第十五話 ぶっちゃけ、巨大ロボットだな
切り所がなかったので、普段の倍ぐらいあります。
「確かアルフィに爆破されたっていう……。兄妹だったのかよ」
グリフォンに《解呪》と《生命》のルーンを描いて治療しながら、トールは兄妹の邂逅に意識を裂いていた。
アルフィエルに呪いをかけ、狩りのように追い立て、嬲り殺しにしようとした男。
となると、あの包帯は治療の跡か。大した生命力だ、無駄に。
降りしきる雨の中、トールは怒りで震えそうになる手を押さえるのに必死だった。とりあえず、グリフォンの容体は安定した。
しかし、このあとまたルーンが必要になるかもしれない。怒るべきは、グリフォンを殺されかけたリンに、アルフィエル本人。
せめて、トールだけは冷静でなければ。
「生きていてくれて嬉しいですよ、アルフィエル。見違えましたね」
「気持ち悪い」
兄と名乗る男――メルギリスの言葉を、全力で即座に、穢らわしいと言わんばかりに拒絶した。雨によるものではない悪寒が、アルフィエルの背筋を走る。
アルフィエルは、密かに、小分けにした惚れ薬の瓶を握った。最悪、これを使った後に包帯の男を地面にたたき伏せ、泥の味を心から愛するようにしてやる。
「フフフッ。その反抗的な態度、相変わらず最高ですね。嬲り甲斐があるというものです」
「あのときは気付かなかったが、呪霊師だったのだな。自分を嬲り殺しにしようとしたのは、恨みを持つ質のいいゴーストにするためか」
「フザケるなっ!」
突然、メルギリスが激高した。
相対していたアルフィエルだけでなく、トールもびくりと反応してしまう。
「いたぶるのも痛めつけるのも純然たる私の趣味ですっ。それを、誰も彼もが一石二鳥のように言う! 分かっていません、なにも分かっていません! 理解できない者は、すべからく死ぬべきだ! 死ぬべきでしょう!」
「……救いようがないな」
やるだろう。
この男なら、やるだろう。
アルフィエルへの、獣じみた行いも。
友好国とは言えないが、戦争状態とはほど遠い隣国への、モンスターを使った侵略行為も。
真相は分からないが、トールにはそう感じた。
「トールさん……ッ」
「待たせたな、リン」
グリフォンと、メルギリス。
ベクトルの違うふたつの心配事を抱えたリンが、背中からトールの背中に抱きついた。
雨に濡れた、不安そうな子犬のように。
どうして良いか分からず、不安が爆発しそうなのだろう。
「ぐるる……」
「もう、大丈夫だ」
直接グリフォンの体に刻んだルーン。その光が消えていく。
役目を果たした証拠。
もう、遠慮をする必要はない。
「リン、殺すなよ」
「任されました」
弾かれたようにトールから離れ、文字通り目にも止まらぬ速さでリンが動いた。
正々堂々、真っ正面から繰り出される奇襲。
リンがメルギリスへ剣を真っ直ぐ振り下ろす。
剣からトールが刻んだツバメが飛び立った。
すかさず真上に斬り上げる。
そのツバメが飛ぶように、早く。
そのツバメを空中で切り落とせるように、より早く。
振りは縦にひとつ。
剣閃は横に三条。
「秘剣、ネレド・トゥイリン」
ツバメが、消えた。
「ふっ。虚仮威しですか」
背後のゴーストも含めて、まったく反応できなかったメルギリスが、バカにしたように言った。
自らの愚かさを証明するかのように。
「動いたら死にます」
「なにをバカなことを。私には傷ひとつ――」
リンの警告を無視して動こうとした、メルギリス。
その首が、ずれた。
「なんだこれは、なんだこれは、なんだこれはああぁぁっっっ」
反射的に首を元の位置に戻す。先ほどのずれが嘘だったかのように、ぴたりとくっついた。
安心したのも束の間、今度は、腰がずれた。
「戻し斬り。今度は、上手く行きました」
「なにをした!? なにをした!? なにをしたああああぁぁぁっっ!?」
絶叫。
そして、今度は膝から下がずれ落ちそうになった。
慌てて戻そうとすると、今度は下を向いたせいで首が落ちそうになり……あとは、その繰り返し。
「殺さないよう、斬りました」
細胞を壊さず斬り裂くことで、元の通りくっつくという試し切りの極意。
人体においては理論上の概念でしかないそれを、リンの技とトールの剣が現実のものとした。
