表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ  作者: 藤崎
第一部 襲撃編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/161

第十五話 ぶっちゃけ、巨大ロボットだな

切り所がなかったので、普段の倍ぐらいあります。

「確かアルフィに爆破されたっていう……。兄妹だったのかよ」


 グリフォンに《解呪》と《生命》のルーンを描いて治療しながら、トールは兄妹の邂逅に意識を裂いていた。


 アルフィエルに呪いをかけ、狩りのように追い立て、嬲り殺しにしようとした男。


 となると、あの包帯は治療の跡か。大した生命力だ、無駄に。


 降りしきる雨の中、トールは怒りで震えそうになる手を押さえるのに必死だった。とりあえず、グリフォンの容体は安定した。


 しかし、このあとまたルーンが必要になるかもしれない。怒るべきは、グリフォンを殺されかけたリンに、アルフィエル本人。


 せめて、トールだけは冷静でなければ。


「生きていてくれて嬉しいですよ、アルフィエル。見違えましたね」

「気持ち悪い」


 兄と名乗る男――メルギリスの言葉を、全力で即座に、穢らわしいと言わんばかりに拒絶した。雨によるものではない悪寒が、アルフィエルの背筋を走る。


 アルフィエルは、密かに、小分けにした惚れ薬の瓶を握った。最悪、これを使った後に包帯の男を地面にたたき伏せ、泥の味を心から愛するようにしてやる。


「フフフッ。その反抗的な態度、相変わらず最高ですね。嬲り甲斐があるというものです」

「あのときは気付かなかったが、呪霊師(ソーサラー)だったのだな。自分を嬲り殺しにしようとしたのは、恨みを持つ質のいいゴーストにするためか」

「フザケるなっ!」


 突然、メルギリスが激高した。

 相対していたアルフィエルだけでなく、トールもびくりと反応してしまう。


「いたぶるのも痛めつけるのも純然たる私の趣味ですっ。それを、誰も彼もが一石二鳥のように言う! 分かっていません、なにも分かっていません! 理解できない者は、すべからく死ぬべきだ! 死ぬべきでしょう!」

「……救いようがないな」


 やるだろう。

 この男なら、やるだろう。


 アルフィエルへの、獣じみた行いも。

 友好国とは言えないが、戦争状態とはほど遠い隣国への、モンスターを使った侵略行為も。


 真相は分からないが、トールにはそう感じた。


「トールさん……ッ」

「待たせたな、リン」


 グリフォンと、メルギリス。

 ベクトルの違うふたつの心配事を抱えたリンが、背中からトールの背中に抱きついた。


 雨に濡れた、不安そうな子犬のように。


 どうして良いか分からず、不安が爆発しそうなのだろう。


「ぐるる……」

「もう、大丈夫だ」


 直接グリフォンの体に刻んだルーン。その光が消えていく。

 役目を果たした証拠。


 もう、遠慮をする必要はない。


「リン、殺すなよ」

「任されました」


 弾かれたようにトールから離れ、文字通り目にも止まらぬ速さでリンが動いた。

 正々堂々、真っ正面から繰り出される奇襲。


 リンがメルギリスへ剣を真っ直ぐ振り下ろす。


 剣からトールが刻んだツバメが飛び立った。


 すかさず真上に斬り上げる。


 そのツバメが飛ぶように、早く。

 そのツバメを空中で切り落とせるように、より早く。


 振りは縦にひとつ。

 剣閃は横に三条。


「秘剣、ネレド・トゥイリン」


 ツバメが、消えた。


「ふっ。虚仮威しですか」


 背後のゴーストも含めて、まったく反応できなかったメルギリスが、バカにしたように言った。

 自らの愚かさを証明するかのように。


「動いたら死にます」

「なにをバカなことを。私には傷ひとつ――」


 リンの警告を無視して動こうとした、メルギリス。

 その首が、ずれた(・・・)


「なんだこれは、なんだこれは、なんだこれはああぁぁっっっ」


 反射的に首を元の位置に戻す。先ほどのずれが嘘だったかのように、ぴたりとくっついた。

 安心したのも束の間、今度は、腰がずれた(・・・)


