第三話 ダークエルフの恩返しじゃあるまいに
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「おはようだ、ご主人」
「アルフィ……エル……?」
翌朝。
優しい声に導かれトールが目を醒ますと、朗らかに微笑む美少女が視界いっぱいに映り込んでいた。
素肌にワイシャツ――実は、トールが地球から持ち込んだ私物――を身につけただけの、ダークエルフの少女が。
銀色の髪はポニーテールにまとめてうなじを晒し、無防備に微笑んでいる。刻まれたルーンは役割を果たして、ただのシャツになっていた。
自分のマンガに、こんなあざといキャラを出せるだろうか。
思わず、そう自問自答し……トールの意識はさらに混乱した。
「治った……けど、あれ? ご主人?」
「自分だけベッドを使って、申し訳ないことをした」
「ん? ああ……。いや……それはどうでもいいんだけど……」
「朝食の準備ができたのだ。良ければ、一緒に食べないか?」
「ちょっと待った。全然、理解が追いつかない」
もぞもぞと寝袋から這い出しながら、トールは両手でTの字を作ってテクニカルタイムアウトを要求した。
アルフィエルがその意味を理解できたとも思えないが、あたふたするトールが微笑ましかったからか、素直に待ってくれた。
昨日の張り詰めた雰囲気は、どこへ行ってしまったのか。えらい変わり様だ。
そう。昨日。アルフィエルの呪いを解いたのは、昨日だ。
あのあと、気を失ったアルフィエルをトールの寝室に寝せ、自分は寝袋にくるまってリビングで横になった。他のベッドは使える状態にしていなかったための、当然の処置。
自慢ではないが、解呪には……というよりも、刻印術には自信がある。
だから、本当に治るかなどと心配もせず、レンバスをかじってから寝た。スケッチブックは開きもしなかった。
そして、アルフィエルに起こされ、明るい笑顔で朝食を勧められている。
裸ワイシャツで。
「情報量がまったく増えてねえ……」
明らかに、断絶があった。
追い詰められた獣のようだった、アルフィエルの豹変。その理由が分からず、トールは軽く頭を抱える。
「そもそも、ご主人ってなんだよ」
「ご主人は、ご主人だ」
「いきなりご主人呼ばわりとか、普通にあり得ないだろ」
なんて陳腐な展開だと、憤るトール。
「こういうのは、段階とか積み重ねが大事だろ? いや、落ちものも、それはそれでいいものだけど……」
死の淵から蘇らせてくれた恩人――しかも異性――への対応としては、あり得なくもない……という視点に欠けているトールだった。
「ご主人。そろそろ、良いだろうか?」
「まあ……。なんとなく、事態は理解できた。どうにも、朝は弱くてね……」
「くくく。それは、いいことを聞いた」
トールの言い訳に、アルフィエルがいたずらっぽく微笑む。
笑顔がまぶしかった。
治療で使ったワイシャツから伸びる、なまめかしいふともももまた。
どうやら、麻袋を加工したような服は脱ぎ捨てたようだ。着心地で言えば、断然トールのワイシャツだろう。
その分、露出度はアップしている。
思わず凝視してしまい、はっと自らの過ちに気付く。
だが、露骨に目を離すのも、犯行を自供しているようなものだ。マンガの参考にという言い訳は、この世界では通じない。いや、日本でも駄目だ。
だから、さりげなく話題から変えていく。態度が豹変した理由も、ひとまず脇に置くことにした。
「体の調子はどう? なにか問題は?」
「とても快調だ。ご主人には、いくら感謝しても足りないな」
「うん。元気ならそれでいい」
うなずきながら視線も一緒に逸らし、まずは目的を達成する。
「そういえば、朝食って言ってたけど、どうやって?」
食材や食器は事前に運び込んでいたが、台所はまだ使える状態ではなかったはず。
そう伝えると、アルフィエルは真面目な表情でうなずいた。
「だから、火は外で使ってきた」
「ええ!? 裸ワイシャツで!?」
「裸ワイ……。服なら、ちゃんと着ているが?」
それはなんとも、こう……。
「普通に危ないだろ」
やはり、裸ワイシャツは朝日が注ぐリビングで、コーヒー片手に微笑むに限る。
