第十話 それ、フラグって言うんですよね!
「トールさん、今日はどうしましょう!」
「まだ食べ終わったばっかりだぞ。夏休みの小学生か」
「はい!」
「意味分かってないのに、なぜ迷いなく肯定できるのか」
「ごめんなさい!」
「リンは裏表がないなぁ」
怒る気など元からないが、まったくそんな気になれない。これも、リンの人徳というものだろうか。
「裏表がないと言うよりは、こう、反射で答えているように聞こえるのだが」
「トールさんの言うことには間違いがないので、すぐ答えられるように訓練してますから」
「リン、リン。答えるまで、一拍置いて考えような」
「え? 戦場で、そんなことをしていたら死んでしまいますよ?」
「なぜ、評価基準が戦場になっているのか」
「それくらい、真剣ということではないか?」
「ですですです。さすが、アルフィエルさん」
「アルフィは、エルフの宮廷でも雇ってもらえるんじゃないか? リンの専属メイドで」
「そうだな。ご主人とトゥイリンドウェン姫がなるようになったら、それも悪くないかもしれぬ」
「はい。この話、終わり」
食後のまったりとした時間に交わされる、他愛もない会話。ツッコミは大変だが、なんとも心癒される。
引き続き、マンガの悩みはどこかへ行ってしまった。
もちろん、それは一時的な話。実際は、ワインの澱のように、確かに沈殿しているのだが……。
「というか、俺は俺でマンガを……いや、待てよ。そういえば、かまどを作るって話は、なんか進展あるのか?」
「あ、その件ならすでに……」
「まさか、本当に運んで来たとか?」
「いや、ご主人。自分もなにも聞いていないぞ。精々、材料を運んで来た程度ではないか?」
それならそれで、場所や仕様を決めなくてはならない。
仮採用主従が、「まさか、いきなり? いや、しかしありえる……」とリンを見つめる。
しかし、エルフの末姫は視線の意味に気付かず、あっけらかんとしていた。
「いえ、ウルヒア兄さまに相談して、職人さんに来てもらうことになりました」
そして語られた、真っ当で本気度の高い事実。
確かに、物を直接運んだりアルフィエルが作業するより安全で確実だろう。トールの知るウルヒアらしい選択と言えるが……。
「ブルジョワかっ」
「落ち着け、ご主人。相手は王族だぞ」
「……そうだった。リンを見てると、忘れそうになるんだよな」
「お金で解決できることは、お金で解決するのが一番コスパがいいってウルヒア兄さまが言ってました!」
「正論だけに反論しにくいが、ウルのやつめ……」
しかも、教えたコスパなんて言葉まで使っていやがると、トールは体にいいからと母親に健康茶を勧められたような顔をする。
とりあえず、宙に浮いた『お友達料』は、かまどの建設費に当てようと心に誓う。
「それにしても、こんな辺鄙な場所まで来るのも帰るのも大変だよな。なんか、脅威のメカニズム的なあれで、ぱぱっと作れるのかもしれないけどさ」
「ご主人がそれを言うか?」
確かに、ぱぱっといろいろやったトールが言っても説得力はない。皆無だ。
形勢不利を悟り、トールは露骨に話を変えた。
「まあ、それはいいや。それよりも、今日はなにをして過ごすかだったな……」
「はいはい! トールさんと一緒にいたいです!」
「具体性が欠片もない上に、いつも通り過ぎる……」
トールとなにかをしたいのではなく、一緒にいたいだけなので、なんでもいいのだろう。王都にいたときは適当に観光でも買い物でもできたが、この隠れ家ではそうもいかない。
リンに、マンガについての意見を求めるにはちょうどいい状況とも言えるが……。
どうしたものかとトールが悩んでいると、ダークエルフのメイドがぴくっと耳を動かし、控えめに手を挙げた。
「自分は、家事を終えたらゴミ捨てに行こうと思っていたのだが……」
珍しく、言葉を濁すアルフィエル。
その裏に隠れたふたつ目の意思を、トールは正確に読み取っていた。
「試行錯誤は付きものだし、別に気にすることはないだろ」
「しかし、食材を無駄にしてしまったのは自分の至らなさがゆえだ」
「だとしても、指示したのは俺だ」
「ご主人……」
アルフィエルが、そして、リンまでもが尊敬の眼差しをトールに向ける。いや、リンはある意味いつも通りだった。
どうにもやりにくい。
トールは、ふたつ目に話題をシフトする。
「まあ、そういうことなら、俺もついていくか」
「すまぬ。ご主人、助かる」
また、エイルフィードの弓のような国宝級の魔具が出てきたら困る。アルフィエルの顔には、そう書いてあった。
「それなら、クラテールに乗って、みんなで行きましょう!」
もちろん、リンにそれが読めるはずもなく、単純にお出かけが楽しいとうきうきしていた。
「しかし、トゥイリンドウェン姫。あのグリフォンに三人も乗れるのだろうか?」
「私は、その、いろいろとちっちゃいので、アルフィエルさんとあわせて一人分? みたいな計算になるので大丈夫です!」
「なんか、すまないな……」
「いえ、謝るのは私のほうです。気にしないで下さい。謝るのは得意ですし、慣れてますので!」
その場で実演しそうになったので、アルフィエルは慌てて止めなければならなかった。
「あれなら、絨毯かなんかに《飛翔》のルーンでも描くけど」
「はっ。その手が!?」
「……俺のこと、刻印術師だって、忘れてないか?」
「忘れてはいないが、ルーンで簡単にどうにかできるという状況に慣れていなくてな」
ルーンは確かに一般的じゃないか……と、ずれた認識をするトール。
「まあ、前回は弓だったけど、今度はもっと重たい物が沼から出てくるかもしれないしな。準備はしておくべきか」
「そうだな。次は、もっと価値のあるものが出てくるかもしれないな」
「いや、さすがに、またエイルフィードの弓みたいなのは出てこないだろ」
「トールさん、私知ってます。それ、フラグって言うんですよね!」
「現実にフラグとか、あり得ないから」
「そうなんですか?」
リンの曇りのない瞳で見つめられ、トールは「うっ」と、仰け反った。
「でも、待てよ。まったく期待してないってことは、物欲センサーも働かないってことになるしなぁ……」
物欲センサーなど、ただの思い込み。オカルトですらない。
それは分かっているが、そうとしか思えない状況が発生するのも確かだ。トールは、身を以てそれを知っていた。
「またしても、思いがけないアイテムが……ってのはあり得るのか……?」
いい物が出てくることを心配するガチャって、なんなんだろうか。
トールは、哲学的な疑問に苛まれてしまった。
次回、ガチャ再び。




