第五話 このエルフ舌めっ!
「というわけで、ちょっとそっちに行くことになったんだけど」
「……きちんと連絡できるようになったことをほめるべきか、脈略もなく言い出したことを責めるべきか。それとも、なにも言わずに来ようとしなかったに安堵すべきか。どうすればいいと思う?」
「子供扱いやめろ」
開墾を終えたアルフィエルが汗を流したあと、朝食の準備をしている間。
トールとリンは、通信の魔具で王都にいるウルヒアと話し合いをしていた。
「それで、どういう風の吹き回しだ?」
「種とか苗を買いに行きたいです!」
「種苗……?」
説明の足りない妹から視線をトールへと移す。こちらのほうが、まだ分かりやすい説明が期待できる。
以前は辛抱強く聞き出さねばならなかったが、今はトールという外部翻訳機がいる。なんと心強いことか。
貴公子の秀麗な相貌には、自嘲の苦笑がにじんでいた。
「唐突だけど、畑をやることになったんでな」
「そうか」
ウルヒアは脳裏に、あの隠れ家周辺の空き地を思い浮かべる。小規模な菜園程度なら、ウルヒアが行かなくても問題ないだろう。
さすがのウルヒアも、すでに開墾済みとは想像もしていない。というより、できるはずがなかった。
「リンの要望か?」
「うちのメイドもだけどな」
「ダークエルフも……。分かった。種苗だけでいいのか?」
「あー……。じゃあ、必要そうな農具も一式」
ウルヒアは、仏頂面のままうなずいた。
そうしながら、トールたちの要望を叶えるために必要な手続きをまとめ、担当者への命令をまとめていく。
「では、明日にでも迎えを飛ばそう」
「そんなこと言って、ウルヒアが迎えに来たりするんじゃねえだろうな?」
「僕はそんなに暇じゃない」
「その割に、今回もすぐに出たみたいだけど」
「ではな」
唐突に、通信が切れた。
しかし、この程度で驚くほど、二人ともウルヒアとの関係は浅くない。
「ウルヒア兄さま、相変わらずトールさん大好きでしたね~」
「いや、俺じゃねえよ。リンの希望だって言ったら、すぐに言うこと聞いたじゃん」
リンのために、家一軒建てに来るくらいなのだ。リンへの甘さは筋金入りと言っていい。もっとも、エルフの王家……というか、この国全体がリンにはかなり甘いのだが。
「ご主人、トゥイリンドウェン姫。待たせたな、朝餉としよう」
そこに、トレイを持ってダークエルフのメイドが姿を現した。
かぐわしい香りとともに登場したアルフィエルは、健康的な美を周囲へ振りまいている。
「いいタイミングだよ。明日、王都へ行くことに決まった」
「そうか。このあと、準備しなくてはな」
「それより、早くからお仕事したアルフィエルさんのほうが、お腹ぺこぺこじゃないですか?」
「心配無用だ、トゥイリンドウェン姫。メイドは、主人より後に食事を摂る生き物なのだぞ」
「メイドさんすごい……。私も、王女なんてやめてメイドになるべきなのでは……?」
「俺は、リンは王女のままがいいなーって思うなー」
「では、そうします!」
リンが一瞬で前言を翻しているうちに、アルフィエルは朝食をテーブルに並べていく。
焼きたてのパン、野菜たっぷりのチーズオムレツ、キノコと根菜がふんだんに入ったポトフ風のスープ。そして、白ワインビネガーとオリーブオイルであえられた生野菜のサラダ。
全貌が露わになるにつれ、リンは瞳を輝かし、トールは心持ち後退ってしまった。
「純エルフ風メニューですね。美味しそうです!」
「今日は改めてご主人の好みを確認したいと思って、このメニューにしてみた」
「狙い撃ちにされてるな」
「もちろん、自分は常にご主人へターゲッティングしている。さあ、冷めないうちに」
三人揃ってテーブルに着き、朝食が始まった。
リンは、とても嬉しそう。まあ、大抵なにを食べても嬉しそうなので、いつも通りとも言える。
