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第四話 こちらは、一体どなたでしょう?

「まずは、その服をどうにかしよう」


 アルフィエルのお試し採用と同居が決まった直後。またしても片付けの手を止めさせ、トールが行動宣言した。


「服か?」


 なにを言われたのかは分かるが、なぜ言われたのか分からないといった風情のアルフィエル。


「なんの問題もないぞ?」


 本当に分かっていないようで、無造作にシャツの胸元を摘まみ上げた。

 それで北半球が布に覆われたが、その分、健康的な足がさらに露わになる。


 そしてこれが一番肝心なところなのだが、アルフィエルはまったく気にしていなかった。


「生地はきめ細かく、ルーンの効果は消えているが、肌触りも極上だ」

「気付いて! そのシャツ以外の服を、どうにかしようって話だよ! あと、そうやると見えちゃいけないところが見えそうになるからね!」

「ああ……」


 ようやく納得いったと、アルフィエルがぽんと手を打つ。


「ご主人、ダークエルフは元々薄着なのだよ」

「ええーー?」

「嘘ではないぞ。霊樹の加護があるので北方でも、あまり寒くないのだ」


 エルフの国アマルセル=ダエアには、聖樹。

 ダークエルフの国グラモールには、霊樹。


 二本の世界樹を中心に、両国は発展してきた。世界樹の加護によって天候は安定し、植物は大いに実り、動物も生命を謳歌している。


 中原の人間諸国からすると、うらやましい限りだろう。


「余計なことをしやがって……」


 不遜で不敬だが、紛れもないトールの本音だった。


「だから、お見苦しいものを見せぬようにする動きには習熟してる」

「なんでそんなアイドル向けの特技を習得してるんだよ!」

「というわけで、使用人である自分の服に配慮は無用だ、ご主人」

「そうじゃない。そうじゃないんだ……」


 異文化交流の難しさ。あるいは、理性の軋みにトールは苦悩する。


「……その格好がどれだけ刺激的なのか、説明しなくちゃいけないのか?」

「こう考えてはどうだろうか」


 怜悧な美貌にひどく真面目な表情を浮かべ、アルフィエルが魅惑的な唇を開く。


「この状況なら、いっそ、手込めにしてもいいのでは。向こうも誘っているはずだ。俺は悪くない、悪くないんだと」

「却下」


 朝食を終えた食卓で、主人とメイドが視線をぶつけ合う。

 先に折れたのは、メイド志望のアルフィエルだった。


「では、使用人らしい服を要望したい」

「いや、普通の……」

「ご主人」

「あ、はい」


 真剣なトーンのアルフィエルに、トールは思わず居住まいを正した。これでは、どちらが主人か分からない。

 いや、こういうのもメイドさんらしさかもしれない……と、トールは混乱していた。


「この身は、ご主人様に救われた」

「だから、大した――」

「自分は、救われたのだ」


 重ねて断言され、トールは押し黙ってしまった。


 大したことではないという認識は変わらない。だが、だからといって相手の感謝を受け取らないのも不誠実ではないかと思い至ったからだ。


「それゆえ、ご主人のご意見ご要望には最大限応えたいと思っているし、その覚悟で仕えている」

「それなら……」

「ご主人が誠実なのは、理解している。だから、せめて使用人らしい服をお願いする」

「あ、はい」


 そこは譲れない一線らしかった。


「それに、自分の普段着となると、このシャツ一枚とそう変わらないのだが?」

「よっし! メイド服だ、メイド服にしよう!」


 方針は決まった。


 既成事実化の雰囲気をひしひしと感じつつ、トールは服の調達方法を思案する。


「そういうことなら、やっぱり、一式リンに頼んだほうがいいかな……」


 別れたばかりで頼るのもなんだが、リンをスルーするとどうなるか。


 泣かれる。


 さめざめと泣かれる。


 それなら、多少気まずい気持ちをするぐらいはなんでもない。


「今から出れば、なんとか今日中に――」


 そう言って、トールが立ち上がった瞬間。


 ――ドアが豪快に開いた。


「トールさん! 遊びに来ましたよ……って、早速女性を連れ込んでいらっしゃる!?」


 リンだ。

 紛れもなく、エルフの末姫トゥイリンドウェン・アマルセル=ダエアだった。


「神がかったタイミングだな、おい……」


 どこかで見ていたのではないかと、疑いたくなるようなタイミング。やましいことはないが、後ろめたさは否定できない。


 それに、リンの様子がいつもと違う。


 普段の。そして、トールが知るリンであれば、「こんな決定的瞬間に合わせてしまうだなんてぇっ。あうばばば。私はまた空気を読まずに、なんてことをしでかしてしまったのでしょうか!?」と早口で言って土下座しているはず。


 だが、現実にはそうならなかった。


 リンは長いピンクブロンドを一振りすると、いつもはふんにゃりとしている表情を引き締めた。

 腰にトールから贈られた剣を差し、転びそうな様子もない。王族の威厳すら感じさせる歩みでトール……ではなく、アルフィエルと対峙した。


 ダークエルフの少女も対抗して立ち上がり、リンを見下ろす。


 タイプの違う、エルフとダークエルフの美少女。

 二人の間に、言葉はない。


 代わりに、ぱちぱちと稲妻が走った。


 トールが描く漫画的な表現ではない。二人の意思が周囲の魔力に干渉し、現実に影響を及ぼしているのだ。


 けれど、それも長くは続かない。


 同じタイミングでくっと横を向き、トールを真っ直ぐに見つめ――


「トールさん」

「ご主人」

「こちらは、一体どなたでしょう?」

「誰だ?」


 一人は涙目で。

 一人は真剣に。


 同じ質問を発した。

感想、評価ありがとうございます。

お陰様で、日間総合48位になっていました。ありがとうございます。

まだまだお待ちしていますので、お気軽にどうぞ。


それから、リンとアルフィエルが出会ったので、明日は12時にも更新します。

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タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~
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