第十五話 自分たちのトゥイリンドウェン姫をどこにやったのだ!?
「トールさんのルーンがあるので、万が一当たっても大丈夫ですから、どんどん攻撃しちゃってください」
無茶な要求に、アルフィエルは瞬きを繰り返す。
有無を言わせずというよりは、リンの意識が実戦に切り替わったようだ。
その変化に、ついていけない。
そもそも、今、リンはどこにいるのか。
「そうは言うがな!」
「撃てば上達するわけではありませんが、名人はみんな血が出るほど撃ち続けているものですから!」
ダークエルフの鋭い感覚が、周囲を駆け巡っているリンの存在を教えてくれた。
木の根元から、枝、それからまた別の木に移動したかと思うと、気配が地上に降りている。
アルフィエルを中心に、ぐるぐる、ぐるぐるとリンが周回している。転びもせずに。それどころか、余りにも早すぎて気配を複数感じるタイミングすらあった。
リンだと分かっていなかったら、未知のモンスターに襲撃を受けていると判断していたかもしれない。
「ええいっ! ご主人のルーンを信じるぞ!」
半分自棄のような状態で、アルフィエルはミスラルでできた弓を引いた。矢をつがえる必要はなく、周囲の魔力を消費して光の矢が生まれる。
同時に、狙いを定めていたアルフィエルは矢を放った。
さすがは、名弓の誉れ高いエイルフィードの弓。
撃った瞬間、命中する未来が見えた。
実際、光の軌跡だけを残して矢は飛翔し、狙った場所と寸分違わぬ位置に突き刺さった。神の名を冠するだけあって、弓勢も申し分ない。
しかし、リンには届かない。
「あっ、今の惜しかったですよ!」
「外した!? いや、外したのではなく、避けられたのか!」
はっきり言って、アルフィエルの腕で扱うにはもったいない名品だ。もっと相応しい使い手がいるだろう。
だが、今は自らの手中にあることを感謝している。
世の中にはとんでもない力の持ち主がいて、それに対抗するためには、やはり力が必要だと頭ではなく心で理解できたから。
「素人同然の自分でも、この精度は素晴らしいの一言だが……」
当たらない。
ことごとく、リンに狙いを外される。外れた光の矢は木に突き刺さり、大きな裂け目を作っていた。一発でも当たれば、華奢なリンの体など吹き飛んでしまうだろう。
威力は充分過ぎる。
確実に狙った場所に当たる精度は、使っていてため息が出るほど。
しかし、リンには当たらない。
「はい。その調子でいきましょう!」
追いかけっこをしているような気安さで、リンはアルフィエルに矢を撃たせていった。
時折立ち止まって顔を見せ、アルフィエルが光の矢を放つと同時に、姿を消す。矢は虚しく地面に刺さって霧散した。
本当に当たらない。
かすりもしない。
いくらエルフが自然の中での行動に長けていると言っても、これは異常だ。
「ご主人が、褒めるわけだ」
確かに、トールはリンが強いと言っていた。
嘘をついているとは思わなかったが、俄かには信じられなかったのは確か。
「今は、自分の不明を恥じ入るばかりだなっ」
アルフィエルは、狙いをつけるのを止めた。
そんな格好を気取っても仕方がない。
引き絞るのではなく、小刻みに弦を引き、無数の矢を撃ちだした。
点ではなく、面を制圧するような射撃。矢をつがえる必要のないエイルフィードの弓だからこそ可能とする、一種の力技。
一瞬姿を現したリンへ向け、光の弾幕が殺到する。
「うわわっ。びっくりです」
するりするりと。まるで魔法のように、光の矢をすり抜けていく。どこに隙間があるのか。なにをどうしたら、すり抜けることができるのか。目の前で見ているアルフィエルにも理解できない。
だが、さすがのリンも、すべてを避けることはできなかった。
そのうちの一本が、吸い込まれるようにリンに突き刺さる……寸前、銀色の光があっさりと打ち払ってしまった。
リンが剣を抜いて迎撃したのだと気付いたアルフィエルは、その場に崩れ落ちた。
矢を撃つのも、ただではない。いつの間にか、体力と精神力の双方を消耗してしまっていた。
「さすがアルフィエルさんですね。エイルフィードの弓を見事に使いこなしています」
木立の隙間からリンが姿を現し、リンがアルフィエルを褒め称える。
それは本心からの言葉だったが、ダークエルフのメイドはそれどころではない。