「トゥイリンドウェン姫……」
絶技を目の当たりにし、アルフィエルは言葉もない。
惚れ薬を使う覚悟が宙に浮いてしまって、なにも言えなかった。
「殺すなって、そういう意味じゃなかったんだが……。まあ、いいか。さすがリンだな」
「えへへへへ……」
褒められて心の底から幸せそうで、若干きもちわるい笑顔を浮かべるリンと現実を結びつけるのは、なかなか難しい。
「バカなことをしましたね。私を殺したら、今頃王都へ向かっている軍勢は――」
「ああ、そうです。トールさん、ウルヒア兄さまに報告しないと!」
「そうだな。それは、そうだな。自分が通信の魔具を……」
「私が取ってきます!」
なんとなく居心地の悪い沈黙が流れるなか、リンが戻るまで待つこと30秒。
通信の魔具を抱えて戻ってきたリンの頭を撫でてから、トールはボタンを押して王都のウルヒアを呼び出す。
「よう、ウル」
「今は忙しいのだがな」
そう言いつつ、速攻で着信に出たエルフの貴公子。見れば、わずかに耳が上下に動いていた。
「なんか、そっちにモンスターが向かってるらしいぞ」
「すでに、手は打ってある」
「だからバカめと言っているのです。どうせ、騎士団の準備を整えただけでしょう。その程度で、どうにかなるはずがない。スタンピートを引き起こしたのは、私が手塩にかけて育てたテラーゴーストを憑依させ暴走中のデモニック・ドラゴンですよ。彼の悪逆なる魔王竜に――」
言い募るメルギリスに辟易したように、ウルヒアの姿が消えた。
代わりに、通信の魔具が王都の様子を映し出す。どうやら、王宮ではなく北門の上にいたようだ。
そこから映し出された光景に、誰もが絶句。言葉を忘れてしまった。
トールを除いて。
「手は打ってあると言った。こうもすぐに使うことになるとは、思っていなかったがな」
王都では雨が降っておらず、それでありながら人の姿はなかった。建物のなかに、避難しているようだ。
それも当然だろう。
王都全体に敷き詰められた石畳。
それが光に包まれて宙に浮き、王都の外に集まっているのだから。まるで、聖樹を背景に群れを成して飛ぶ渡り鳥。
そして、数多のブロックが二本の足、ずんぐりとした胴体、力強い腕を形作っていく。さらに、マントまでをも形成した。
決してスマートなフォルムではない。
だが、無骨で力強さを感じるシルエット。思わず、平伏しそうになる異様だった。
「おっ。《ロボ》と《合体》のルーン。ちゃんと働いたみたいだな」
「大金を投じたのだ。動かねば困る」
「公共事業に乗っかっただけじゃねえか。上乗せされてるの、俺ところの経費だけだろ」
トールが苦労して苦労して苦労した公共事業。
それがこの、王都防衛機構サリオン。エルフの言葉で『英雄』を意味する、超巨大ゴーレムだった。
「あとは、《帰巣》のルーンがちゃんと働けば完璧だな。メンテしないで済むように、ちゃんと石畳に戻って欲しいもんだ」
「……ご主人、なんだあれは? あれはなんだ? なんなんだ?」
「ん? ああ。あれは王都防衛機構サリオン。ぶっちゃけ、巨大ロボットだな」
混乱するアルフィエルに対し、トールは遠い目をして答える。
「王都の石畳を入れ替えるときに仕込んだんだけどさ、工事のスケジュールに合わせて物を用意しなくちゃなんなくて、クッソ超大変だった。師匠と二人でやる予定だったのに、ブッチするんだもんな……」
「あ、ん、うむ、そうか……」
よく分からないが、この説明で納得しなければならないらしい。
アルフィエルは惚れ薬の小瓶を持ったまま、雨避けシートを拾った。
さすがは《防水》のルーン。一振りしただけで、水滴と一緒に泥も落ちてしまった。
それをくるくるまとめていると自分がメイドだと感じられ、心が落ち着く。
けれど、このアルフィエルなど、まだましなほう。
メルギリスなど、大口を開けたまま動けない。まあ、動いたら死ぬが。
「ついでだ。中継してやろう」
ウルヒアは、城壁から超巨大ゴーレムの手に飛び乗ったらしい。
リフトのように視点が上がり、サリオンの肩で止まった。まるで、VR映像のようだ。
王都の外。
サリオンが、トールの旅立った北門に陣取った。
