第十二話 ご主人は、どうしたいのだ?
「えへへ……」
ぎりぎり気持ち悪くない笑顔を浮かべたリンが、森の中をゴロゴロと転がる。ピンクブロンドの髪が舞い、リンの内面を表すように木漏れ日できらきらと輝いた。
エルフの姫君が、自然と戯れる美しい光景。
「ぐふふふふ……」
音声はカットし、映像だけにすれば誰が見ても感動することだろう。
もっとも、ここは本当の自然ではない。
スライムの沼から戻った三人がいるのは、トールの部屋だった。
喜色満面なリンと違い、アルフィエルは居心地が悪そうにしている。
「ううむ。また、掃除をハチマキに任せることになってしまった」
「便利だろう?」
「くっ。しかし、これではメイドとしての矜持が……」
「単純労働は任せて、人間は人間にしかできないことをやるべきなんだよ」
このまま一緒に暮らすのであれば、慣れてもらうしかない。いや、慣れるべきなので、このまま既成事実化させたいところだ。
「それよりも、相談があるって部屋に呼んだのは俺なんだが、リンはなぜこんなに嬉しそうなんだろう?」
枝と蔦のソファに座ってリンの様子を眺めるトールは、腕を組んで首をひねった。とかく奇行の多いリンではあるが、普通に意味不明なのは珍しい。
隣で同じソファに座るアルフィエルも、同じように首をひねる。
ただし、トールとは別の意味で。
「分からないのか、ご主人?」
「逆に、アルフィは分かるのかよ。あ、偽物だけど、自然の中が嬉しいとか?」
言いながら、それは違うかと心の中で否定する。
王都には聖樹という存在があるのだ、エルフにとっては、森の中よりも自然を感じられるはず。
「となると、そこまであの惚れ薬が嬉しかったのか?」
「それも違うぞ、ご主人」
案の定、アルフィエルも否定した。
しかし、続く言葉はトールにも、思いも寄らぬものだった。
「初めて、ご主人の部屋に招かれたからに決まっているだろう」
「俺を起こしに、勝手に入ってきたじゃん」
一体、なにが違うのか。トールには理解できない。
「それとこれとは、話が違うんですよ! だって、王宮にいるときも、お互いの部屋に遊びに行くことはなかったではないですか!」
「だって、話をするならサロン的な部屋があったし、そもそも、部屋は寝に帰るだけだったしなぁ」
社畜の日々を思い出し、トールは遠い目をした。
王宮で間借りしていた部屋。なぜか、ベッドしか思い出せない。
そもそも、未婚の男女が部屋を行き来する時点で、どうなのか。周囲から、酷い誤解を受けかねない。
「今日は、このままトールさんの部屋でお泊まり会をしたいです!」
「気が早えよ」
まだ昼にもなっていない。
というか、今日もリンは帰らないつもりらしい。
「ほう。お泊まり会……か」
しかも、意外にもアルフィエルが食いついた。
「アルフィエルさんも興味ありですか? 参加しますか!」
「うむ。興味はあるぞ。自分もお泊まり会という催しは初めてだからな」
「そうなんですか?」
「うむ。友達など、誰一人としていなかったからな」
クラシカルなメイド服を身につけたアルフィエルが、誤解の余地なく堂々と断言した。
「悲しい話を、なぜそんなに明るく……」
「特に悲しくなどないぞ? ずっと山暮らしだったし、母がいなくなってからは、薬を卸すときぐらいしか他のダークエルフと顔を合わせることもなかったしな」
「もういい。もういいんだ、アルフィ……」
目頭を押さえ、トールは言った。
リンも、なぜか正座して瞳を潤ませている。
「というわけで、同じだなトゥイリンドウェン姫」
「いえいえいえいえ、とんでもないですよアルフィエルさん!」
リンの位置まで下りてきたアルフィエルに対し、リンはさらに下を下を目指して下降する。
「この私には兄姉もいますし、貴族が通う学校でも友達ができなかったぐらいなので。もう、お一人だったアルフィエルさんとは環境が違うと申しますか。友達ができなかったのは、すべて私の性格が原因! それなのに私に合わせてくれるなんて、気を遣わせてしまってごめんなさい。ありがとうございます。ありがとうございます」
「いや、友達なら俺がいるだろ」
