第八話 俺は、リンのこと――
「ご主人、これはあまりにもあまりだぞ?」
「待て、アルフィ。言いたいことは分かる。なにを言われるのかも分かる。だが、まずは落ち着いて俺の話を聞いて欲しい」
両方の手のひらを突き出して懇願するトールに、アルフィエルはなにも言えなくなる。
その間にも、トールの頭はめまぐるしく動いていた。
友達料。お金を払って、友達になってもらうということだろう。
リンが、金貨を払って、トールを友達に。
一体なぜ? どういうことなのか?
「そもそも、今月のってなんだよ。今まで、受け取った記憶ないぞ」
「え? 天井の幽霊の話はどうなったんですか?」
「それはどうでもいいから」
「そうですか? でも、お友達料なら毎月お支払いしていましたけど?」
「…………」
「…………」
沈黙。
一分ほどしてから、トールはぽんと手を叩いた。
「あー。あれか。あの金か!」
「ご主人……」
心当たりにたどり着いたトールに、アルフィエルがじとっとした視線を向ける。それで済んでいるのは、信頼の貯金があるから。
一方、リンはなにがなんだかわからないと、頭上にクエスチョンマークを飛ばしている。
「それ、客人手当って言うか、いきなりこっちに飛ばされた俺への補助金? 見舞金? そんな感じのやつだと思ってたんだけど」
「違いますよ」
「違うのかよ!?」
明確に否定され、トールは泣きそうになった。
そんないかがわしい金を受け取っていた自分が情けない。誰だ、見て見ぬ振りすることで社会は回っているなどと言ったのは。
トール自身だった。
「トゥイリンドウェン姫は、なぜご主人が友達料を受け取っていると認識していたのだ?」
「だって、トールさんと遊びに行った時は、絶対に私にお金を払わせようとしませんでしたから」
「それで、友達料から払っていたと思っていたわけか」
貢がれた金で、貢いだ相手におごる。
「最低のヒモ男ムーブじゃねえか……」
「え? 私は嬉しかったですけど?」
「その……なんというか……。トゥイリンドウェン姫は強いな」
アルフィエルは、感心するしかなかった。
「それにしても、ウルヒア兄さまの言っていた通りでしたね」
「ウルが?」
「はい! トールさんは友達料のこと理解してないから、ついでに説明したほうがいいって言ってました!」
「ウル、あの野郎……」
からくりが見えてきた。
「ご主人、これは……」
「ああ」
間違いなく、エイルフィードの弓の件の意趣返しだった。
ついでに言えば、リンへの後ろめたさを感じさせ、簡単に捨てられないように……という策略もありそうだ。
「いや、捨てるも捨てないもないけどな。こけたら拾い上げてはいるけど」
「ご主人?」
「あー。まあ、とにかく要らないから」
「ええぇ……。そんなぁ……とーるざぁんっ」
「なんで、そこで絶望するんだ」
「ご主人、相手はトゥイリンドウェン姫だぞ」
「問答無用の説得力だな!」
しかし、アルフィエルの言う通り。
トールとリンの架け橋がなくなってしまうようで、不安なのだろう。
「こんなお金なんてなくたって、俺たちは友達だろ?」
「ではでは、どうやって感謝を伝えたら!? あっ、土下座ですね!? 分かりました!」
「しなくていい」
「えええっっ!? 私から土下座を取ったら、なにも残らないですよ!?」
「そもそも、感謝をする必要がないというか……」
ようやく、トールは理解した。
ウルヒアの持たせた友達料が必要なのは、トールではなくリンだったのだ。
五体投地しがちなエルフの末姫が、心置きなくトールと交流できるように。言い訳めいた、理由付けとして。
けれど、いい機会だ。ここで認識を改めてもらおう。
「リン、いいか?」
「はっ、はい!」
うわずった声で返答するリンの肩に手を置いて、トールは言葉を探す。
「こんな金貨のやりとりなんかなくても、俺たちの関係は変わらない」
これは大前提。きっと、何百年経っても同じだ。
「こっちに飛ばされて不安だった俺は、リンに救われたんだ。感謝してるし、尊敬もしている」
「トールさん……」
「だから、不安に思わなくていいんだぜ?」
安心させるように微笑んで、肩に置いた手に力を込める。少しでも、この気持ちが伝わるように。
しかし、リンの笑顔はぎこちない。
「ご主人、ご主人。今の言い方だと、友人よりも微妙に距離感が離れていないか?」
「あれ? いいこと言ったつもりだったんだが」
軌道修正が必要だ。
「とにかく」
わざとらしい咳払いをして、トールは続ける。
「俺は、リンのこと――」
「――だ、ダメです!」
しかし、リンは身をよじってトールの手から逃れ、心臓を抑えて荒い息を吐く。
「それ以上は死んでしまいます」
「いやいやいや。なんでだよ」
トールのあきれたようなツッコミ。
しかし、リンは余りにも真剣だった。
「トールさんも、アルフィエルさんも、少し考えてみてください」
「あ、はい」
「う、うむ?」
いつになく真剣というか、少し怒っているようなリンに、気圧される二人。
「いきなりですよ、神様、エイルフィード様でもリュリム様でもいいですけど。崇拝する神様が現れて、気持ちを伝えられたりしたら、どうなります? 信者の人は死んでしまいますよ?」
「リンは、刺激に弱いマンボウかなにかか……」
トールは、一時期話題になったマンボウ最弱伝説を連想した。太陽光を浴びただけで死ぬとかいう内容だったはず。まあ、実際は、そこまで弱くはないらしいが。
「つまり、トゥイリンドウェン姫はこう言いたいのか? 神にも等しいご主人からストレートな言葉を投げかけられたら、精神の許容量を超え、肉体に悪影響が出て死に至りかねないと」
「その通りです」
「神にも等しいご主人って、ちょっと言霊強すぎない?」
つまり、ショック死するから止めてと言いたいらしい。
トールとしては、他にもいろいろと思うところがあったが……。
「分かる。分かるぞ、トゥイリンドウェン姫」
「アルフィエルさん……。信じてました!」
ダブルエルフは、なぜか分かり合ってぎゅっと手を握っていた。
「なんで、おにぎりじゃなくて手を握ってるんだろうな、これ」
「はっ、そうでしたっ。私は、今まで一体なにを!?」
感極まった様子のリンが、癖で土下座をしようとし……寸前で思いとどまる。反対に飛び上がり、ピンクブロンドの髪が舞った。
「私、頑張っておにぎりを握ります! 握ってみせます!!」
「あ、うん。話は見えないけど、頑張れ」
肉体的にも精神的にも引き気味なトールに対し、アルフィエルは指で目元をぬぐった。
「良かったな……。トゥイリンドウェン姫……」
「今、感動するところあった?」
トールの疑問は置き去りに、リンとアルフィエルは手を洗い直しておにぎり作りに取りかかる。
寝起きで空腹なのは間違いないので、トールはそれ以上のツッコミを控えることにした。
お友達料完結編です。
我ながら、この作品らしい解決だったと思うのですが、いかがだったでしょう?
感想や評価をいただける方嬉しいです。
あと、ストックは厳しいですが、明日も更新できると思います。




