第一話 増築するとは聞いてたけど、まさか、こうなるとは思わなかったな……
お待たせしました。連載再開です。
第二部は、隔日更新でお送りします(その分、一回当たりの文章量は増える予定)。
「それでは、僕は帰る」
隠れ家の拡張と厩舎の建築。
仕事を終えたエルフの貴公子が、表情ひとつ変えずに鞍上の人となった。
ワイバーンが羽ばたきを始め、リンとアルフィエルの耳で輝くイヤリングが風で踊る。
「ええっ? やっぱり、帰っちゃうんですか?」
「長居して欲しいわけじゃねえけど、さすがに忙しなくねえか?」
寂しそうにするリンほどではないが、トールとしても、大きな仕事を終えたウルヒアをそのまま帰すのは気が引けた。
もちろん歓待する気はないのだが、人としてどうかという思いは拭えない。
「僕が王都を離れているだけで、国家に対する損害だ。引き留められたって、悠長にするつもりはない」
と仏頂面で言いつつも、ウルヒアの耳はぴこぴこと動いていた。
「ご主人、トゥイリンドウェン姫。あまり、困らせるものではないぞ」
「……ま、仕方ねえか」
忠実な、ある意味忠実すぎるメイドの言葉に、トールはうなずいた。
まだメルギリスの件の後始末も完全に終わっていないはずだし、終わっていても普段の仕事に戻るまで時間がかかることだろう。
その合間を縫ってきてくれたのだから、これ以上困らせるなというアルフィエルの言葉は正しい。
「まあ、時間ができたら遊びに来いよ」
「社交辞令など不要だ」
「伝わってるなら、それでいいさ」
遠慮のないやり取りをしつつ、ウルヒアを乗せたワイバーンが上昇していく。
「なにか不都合があれば、通信の魔具で連絡をしろ」
「はい! ウルヒア兄さまお気を付けて」
地上でぶんぶんと手を振る妹に、口の端を上げて微笑みウルヒアは王都へと帰っていった。
「……それじゃ、グリフォンの厩舎を確認するか」
「クラテールの次は、私の部屋もですね」
「ええ……。いいのかよ、それ」
構造上、同じ建物に入らなくてはならない。
それは分かっているが、曲がりなりにも女性の部屋に、ずかずかと入り込んでいいものか。
トールは躊躇するものの、ダブルエルフの反応は正反対だった。
「ご主人、差別は良くないぞ。差別は」
「そうですよ。トールさん!」
「あ、はい」
トールは抵抗を諦めた。
こうして馴致されていくのである。
「で、グリフォンは……早速、使っているんだな」
ごまかすように振り返ったトールの視界には、ウルヒアが建てたばかりの厩舎と、寛ぐグリフォンの姿が映っていた。
グリフォンといっても、構造だけを見れば馬の厩舎とほぼ変わりない。
雨風をしのげる屋根と壁があり、床には藁が敷き詰めてある。違いと言えば、グリフォンが自由に出入りできる点ぐらいだろうか。
「よくよく考えると、めちゃくちゃ大きな違いだよな」
近付いて見て回りながら、トールがしみじみとつぶやいた。
自由に出入りを許すなど、乗騎の定義が乱れる。
しかし、クラテールは、メルギリスの襲撃から家を守ってくれた立役者でもあるのだ。そう考えれば、この扱いも当然。
「ルーンで快適な室温にしたり、いつでも水を飲めるようにしているほうが大きな違いではないだろうか?」
「別に、大したことじゃないだろ」
アルフィエルとリンが無言で目を見合わせた。身長差もあってダークエルフのメイドが見下ろす格好となるが、妙に可愛らしい。
「トゥイリンドウェン姫、ご主人はこういうお人なので、そういう面も含めて守っていかねば護衛とは言えないと思うのだが、どうだろう?」
「ええっ? わた、私は物理的な守護も満足にできないのにですか!? いえでも、それがトールさんを守護るということであれば、私も……。って、そうだ! アルフィエルさんと一緒に頑張ります!」
「トゥイリンドウェン姫」
「アルフィエルさん!」
仲良きことは美しき哉。
抱き合って健闘を誓う二人を、脳内スケッチブックに転写するトール。話の内容はともかく、アルフィエルとリンのビジュアルはため息が出るほど素晴らしい。
「クラテールも気に入っているみたいなので、次は私の部屋へ行きましょう!」
アルフィエルから離れたリンが、トールの手を引いて駆け出していく。
「おい、転けるなよ」