「と、トールさんが私の友達!? え? じゃあ、あのお友達料を受け取ってもらえるんですか!?」
「いや、それはウルに投げつけてやれ」
リンとトールだけでは、話が進まない。
そう判断したアルフィエルが、仲介の労を取る。
「さて、ご主人。自分たちに相談したいことがあるという話だったが」
「トールさんからのご相談! 私にできることであれば、なんでも出しますよ! お金ですか? 権力ですか?」
「知恵でお願いします」
「そんな!?」
それだけは勘弁してくださいと、リンは土下座した。
正座から土下座の、淀みないコンビネーション。慣れているはずのトールですら、思わず感心してしまう。
「いや、感心してる場合じゃねえ。それで、相談ってのはマンガのことなんだが……」
「トールさんがお描きになっていた、絵物語のことですね!」
「ほうほう。噂のマンガか……」
リンが顔を上げて瞳をきらきらと輝かせ、アルフィエルが興味深そうに息を吐く。
とりあえず無関心というわけではないらしいと、トールは安心する。まずは、第一関門クリアだ。
「まずは、これが俺の描いたマンガなんだが……」
そう言って取り出したのは、この世界に来てから描いた試作品。元々考えていたプロットを、こちらの世界に合わせて修正した物だ。
「ほう。絵物語……。絵に台詞がついているのか。ううむ? これは、どこから読めばいいんだ?」
「あ、ウルヒア兄さまと読んだマンガですね! お話はよく分かりませんでしたけど!」
「うぐっ」
トールは、思わず言葉を失った。
まだ未熟なのは分かっているし、この世界ではまったく未知の表現技法なのは言うまでもない。
それは越えなけなければならないハードルだ。
「こいつは、右上から読んでいくんだ。んで、学校……子供が集まって学ぶ場所が舞台でな――」
自分で自分の作品を解説するというのは、ほとんど拷問だ。
それでも、ぐっとこらえてトールは二人に説明をする。
最後のオチまで、すべて。
「つまり、絵の中で演劇をやるということなのか。取っつきにくく難しいが、いつでも繰り返し読めるのはいいな」
さすがアルフィエルと言うべきか。数十ページの読み切りだけで、アルフィエルは理解した。
「まあしかし、学校というのはよく分からないな」
「ですよね? 普通じゃないですよね?」
「いや、アルフィはともかくリンは知ってるだろ」
しかし、この世界では学園ものは一般的でないのは確かだ。ウルヒアから酷評されたのも、それが原因のひとつだろう。
「まあ、別にマンガは学校が舞台じゃなくてもいいんだ。とにかく、絵にすれば、なんでも表現できるんだからな」
「絵の中で演劇と言われて、ぴんときました。動かないですし、声とか音楽はないですけど」
「アニメは無理なので許してください」
とりあえず、マンガという形式に関しては理解してもらえた……ものとする。
続けて、トールが迷っていた三つの選択肢と、それぞれの問題点を説明した。
リンでさえも神妙に聞き入り、説明が終わると、二人揃って黙って考え込む。
他人のことなのに、真剣だ。
それは嬉しいが、トールには沈黙が重たい。
「問題点は、理解できたと思う……が」
その沈黙を破ったのは、アルフィエルだった。
「そもそも、ご主人はどうしたいんだ?」
素朴な。それだけに答えにくい質問を投げかけられ、トールは返答に窮した。
「いや、だから……」
「だが、どこにいるのかも分からない、読者のことしか考えていないではないか。ご主人の意思はどこにあるのだ?」
普及させたいのか。それで自分の描きたい物を我慢するのか。
自分が描きたい物を優先するのか。それが、受け入れられなくても良しとするのか。
とにかく、気にしすぎではないか。
アルフィエルは、まっすぐにトールを見つめた。
「ご主人は、どうしたいのだ?」
素朴で。
だからこそ、逃れ得ぬ問いにトールは目を大きく見開き――
「だよなぁ!」
――と、叫んだ。
自分で自分の作品の解説するとか、おかしいですよ! カテジナさん!
・お知らせ
ストックが、尽きました……。
感想とか評価をいただけるとモチベーションになりますので、どうかよろしくお願いします。