早めに彼女の服を用意すべきだと、トールは決意した。
「昨日の今日であれだけど、リンを頼るか。別に、エルフとダークエルフで、そんなに確執もないみたいだしな……」
ぶつぶつと独り言をつぶやいてから、トールは外に出て井戸から水を汲み身支度を調える。
確かに、キャンプ場で見かけるようなたき火の跡があった。
そして家に戻ってきたときには、朝食の準備がすっかり整っていた。湯気が上がり、美味しそうな匂いを振り撒いている。
裸ワイシャツではにかむアルフィエルに促され、向かいの席に座るトール。相変わらず目を引く美人だが、香しい匂いに反応したトールの胃が自己主張をし始めた。
こうなると、色気より食い気。
トールが最も目を引かれたのは、骨付きの鳥もも肉の塩焼きだ。
先に起きて狩りにでも行ったのか。種類までは分からないが、手のひら大で、見るからに脂がよくのっている。
主食代わりは、すいとん風のスープ。
小麦粉はあるがパンを焼くことはできず、アルフィエルが選んだのは煮て調理することだった。鳥肉の一部や、狩りと一緒に採ってきたらしい山菜も具になっている。
それから、梨に似た果物も綺麗に切り分けられ食卓を彩っていた。瑞々しくて美味しそうだ。
「こんな田舎料理、ご主人のような人間の口に合うかどうかは分からないが……」
「いやいや、絶対美味いってこれ」
転移してから不自由なく――勤務時間以外――過ごしてきたトールだったが、エルフの宮廷では出ない料理に目を輝かす。
実際、トールの予想は大当たりだった。
もも肉の塩焼きを手づかみでかぶりつくと、口の中でじゅわっと旨味が弾けた。
肉質はしっかりとしており、簡単に塩で味付けされているだけだが、焼き加減が絶妙でしみじみ美味い。
「マジ美味えな、これ」
「そうか。ほっとしたぞ」
その鳥のがらを煮込んで出汁を取ったのだろう。すいとん風のスープも絶品だった。携帯食料しか口にしていなかった体に、滋味が浸透していくのを感じる。
栄養はレンバスで充分だが、心の栄養では美少女の手料理に敵わない。
「アルフィエルさん、料理上手なんですね」
思わず、敬語になっていた。リンの生霊が乗り移ったのかもしれない。
「そんなことはないが……ご主人」
「ん?」
スープのおかわりがあるか聞こうか迷っていたトールが、視線を向けると、そこには決意をたたえたアルフィエルがいた。
「アルフィ」
「アルフィ……さん?」
「アルフィだ。敬語も不要だぞ」
「……分かった。アルフィ」
意志は強いと思っていたが、押しも強いとは思わなかった。
まあ、リンみたいに油断すると下に行こうとするよりはいいだろう。
そう結論づけて、リンの生霊を追い払い、食事に集中することにした。
実のところ、裸ワイシャツだからといって、そちらにばかり意識を持って行かれるのはもったいない美味しさだ。
一心不乱に食べるトールを、アルフィエルは満足そうに見つめる。
母親のような慈愛と、若干の狂気を孕んだ瞳で。
そして、デザートの梨もどきまで食べ終わると、食器を下げけようとするアルフィエルを、トールは真面目な顔で引き留めた。
「とりあえず、これからのことを話そうか」
「……はい」
アルフィエルは、うなずいた。
なぜか、嬉しそうに頬を染めて。
「アルフィ、違う。そういうプロポーズ的なサムシングじゃないから」
「分かってはいるのだが、嬉しくてついな」
トールの指摘を受けて、恥ずかしそうに顔を伏せるアルフィエル。
照れる褐色銀髪ダークエルフというSSレアな美少女を前に、トールの理性が操舵不能になりかけるものの、なんとかこらえる。
刺激的だが、伊達にリンという見た目だけなら美少女と、二年間も過ごしてきたわけではない。
「まず、あれだ。俺が助けたいから助けただけで、そんな感謝する必要はないから。あと、俺にナイフ投げたことへの謝罪もなしだ」
「……それは、ずるい言い方だ」
あんなに無礼な態度を取ったのに感謝も謝罪も許されないなんてと、アルフィエルは不満気に少しだけ頬を膨らませた。
長い耳も、心なしかしゅんと垂れている。
「くはっ」
その可憐な仕草に、トールは思わず心臓を抑えた。
「裸ワイシャツ銀髪褐色ダークエルフ、マジ尊い……」
