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刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ  作者: 藤崎
第一部 生活編

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第十四話 不幸とか理不尽というのは、唐突に襲ってくるものだからな

「では、自分は昼食の準備をするとしよう」

「ああ……。もう、そんな時間か」


 リンが編集者になることが決まり、トールのマンガ道も一段落したところで、アルフィエルは蔦と枝のソファから立ち上がった。


「じゃあ、俺も手伝うか?」

「ご主人は、そのまま作業を進めていてくれ」

「……分かった」


 手伝うと言っても、トールの調理技術では、逆に足手まといだ。

 アルフィエルに断られると、素直にそれを受け入れた。


「それじゃ、俺は部屋にこもっていろいろ考えてるから」

「承知した、ご主人。うたた寝には気をつけるようにな」

「そりゃ、前科はあるけどさあ!」


 アルフィエルは、納得しつつも寂しそうにしているリンを伴ってトールの部屋を出た。


 森から出ると、家の中。正確には家の中に森があるのだが、そういうものだと分かっていても、その技術に感心してしまう。


 まあ、トールの刻印術に比べれば、そこまででもないのだが。


「さて。昼食を軽く済ませたら、自分は、ちょっと弓の扱いに慣れようかと考えているのだが。トゥイリンドウェン姫は、午後からどうする」

「ご一緒します! ……って、いえ、もちろんお邪魔でなければですが。ああ、あの、はい。こんな言い方をしたら、邪魔だなんて言えないですよね!? あ、もう、トールさんのお部屋の片隅に転がってますのでお構いなく!」

「そっちのほうが、よっぽど邪魔になるぞ」


 というわけで、二人は揃って台所へ移動した。


「アルフィエルさん、アルフィエルさん。お昼ご飯のメニューは、なんでしょう?」

「さっき、甘い物を食べるとどうこうと言っていたな」

「はい! トールさん曰く、頭を使うときには糖分がいいそうなので!」

「うむ。というわけで、今日の昼食はそのご主人からレシピを伝授されたフレンチトーストだ」


 宣言したアルフィエルが、冷蔵庫へと向かう。

 そして、昨日の夜から仕込んでいた三人分の材料を取り出した。


「トールさんが調理長さんに教えてくださったプリンみたいですけど、これは初めて見ます」


 深めの皿に入れられたバゲットは卵液をたっぷり吸い込み、見るからにふわっとしている。


「簡単だから、エルフの宮廷で出すようなものでもないと思っていたのではないか?」

「なるほど。ところで、フレンチってなんなんでしょう?」

「さあな? 異世界の料理なのだから、これを発明した人の名前とかではないか?」

「では、フレンチさんに感謝していただきますね!」

「トーストだから、これから焼くのだぞ」

「はうわっ。また先走って、私はっ!?」


 アルフィエルは《弱火》のルーンを起動させ、フライパンを置く。そして、たっぷりのバターを溶かした。


「しかし、卵も牛乳もバターもすべてトゥイリンドウェン姫が持ち込んでくれた食材だな」

「お役に立てて嬉しいです」

「運んで来てくれたグリフォンにも、お裾分けしたほうがいいだろうか?」

「お気遣い無用ですよ! クラテールは、生き餌が好きなので」

「そうか。では、よろしく言っておいてくれ」

「任されました!」


 頃合いと見たアルフィエルが、卵液を限界まで吸い込んだバゲットをフライパンに投下。じゅわっとした音が響き渡る。

 芳しい香りが台所に充満し、しばらくして《空調》のルーンの効果で浄化された。


「料理をする度に思うのだが、ご主人はすごいな」

「ですよね!」


 バゲットを火にかけながら洗い物を始めたアルフィエルがしみじみ言うと、焼ける様を至近距離で見つめていたリンが飛び上がって賛同する。


「トールさんはすごいんです!」

「あんな棒一本で火を熾したり、水も簡単に使い放題。食材も長持ちするように保管できる。自分が厨師(メッサー)だったら、ここから絶対に離れないだろうな。そうでなくても離れるつもりはないが」


