エピローグ
本日は、二話同時に更新しています。
まだの方は、前話からお読みください。
死なない程度に治療されたメルギリスは、改めて惚れ薬を使われ、肖像画越しに尋問をされた。
惚れ薬をかがされたあと、目覚めた瞬間に肖像画を見せられたメルギリスが黙秘などするはずもなく。
すべてを聞き出され、今は、喋らなくなった肖像画と一緒に牢で幸せに過ごしているらしい。
やはり、グラモール王国の王位継承に伴うごたごたが背景にあったようだが、トールは概要しか聞いていなかった。
アルフィエルに伝えるためであれば、詳細を確認するつもりも、そのごたごたに首を突っ込む意思もあったのだが。
「不要だ。自分は、ご主人のメイドだからな」
と、当事者が断ったのだから仕方がない。
無理をしているというよりは、本当に関心がないのだろう。
ウルヒアから、グラモール王との面談も打診されたがまったくぴんと来なかったようで、「見も知らぬ他人に会えと言われても困る」と、けんもほろろに断ってしまった。
まあ、ダークエルフなんだし、その気になるまで200年か300年ぐらい待ってもいいだろう。
そう、トールは結論づけた。
あの雨の日から三日。
雑事はいろいろとあったが、トールたちは日常を取り戻しつつあった。
「トゥイリンドウェン姫は、寝てしまったのか」
「寝かせておいてやろう。疲れてるだろうからな」
トールの傍らだが、微妙に触れるか触れないかの距離を保って、リンは森の中で横に立っていた。
幸せそうな寝顔で、満足そうな寝息を立てている。
トールの部屋にお茶を載せたトレイを持って戻ってきたダークエルフのメイドは、愛でるような優しげな視線でエルフの末姫を見下ろした。
実際、妖精のように可憐だ。
最近のリンは、グリフォンの厩舎を建てたり、自身の部屋を建てたりするための資材を運ぶ役目を負っている。
作るのはウルヒアがやるのだろうが、しばらくは身動きが取れそうにない。だから、今のうちに材料だけでも運んでいるのだ。
「自分は、楽しかったがな」
「やっぱり、肉体労働に続いて頭を使うのはきついんじゃないかな?」
休憩のハーブティーを配ることなく、アルフィエルは枝と蔦のソファに座る。それを横目に、トールはノートにアイディアをまとめていた。
以前ブレインストーミングもどきで出てきた、『主人に助けられたメイドが、様々な困難を乗り越えて結ばれる』話を形にしようとしたのだ。
とりあえず本格的にプロットから作ろうと、再びアイディアを募ったところ。
「エルフのお姫さまの婚約者は、実は病弱で余命幾ばくもないというのはどうでしょう!」
「また、ぶっ込んできたな」
「ならば、ダークエルフのメイドは、実は過去ご主人と出会ったことがあり、それ以来ずっと想いを胸に秘めていたのだ!」
「幼なじみ、俺は好きだな」
「じゃ、じゃあ、残りの時間は全部貴女にあげるから少しだけトールさんを独占させてって懇願します!」
「おい、俺になってるぞ」
「うっ。それはずるいな」
「ほ、ほんとに十年……いや、五年……半年だけでもいいので!」
「刻み方が卑屈すぎる。というか、エルフのお姫さまが主役になってねえか?」
と、かなり盛り上がってしまったのだ。
まあ、アイディアは多いほうがいい。どれを採用して、どう整合性を付けるかは、腕の見せ所でもある。
「順調だろうか?」
「そうだな。でも、焦らずやるよ」
森の中、心地よい沈黙が流れる。
音は、トールのペンと静かな吐息だけ。
いるのは、この三人だけ。
過不足のない充実感に、しばし身を委ねる。
どれくらい、そうしていただろうか。
「ご主人、ペトロイーターを倒したあとのことを憶えているだろうか?」
「あー……。なんか、約束をしたような?」
ノートから視線を上げると、正面にアルフィエルがいなかった。
いつの間にか、隣ににじり寄っていた。
「忘れてしまったのか? 自分は哀しいぞ。だからこそ、この数日、放置されていたのだろうが」
「待った。思い出す」
この流れは良くないと、トールは両手でTの字を作ってテクニカルタイムアウトを要求した。
相変わらず意味は分からないが、あの朝のことを思い出してアルフィエルが微笑む。
「えーと。確か、リンがペトロイーターを倒して……頭を撫でて……」
「そう。次は、過激なご褒美を頼むということになったのだ」
「頭を撫でるより過激、な」
会話をしながら、アルフィエルが距離を詰めてきた。
トールは、リンを起こさないようにしながら、同じだけ距離を取る。
「だが、頭を撫でるより穏当なご褒美など、ほとんど存在しないのではないか?」
「まあ、一理なくはない」
「だから、その部分は省いても問題ない」
「その省こうという意思自体が問題じゃないかな? かな?」
アルフィエルがさらににじり寄る。
トールは同じだけ離れ、ついに切り株のテーブルから完全に離れてしまった。
「自分は、頑張ったと思うのだがどうだろう?」
「もちろん、文句無しだよ。本当に、いろいろ助かってる」
「なら……」
濡れた瞳で見つめられ、トールの胸が高鳴った。
いやしかし、リンがいるのに、これ以上は求めてこないだろう。
けれど、その現状認識はアルフィエルには不満しかなかった。
「ご主人、自分を焦らして楽しんでいるのか?」
「そんなつもりはないけど……」
単に、俺が鈍いだけなんじゃないですかね。
その言葉は、アルフィエルの笑顔によって、雲散霧消させられた。
イヤリングに手を触れ、天使よりも可憐な笑顔を浮かべるアルフィエル。あまりにも印象的で、息ができなくなるほど魅力的すぎて。
トールの動きが、完全に固まった。
「ご主人――」
そのタイミングを逃さず、アルフィエルは覆い被さるようにしてささやく。
「――キスがしたいと言っているのだよ」
投稿開始から1カ月ちょっと、お付き合いいただきありがとうございました。
これにて、第一部完となります。
感想や評価をいただけますと、第二部へのモチベーションとなります。
ぜひぜひ、お気軽にお寄せください。
第二部は、10月上旬開始予定です。ブックマークに入れてお待ちいただくと、作者は軽率に喜びます。
これからも、トールくんたちの引きこもりライフをを見守っていただきますよう、お願いします!