トールは特に表情を動かすことなく、オムレツにナイフを入れた。その様子を、アルフィエルがじっと観察する。
若干のやりにくさを感じながら、トールは濃い黄色のふっくらとしたオムレツを口に入れた。
半熟でとろっとして濃厚で、口の中でとろけていく。チーズの風味と細かくされた野菜がアクセントとなって味に深みを与えていた。
「確かに、美味い。美味いんだけど……」
スープも野菜の甘さと滋養が出て美味だ。特に、パンとの組み合わせは絶品と言っていい。
けれど。
「野菜嫌いの子供向けメニューみたいで、やるせない……」
「え? 普通にごちそうですよね?」
「そもそも、野菜嫌いというのが、ちょっと理解できないのだが」
「ええいっ、このエルフ舌めっ!」
分かり合えない溝を感じつつ、トールはサラダも口にした。
美味い。
美味いのだが、素直に認められない。
エルフは菜食主義者ではなく、普通に肉や魚なども食べる。タマゴやチーズが使われているのが、その証拠のひとつだろう。
しかし、トールに合わせてくれていた部分もあるのだろうが、エルフたちの本質が野菜好きであることは否めない。
これには、エルフもダークエルフも違いはなかった。
「むむむ。いきなりは、無理だったか。ご主人、少し待ってくれ」
アルフィエルは席を立ち、台所へと姿を消す。
リンは、スープにパンを浸して幸せそうに頬張っている。
数分後、ポトフには別の鍋で煮ていたソーセージを追加し、オムレツには厚切りのベーコンを添えた。
「……うん。やっぱりこれだな」
トールは驚いたが、それも一瞬。
ジューシーな肉の美味さに、目を細めた。
リンは、黙々とサラダを食べている。
「野菜の美味しさにも目覚め、畑作りに協力してくれるというのが理想の展開だったのだが……。そう上手くはいかないな」
「俺はアイドルじゃないんで農業は素人だから手出ししなかっただけで、言ってくれればもちろん協力するんだけど?」
「そうなのか?」
アルフィエルは、驚きに目を見開いた。
リンは、ひたすらオムレツを切っては食べ切っては食べしている。幸せそうだ。
「だって、畑はアルフィのものだからな。農業に関しては、俺じゃなくてアルフィが一番偉い」
「いかんぞ、ご主人。そのように、メイドの勝手を許して良いものではない」
「だって、アルフィが俺のためにならないことをするはずないじゃん」
アルフィエルが、はっと息を飲む。
感激したように、アルフィエルが大きな胸の前で手を組んだ。まるで、トールに祈りを捧げるように。
どうにかしなければと、トールは必死に言葉を探す。
「あ、今のは訂正だ。惚れ薬関連以外ではな」
「大丈夫だ。そこも含めて、自分を信頼してくれていいぞ」
「ですです。トールさん、アルフィエルさんを信じましょう。信じる者は救われる確率が比較的高いですよ!」
「それ絶対、認知バイアス入ってるだろ」
そもそも、比較的高いだけでは大した御利益ではない。
「種苗を手に入れるのは、明日か。ご主人の期待には答えねばなるまい。腕が鳴るな」
「そうだ! どうせ王都に行くんですから、いろいろ見て回りましょう!」
「……いいのか?」
なぜかそこで、探るような視線をトールに向けるアルフィエル。
「ご主人は、引きこもり生活に並々ならぬ意欲を燃やしていたようだが、出かけたりして」
「確かにそうなんだけど、そこまで駄目人間扱いされるのも不本意というか、なんというか……」
なんとなく、主人としての沽券に関わる気がしてきた。
ここは、引いてはいけない一線だ。
「分かったよ。そこまで言うなら、俺が王都を案内しようじゃないか」
「良かったですね、アルフィエルさん!」
「ああ、そうだな。楽しみが増えたな」
断言したが、もちろん、ノープランではない。
(あとで、ウルに相談しよう)
トールには、頼りになる親友がいるのだから。
野菜だけでも構わないエルフと、肉が欲しい元男子大学生の溝は深いようで浅い。




