納得した。
「しかし、自分が両陛下に拝謁していいものなのか? いや、そうなるとは限らないのだが……」
「問題ないですよ。アルフィエルさんですから。むしろ、バッチ来いです」
「そうは言うが、自分は庶民だぞ」
「心配ないって。俺も、似たようなもんだ」
「ご主人、それはない」
「それは無理がありますよ、トールさん」
「ほんと仲いいよね、キミたち……」
こうして空の旅を続けること、数時間。
ルフを畏れ、他のモンスターと遭遇するようなこともなく。
「見えてきましたよ、聖樹様です」
「おお、エルフの聖樹も立派なものだな」
無事、王都に到着した。
空を飛ぶ乗騎のネタが尽きた……。