「戻し斬り。今度は、上手く行きました」

「なにをした!? なにをした!? なにをしたああああぁぁぁっっ!?」


 絶叫。

 そして、今度は膝から下がずれ落ちそうになった。


 慌てて戻そうとすると、今度は下を向いたせいで首が落ちそうになり……あとは、その繰り返し。


「殺さないよう、斬りました」


 細胞を壊さず斬り裂くことで、元の通りくっつくという試し切りの極意。

 人体においては理論上の概念でしかないそれを、リンの技とトールの剣が現実のものとした。


「トゥイリンドウェン姫……」


 絶技を目の当たりにし、アルフィエルは言葉もない。

 惚れ薬を使う覚悟が宙に浮いてしまって、なにも言えなかった。


「殺すなって、そういう意味じゃなかったんだが……。まあ、いいか。さすがリンだな」

「えへへへへ……」


 褒められて心の底から幸せそうで、若干きもちわるい笑顔を浮かべるリンと現実を結びつけるのは、なかなか難しい。


「バカなことをしましたね。私を殺したら、今頃王都へ向かっている軍勢は――」

「ああ、そうです。トールさん、ウルヒア兄さまに報告しないと!」

「そうだな。それは、そうだな。自分が通信の魔具を……」

「私が取ってきます!」


 なんとなく居心地の悪い沈黙が流れるなか、リンが戻るまで待つこと30秒。


 通信の魔具を抱えて戻ってきたリンの頭を撫でてから、トールはボタンを押して王都のウルヒアを呼び出す。


「よう、ウル」

「今は忙しいのだがな」


 そう言いつつ、速攻で着信に出たエルフの貴公子。見れば、わずかに耳が上下に動いていた。


「なんか、そっちにモンスターが向かってるらしいぞ」

「すでに、手は打ってある」

「だからバカめと言っているのです。どうせ、騎士団の準備を整えただけでしょう。その程度で、どうにかなるはずがない。スタンピートを引き起こしたのは、私が手塩にかけて育てたテラーゴーストを憑依させ暴走中のデモニック・ドラゴンですよ。彼の悪逆なる魔王竜に――」


 言い募るメルギリスに辟易したように、ウルヒアの姿が消えた。

 代わりに、通信の魔具が王都の様子を映し出す。どうやら、王宮ではなく北門の上にいたようだ。


 そこから映し出された光景に、誰もが絶句。言葉を忘れてしまった。


 トールを除いて。


「手は打ってあると言った。こうもすぐに使うことになるとは、思っていなかったがな」


 王都では雨が降っておらず、それでありながら人の姿はなかった。建物のなかに、避難しているようだ。


 それも当然だろう。


 王都全体に敷き詰められた石畳。


 それが光に包まれて宙に浮き、王都の外に集まっているのだから。まるで、聖樹を背景に群れを成して飛ぶ渡り鳥。


 そして、数多のブロックが二本の足、ずんぐりとした胴体、力強い腕を形作っていく。さらに、マントまでをも形成した。


 決してスマートなフォルムではない。


 だが、無骨で力強さを感じるシルエット。思わず、平伏しそうになる異様だった。


「おっ。《ロボ》と《合体》のルーン。ちゃんと働いたみたいだな」

「大金を投じたのだ。動かねば困る」

「公共事業に乗っかっただけじゃねえか。上乗せされてるの、俺ところの経費だけだろ」


 トールが苦労して苦労して苦労した公共事業(・・・・)


 それがこの、王都防衛機構サリオン。エルフの言葉で『英雄』を意味する、超巨大ゴーレムだった。


「あとは、《帰巣》のルーンがちゃんと働けば完璧だな。メンテしないで済むように、ちゃんと石畳に戻って欲しいもんだ」

「……ご主人、なんだあれは? あれはなんだ? なんなんだ?」

「ん? ああ。あれは王都防衛機構サリオン。ぶっちゃけ、巨大ロボットだな」


 混乱するアルフィエルに対し、トールは遠い目をして答える。


「王都の石畳を入れ替えるときに仕込んだんだけどさ、工事のスケジュールに合わせて物を用意しなくちゃなんなくて、クッソ超大変だった。師匠と二人でやる予定だったのに、ブッチするんだもんな……」