「それよりも、えええ? 今のがトゥイリンドウェン姫? 自分たちのトゥイリンドウェン姫をどこにやったのだ!?」
「私はずっと私ですが!? いえ、もしかしたら私は私だと思い込んでいるただの一般エルフかもしれない可能性が……? 確かに、普通、こんなエルフのお姫さまとかいませんよね!?」
「……すまない。混乱していたようだ。その反応は、トゥイリンドウェン姫で間違いない。二人といないだろう」
「良かったです!」
二人といないというか、二人もいたら対処できないというか……とツッコミを入れるトールは存在しなかった。
「それにしても、まさかトゥイリンドウェン姫がここまでとは思わなかったぞ。まさに、天才というやつだな」
「なにを言っているんですか、アルフィエルさん。私が王女だからって、手加減する必要なんかないんですよ?」
「え?」
「え?」
二人の常識がぶつかり合い、ダブルエルフは動きを止める。
「アルフィエルさんも、ちょっと練習すれば、これくらいできますよね?」
「不可能だが?」
できるはずがない。
「そんな!? 私なんて、これっぽっちも才能なんかないんですから。いろんな先生に習いましたけど、すぐになにも教えてくれなくなりましたし」
「見捨てられたのではなく、教えることがなくなっただけなのでは?」
「またまたご冗談を」
おかしい。
いや、リンが変わっているのは普通のことだが、この認識は普通ではない。
「騎士団の人たちも、私相手だと遠慮してすぐに負けちゃいますし?」
「普通に実力なのではないか?」
「モンスターの討伐だって、私の立場を、おも、おもん?」
「慮って」
「それです。私が王女なので、ヒュドラとか骨の王とか零落巨人ぐらいの弱いモンスターとしか戦わせてくれませんし」
「まったく弱くはないんだが……」
というよりも、アマルセル=ダエアやグラモール王国の周辺では、恐らく最強クラスのモンスターだろう。
どうやら、騎士団はもっと強いモンスターと日常的に戦っていて、たまに顔を立てるために弱いモンスターを回していると認識しているようだった。
それが誤解なのは、アルフィエルにも分かった。
逆なのだ。強くてどうしようもない相手にだけ、王女の出馬を願っているだけなのだ。
「いやしかし、ご主人だって剣の腕前を褒めていただろう」
「トールさんは、異世界の人なので、あんまりこっちのこと知らないからですよ。いえ、もちろん、褒めていただけるのは嬉しいのですが、ですが! 分不相応といいますか、それが分かっていても、否定できない心の弱い私でごめんなさい、ごめんなさい」
土下座するリンを止めもせず、アルフィエルはさらに言葉を重ねる。
「それに、トゥイリンドウェン姫も戦闘に関しては自信ありげだったではないか」
「才能はなくとも、私はそれしかできませんし。命を捨てれば、トールさん一人だけでもお守りすることはできるはずですから……」
リンは、剣……戦闘に関してのみは、才能にあふれていた。
まさに、天才。
才能がありすぎて、それがすごいことだとは思わず、自分ができているのだから誰にでもできるはずだと認識してしまった。
生来の性格ゆえかは分からないが、とんでもなく低い自己評価が定着してしまったのだろう。
「そこまでの覚悟を……」
にもかかわらず、トールのために命を投げ出す覚悟でいる。
そこにアルフィエルは感動した。
「やはり、トゥイリンドウェン姫こそがご主人の正妻に相応しいな」
「と、唐突!? いえそんなまさか私がトールさんの……だなんて。夢や幻が現実になるはずがありませんから! あの、もう、ほんと夜寝る前の妄想だけでいっぱいいっぱいなので、それ以上は勘弁してください!」
口では否定しつつも、くねくね土下座するリン。
わざわざ正妻と表現するということは、側室が存在する余地がある。
それに気付かず、最高のほめ言葉をかけられて嬉しそうにしている。
「あああ、もうっ! アルフィエルさん、練習を続けましょう!」
「むむ。そうだな、せめて一矢報いねばだな」
気付いても、むしろ賛成するかもしれなかったが。
すごい戦闘力してるだろ? これ、スローライフものなんだぜ……。
というわけで、リンは不利な特徴取りまくったり知力を下げて稼いだCPを容貌と戦闘力に全振りした感じですね(GURPS並感)。
スローライフものなのにね……。