そのとてつもない魔力に反応して、高速で飛び込んでくる一頭の巨大なドラゴン。
山がひとつ落下してきたような威容を誇るデモニック・ドラゴン。
黒い鱗の合わせ目に真っ赤な線が何本も走り、光が明滅し、見ただけで恐怖と不吉さを感じさせる。
この世すべてを呪うかのような瞳で一睨みされるだけで、魂が消失してもおかしくない。
サリオンは地上で。
空中で、デモニック・ドラゴンが静止した。
不倶戴天の仇敵。
お互いに、本能でそれを知っているかのようだった。
城壁の外で、両者は激突する。
先手を取ったのはデモニック・ドラゴンだった。
聞くだけで震えそうになる鳴き声をあげながら、一本の槍のように落下。正面から、超巨大ゴーレムを打ち砕こうとする。
まるで、力の差を見せつけようとするかのように。
そして、後の先を取ったのはサリオンだった。
超巨大ゴーレムの超巨大な拳が、向かってくるデモニック・ドラゴンの横っ面を全力で引っぱたいた。
スローモーションのようにはっきりと、デモニック・ドラゴンの頭がひしゃげるのが見えた。
どうっと、豪快な音を立てて、ドラゴンが地面に叩き付けられる。
それでも、翼をはためかせてすぐに体勢を整えようとしたところ……。
サリオンはその翼を掴み、引き千切った。
「ギィィィィィアアアアアアアアアァァッッッッ」
甲高く長い悲鳴。
それを気にした様子もなく。むしろ、ちょうどいいBGMだと言わんばかりに、サリオンは殴り蹴り踏み首を絞める。
勝敗の行方は、もはや言うまでもなかった。
「あーあ。ウル、ガチギレしてんじゃん……」
「あれ操作してるのウルヒア兄さまだったんですか……って、こんなの聞いてませんよ!?」
「最高機密だっていうから、誰にも言えなかったんだよ。しかし、避難訓練もせず、よく事故らないで合体させられたよな」
「そこは、聖樹様の神託を使わせてもらった」
「なるほど。エルフには一番だな」
一方的な蹂躙劇を目の当たりにしつつ、なんでもないように言葉を交わすトールとウルヒア。
「しかし、これならロボットものも、案外ありな気が……。いや、ダメか」
空気が弛緩した。
その間隙を縫って、メルギリスが残ったゴーストに命じる。
「私一人で死んでたまるか! 《甘き、死――」
「させるものかッ」
性懲りもなく呪霊術を使おうとしたメルギリスに、アルフィエルが雨避けシートを放り投げる。一度非活性状態になった布が、包帯の上からダークエルフに絡みついた。
メルギリスが、咄嗟に首を押さえる。この期に及んで我が身可愛さの行動。愚かしいが、アルフィエルにとっては、好都合だった。
視界を塞いだところで、アルフィエルが小瓶の中身を布の間に注いだ。
「ああああ、ああああああっっ。なぜだ、なぜ私は気付かなかったのだ。この色、この匂い、この肌触り。至高。否、他になにも要らぬ。ああ……。私は、ずっと永遠にこのまま……」
効果は劇的。
その場で微動だにせず、愛をささやき続ける。
布に。
布に恋するダークエルフが誕生した。
「アルフィ、助かった……けど……」
「言いたいことは分かる。もう、あの布は使えないな。すまない」
「いや、そっちじゃなくてね」
「実は呪いを反射してやろうかと思ったが、ご主人からの贈り物が穢される気がして嫌だったのだ」
「これ以上私がなにかすると、あの人が死んでしまうので、助かりました!」
リンもこう言っているので、良しとしよう。
トールは、そう結論づけた。
雨避けシートの向こうから、興奮したような荒い息が聞こえてくるが幻聴だろう。
「というわけで、ウル。なんか首謀者っぽいのを確保してるから、早めに迎えに来てくれよ。家の前に置くオブジェとしては、アバンギャルド過ぎる」
そう言って、トールは軽く首を振った。雨で濡れた前髪が額に張り付き、それをかき上げると、雲間に光が射し始めているのに気がつく。
雨は止みつつあった。
いつもドラゴンに酷いことをしているので、いつかドラゴンが活躍する小説を書かねば。
というわけで、最初から考えていたクライマックスにたどり着けて感無量です。
メルギリスは想定していたよりも出番がありました(あれでも)。