「あ、ん、うむ、そうか……」


 よく分からないが、この説明で納得しなければならないらしい。


 アルフィエルは惚れ薬の小瓶を持ったまま、雨避けシートを拾った。

 さすがは《防水》のルーン。一振りしただけで、水滴と一緒に泥も落ちてしまった。


 それをくるくるまとめていると自分がメイドだと感じられ、心が落ち着く。


 けれど、このアルフィエルなど、まだましなほう。


 メルギリスなど、大口を開けたまま動けない。まあ、動いたら死ぬが。


「ついでだ。中継してやろう」


 ウルヒアは、城壁から超巨大ゴーレムの手に飛び乗ったらしい。

 リフトのように視点が上がり、サリオンの肩で止まった。まるで、VR映像のようだ。


 王都の外。


 サリオンが、トールの旅立った北門に陣取った。


 そのとてつもない魔力に反応して、高速で飛び込んでくる一頭の巨大なドラゴン。


 山がひとつ落下してきたような威容を誇るデモニック・ドラゴン。

 黒い鱗の合わせ目に真っ赤な線が何本も走り、光が明滅し、見ただけで恐怖と不吉さを感じさせる。

 この世すべてを呪うかのような瞳で一睨みされるだけで、魂が消失してもおかしくない。


 サリオンは地上で。

 空中で、デモニック・ドラゴンが静止した。


 不倶戴天の仇敵。


 お互いに、本能でそれを知っているかのようだった。


 城壁の外で、両者は激突する。


 先手を取ったのはデモニック・ドラゴンだった。


 聞くだけで震えそうになる鳴き声をあげながら、一本の槍のように落下。正面から、超巨大ゴーレムを打ち砕こうとする。


 まるで、力の差を見せつけようとするかのように。


 そして、後の先を取ったのはサリオンだった。


 超巨大ゴーレムの超巨大な拳が、向かってくるデモニック・ドラゴンの横っ面を全力で引っぱたいた。

 スローモーションのようにはっきりと、デモニック・ドラゴンの頭がひしゃげるのが見えた。


 どうっと、豪快な音を立てて、ドラゴンが地面に叩き付けられる。


 それでも、翼をはためかせてすぐに体勢を整えようとしたところ……。


 サリオンはその翼を掴み、引き千切った。


「ギィィィィィアアアアアアアアアァァッッッッ」


 甲高く長い悲鳴。


 それを気にした様子もなく。むしろ、ちょうどいいBGMだと言わんばかりに、サリオンは殴り蹴り踏み首を絞める。


 勝敗の行方は、もはや言うまでもなかった。


「あーあ。ウル、ガチギレしてんじゃん……」

「あれ操作してるのウルヒア兄さまだったんですか……って、こんなの聞いてませんよ!?」

「最高機密だっていうから、誰にも言えなかったんだよ。しかし、避難訓練もせず、よく事故らないで合体させられたよな」

「そこは、聖樹様の神託を使わせてもらった」

「なるほど。エルフには一番だな」


 一方的な蹂躙劇を目の当たりにしつつ、なんでもないように言葉を交わすトールとウルヒア。


「しかし、これならロボットものも、案外ありな気が……。いや、ダメか」


 空気が弛緩した。

 その間隙を縫って、メルギリスが残ったゴーストに命じる。


「私一人で死んでたまるか! 《甘き、死――」

「させるものかッ」


 性懲りもなく呪霊術を使おうとしたメルギリスに、アルフィエルが雨避けシートを放り投げる。一度非活性状態になった布が、包帯の上からダークエルフに絡みついた。


 メルギリスが、咄嗟に首を押さえる。この期に及んで我が身可愛さの行動。愚かしいが、アルフィエルにとっては、好都合だった。


 視界を塞いだところで、アルフィエルが小瓶の中身を布の間に注いだ。


「ああああ、ああああああっっ。なぜだ、なぜ私は気付かなかったのだ。この色、この匂い、この肌触り。至高。否、他になにも要らぬ。ああ……。私は、ずっと永遠にこのまま……」


 効果は劇的。


 その場で微動だにせず、愛をささやき続ける。

 布に。

 布に恋するダークエルフが誕生した。


「アルフィ、助かった……けど……」

「言いたいことは分かる。もう、あの布は使えないな。すまない」

「いや、そっちじゃなくてね」

「実は呪いを反射してやろうかと思ったが、ご主人からの贈り物が穢される気がして嫌だったのだ」

「これ以上私がなにかすると、あの人が死んでしまうので、助かりました!」


 リンもこう言っているので、良しとしよう。

 トールは、そう結論づけた。


 雨避けシートの向こうから、興奮したような荒い息が聞こえてくるが幻聴だろう。


「というわけで、ウル。なんか首謀者っぽいのを確保してるから、早めに迎えに来てくれよ。家の前に置くオブジェとしては、アバンギャルド過ぎる」


 そう言って、トールは軽く首を振った。雨で濡れた前髪が額に張り付き、それをかき上げると、雲間に光が射し始めているのに気がつく。


 雨は止みつつあった。

いつもドラゴンに酷いことをしているので、いつかドラゴンが活躍する小説を書かねば。


というわけで、最初から考えていたクライマックスにたどり着けて感無量です。

メルギリスは想定していたよりも出番がありました(あれでも)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
・異世界と地球の両方が舞台の新作です。合わせてお読みいただけると嬉しいです。

タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