 そのまま弱火でじっくり焼き上げること10分ほど。

 表面がかりっとしたところで、アルフィエルはフライパンを上げた。


「よし。いいだろう」

「できあがりですか!」

「いいや。まだだ」


 用意していた皿にフレンチトーストを乗せると、その上に、粉砂糖を振る。これは、トールが元々持ってきていた食材のひとつだ。


「これ、王様の食べ物なのではないですか?」

「つまり、ご主人に相応しいな」

「言われてみれば、そうですね」


 リンは、あっさりと納得した。もし自分と結婚したら、トールはエルフの国の王配になるという事実とは関係がない……はずだ。


「では、自分はフライパンを洗ってから行くので、先にご主人の部屋へ運んでくれ」

「ええええっ!? この私に、こんな大事なものを預けると。アルフィエルさんは、そう仰っているんですか?」

「運ぶだけだぞ、トゥイリンドウェン姫」

「絶対に死守します!」


 トレイに三人分のフレンチトーストを並べたリンが、気合い充分に台所を出て行った。


「まあ、大丈夫だろう」


 心配しても仕方がない。アルフィエルは、手早くフライパンを洗い、並行して濃いめの紅茶を淹れる。


 遅れてトールの部屋に入ると、森の中に甘い香りが漂っていた。


「トゥイリンドウェン姫は、ちゃんと任務を果たしたようだな」

「ぎりぎりだったけどな」

「えへへ……」


 やらかしかけたらしいが、結果がすべてだ。


「あとは、メープルシロップも好みで使うんだったな?」


 それぞれの前に紅茶をサーブしたアルフィエルが、最後に陶製の瓶を切り株のテーブルの中央に置いた。


「使います! 使います!」


 中原ではエルフの糖蜜とも呼ばれるメープルシロップを、どばっとかける。人間の国では高級品でも、ここでは関係ない。


「それでは、いただきます!」


 メープルシロップで化粧を施されたフレンチトーストを、リンが大きく口を開けて頬ばった。


「甘いです!」

「そりゃ、それだけかけたら甘かろうよ」


 苦笑しつつ、トールも一欠片口に運んだ。

 強烈な甘みが、疲労した脳に染みる。


「うん。美味い」

「バゲットの皮の部分が優しい噛み応えで、その先のしっとりフワフワ感と組み合わさって幸せですね、これ!」

「ラム酒の香りも、悪くない」


 最後に口を付けたアルフィエルも、納得の味だ。もちろん、原価からは目を逸らしている。


「お外で食べているみたいで楽しいですね!」

「確かに、ピクニック気分は出ているかもしれない」


 切り株のテーブルに、枝と蔦のソファ。どちらかというと、不思議の国のアリスの雰囲気かもしれないなとトールは思う。


「ピクニック! いいですね!」

「次にご主人は、部屋で気分が味わえるんだから、わざわざ外に出なくてもいいだろと言うはずだ」

「……言わねえよ。言いそうにはなったけど」


 あっという間に食べ終わり、三人は紅茶で口直しをする。


「これ、今はお昼ご飯でしたけど、食後のデザートにもなりませんか?」

「サイズを小さくすれば、ありかもな」

「ふふ。そんなことを言って。毎朝届くパンを、主食以外で食べる方法だと調理法を教えてくれたのはご主人ではないか」

「アルフィから聞いてきたんだろ!?」

「トールさん! アルフィエルさん! ありがとうございます。ありがとうございます」


 リンが土下座をしたところで、ちょうどいいとアルフィエルが立ち上がった。

 食器を片付けながら、トールにこの後の予定を伝える。


「では、自分たちはちょっと外に出てくるぞ」

「おー。仲良くな」

「もちろんだ。自分とトゥイリンドウェン姫は、もはや親友と呼んでいい間柄だからな」

「おおおお、そんな畏れ多いっ!」

「お、謝罪の言葉ががだいぶ短くなってる。リンもアルフィにかなり慣れたみたいだな」

「そういう基準だったのか!」


 アルフィエルお手製のフレンチトーストで昼食を済ませた後、ダブルエルフは隠れ家の裏手の森へと移動した。


 リンはトールから贈られた剣を帯び、アルフィエルはエイルフィードの弓を手にしている。


 試し撃ちできる手頃な獲物がいないものかと、獣道を進みながらアルフィエルが周囲を観察する。


「ところでアルフィエルさんは、どうしていきなり弓の訓練を?」

「それはもちろん、ご主人とトゥイリンドウェン姫を守るためだ」


 弓の重さや弦の張り具合を確認しながら、アルフィエルにとって当然のことを当然のように言った。

 狩りのためなどという建前を口にすることもない。


「ご主人はあの通りで、あの通りでなくてはならない」

「分かります」


 リンは心の底から同意し、アルフィエルと固い握手を交わした。トールがいないところでないとできない話なので、ツッコミ不在なのは致し方ない。


「不幸とか理不尽というのは、唐突に襲ってくるものだからな」


 アルフィエルの言葉には、実感が伴っていた。呪いをかけられ、妖精の輪で脱出したダークエルフの少女の実体験から来る言葉だ。


「そんなものに、ご主人を蹂躙させるわけにはいかない」

「トールさんをトールさんたらしめるために、私たちが露払いをする。そういうことですね」

「まあ、そうだな。自分としては、トゥイリンドウェン姫もその対象なのだが」

「いえいえ。私はお構いなくです」


 無邪気に笑いながら、リンはひらひらと手を振った。


「そうは言うがな……」

「そうだ。練習なら私でしませんか?」

「トゥイリンドウェン姫で?」


 リンとではなく、リンで。

 意図をくみ取ることができず、エイルフィードの弓を手にしたアルフィエルが疑問符を頭上に浮かべる。


「はい! 私が的になるので、適当に撃ってください」

「いや、それは――」

「それじゃ、始めますよ」


 返事も聞かず、リンの姿が消えた。剣を佩いているのに、音もしなかった。

 いや、魔術でも使わない限り、本当の意味で消えることはあり得ない。


 そう、ただ単に、動いただけなのだ。


 ただし、目にも止まらぬ速さで。

個人的に、フレンチトーストが食べたかったんだ……。

次回、初の戦闘シーン……というほど、大したものにはなりません。


お知らせ:今日1万文字ぐらい書いたので、今週も毎日更新できる気がします。

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タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~
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