「ご主人!? ご主人!?」
「だ、大丈夫だ」
テーブルに突っ伏していたが、なんとか自力で起き上がる。生まれたての子馬のように、ぷるぷる震えながら。
「……とりあえず、感謝はこの朝ご飯で受け取ったということにしようか」
まったく先に進まないので、トールは強引に話をまとめた。自分のリアクションを棚に上げているが、仕方がないことだろう。
「昨日も言ったとおり、アマルセル=ダエアの宮廷にコネがあるのは事実だ。家に送り届けることぐらいは頼めると思うけど……って、そもそも、アルフィはどこから来たんだ?」
「ここは、アマルセル=ダエアの国内でいいのだな? であれば、自分はグラモール王国から、妖精の輪で転移をしてきたことになる」
妖精の輪は妖精が踊り明かした痕跡だとされ、そこに足を踏み入れた者はどこへともなく転移させられる……という伝説がある。
そう。伝説だ。滅多に遭遇するものではない。
それを通って、ここに来た。信じられないような事態だが、多くの疑問の答えでもあった。
「それはすごい偶然だな……」
「妖精のいたずらも、たまには役に立つようだ」
柔らかく微笑みを浮かべた直後、アルフィエルは真剣な表情を浮かべた。
怜悧な美貌が、ぐっと引き立つ。
「というわけで、ご主人。自分を、このままご主人に仕えさせてはもらえないだろうか」
「いや、ご主人って呼んでるから、そんなところだとは思ったけど……」
恐らく、命の恩には命で報いるとか、氏族の掟のようなものがあるのだろう。
であれば、当初はトールの手を取ろうとしなかった理由も分かるし、この豹変っぷりも理解できる。
「いや、そんなものはないぞ」
「……そうなの?」
しかし、アルフィエルはあっさりとトールの推測を否定した。
「自分自身がこの身を捧げたいと思ったから、お願いしているのだ」
「マジか……」
「そうだ。そもそも、ご主人のような優れた人間が側に誰も置かずにいること自体がおかしいと、自分は思うぞ」
「俺に仕える……って、つまり、一緒に住むってことじゃん!?」
「そうだ」
「……本気?」
迷いのない肯定に、トールの意識が飛びかけた。古典的表現だが、口から魂が抜けかけている自分が脳裏に浮かぶ。
「それは、いろいろとまずい。まずくない?」
言えたのは、それだけ。
「まったく、まずくはないな」
「う~ん。いや、そうか……」
アルフィエルにかけられていた呪いのことを思い出し、トールは顔をしかめた。
殺すことよりもいたぶることを目的としていたような、あの呪い。
トールに仕えるかどうかは別にして、グラモール王国に戻るということは、その犯人と再会をするという意味でもある。
「そっちの事情は……」
「……大恩を受けた身だ。話すべきなのは、理解しているのだが……」
「いや、無理に聞きたいわけじゃないよ」
この分だと、故郷への帰還自体を望んでいないようだ。
かといって、エルフの国では住みにくいのだろう。
そういうこともあって、仕えるなどと言っているのだろうが……困ってしまう。
「……ダークエルフの恩返しじゃあるまいに、そんなあっさり決めて良いものでもないと思うんだけどなぁ」
「ご主人、分かった」
「分かったの!?」
「それでは、お試しで……一週間ほど自分を側に置いてみるというのはどうだろうか?」
「……それなら、まあ」
妥協点としては、こんなところだろうか。
これ以上は平行線だろうし、リンに説明をする余裕もある。
恋人同士だって、同棲すると上手くいかないこともあるのだ。実際、大学のサークルには、それで別れた先輩もいた。
ましてや出会ったばかりの二人だ。絶対に、破綻する。
「お役に立つところを、ご覧に入れてみせるぞ。絶対にだ」
きゅっと拳を握って気合いを入れるアルフィエルを眺めつつ、トールは、そんな甘いことを考えていた。
今回で、導入は完了。
次回からリンも合流して、引きこもりスローライフスタートです。
明日からは、ストックがある限り毎日20時に更新します。
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それでは、今後ともトールとリンとアルフィをよろしくお願いします。