「大丈夫ですよ。トールさんと手をつないでますから」
「それ、転けること前提の話になっているからな?」
微笑ましそうにアルフィエルが見守る中、足以外が地面に接触することなく、なんとか目的地に到着した。
ほとんど離れていないので、当然と言えば当然だが。
「増築するとは聞いてたけど、まさか、こうなるとは思わなかったな……」
トールが刻印術の師から受け継いだ山中の隠れ家。
その前、正面の入り口に隣接する形で、建物がひとつ増えていた。
「さすが、《クラフター》だな」
「もしくは、さすがウルヒアだな」
トールは、改めて、ウルヒアの手腕に驚かされる。
反対する間もなく目の前で組み上がったのにも驚いたが、リンの部屋と玄関を組み合わせるというその発想はまったくないものだった。
「もう、トールさん。ウルヒア兄さまがいるときにほめてあげてくださいよ。ウルヒア兄さまは、歓喜雀躍しますよ」
「欣喜雀躍な」
「それです!」
高度な柔軟性を持って臨機応変に対応してくれる《翻訳》のルーンの妙味を感じつつ、トールは新しい玄関の扉を開いた。
玄関の内部はかなり広い。風除室や前室と呼ぶべきかもしれない。
壁に絵を飾れば華やかになるし、マントやコートを掛ける家具や調度類も用意すべきだろう……と、アルフィエルが密かに計画を立てる。
右手には上り階段があり、その先がリンの部屋になっていた。
当初は、本当にトールの部屋の森に、ツリーハウスを作るという案が実現しかけた。
だが、さすがに、トールは拒否した。
嫌というかなんというか、ストーカーと同居という矛盾するフレーズが頭をよぎったので。
「そういえば、敵意とかに反応して、《スリープ》のガスを噴き出す機能があるそうですよ?」
「人の家の玄関に、なにしてるんだよ」
「でも、最初は《スリープ》じゃなくて、四方から光の刃が出て侵入者を切り刻む予定をマイルドに変更したとか」
「バイオかよ……」
あの実写映画でも、さすがに上からは来なかった。
凶悪度が増し過ぎている。
「ウルに映画の話したっけ……?」
と、首をひねりながら、トールたちは二階へ。
「では、ここが私の部屋です!」
二階は、二間続きになっていた。階段に落とし戸を嵌めることもできるので、個室と呼んでも差し支えないだろう。
「うむ。なにもないな」
「はい! なにもありません!」
アルフィエルとリンの言う通り、部屋はがらんとしていた。部屋と言うよりは空間と表現したくなる空虚さだ。
それはもちろん、リンの個室から家具・調度を運ぶ計画をトールが全力で阻止したからである。
同居は許可しても、移住は認められない。
「なので、もうしばらくアルフィエルさんのお部屋にお世話になりますね!」
「問題ないぞ。それに、家具を選ぶ楽しみが増えたと思えばいい」
「確かに、それは楽しいよな」
隠れ家を整備する計画を立てていたときのことを思い出し、トールも賛同する。
金を出すと言っても絶対に受け取ろうとしないというよりはこじれるだけだから、その分、ルーンの支援はふんだんに行おう。
なにしろ、リンはトールの護衛として住むことになるのだから。
そう、護衛だ。
護衛……。
……護衛?
「なあ、リン」
「なんですか、トールさん」
「……ふと気付いたんだが」
気付いたというよりは、気付いてしまったと言うべきか。
触れないほうが良いような、けれど、気付いてしまったからには触れずにはいられない。
そんな疑問を、トールは口にする。
「アルフィの件も一段落したし、俺に護衛って要らなくね?」
「えっっ!?」
なにもない自分の部屋で、リンが飛び上がった。
着地すると同時に、汗が一筋頬を垂れ落ちる。
言われるまでもなく気付いていたらしい。
リンは咄嗟にアルフィエルを見上げる。
視線の先には、顔色どころか表情ひとつ変えていないダークエルフのメイドがいた。
「さて。自分は、余った資材を分別するとするかな」
「あっ。グリーンスライムさんのご飯ですね」
「うむ。今度は、トゥイリンドウェン姫の部屋に置ける便利な家具のような物が出るといいな」
「そこには同意するけど、俺の質問に答えよう? ね?」
無論、ダブルエルフのいい笑顔以外に答えなどなく。
彼らの引きこもりライフは、いつも通りだった。




