第七話 これ、今月のお友達料です!
翌日。トールは、またしても森の中で目覚めた。
「別に不満はねえけど……。人間の住居でもないよな、これ」
干し草のベッドで上半身を起こしながら、トールは今さらにして当然の事実をつぶやいた。
自然の脅威から逃れるため、人は家を作った。
それなのに、家の中に自然を再現してどうするつもりなのか。悔しいことに、かなり寝心地が良く快適なことも、師の底知れぬ意地の悪さを思い起こさせる。
今頃、一体なにをしているのか。
なにをしていても驚かないし、やはり、なにかやらかしたら驚くことだろう。
「やっぱ、師匠は頭おかしいぜ」
トールは、またしても今さらにして当然の事実をつぶやいた。
ただし、昨日、マンガのネタを考えながら眠ってしまった切り株のテーブルからは意図的に目を逸らして。
そんな余裕があったのは、アルフィエルとリンが起こしに来なかったから。
「いや、リンがいるとは限らねえんだが……。いるんだろうけど。むしろ、いないほうが驚くんだろうけど」
起こしに来るタイミングを見計らっているのか、一緒に朝食の準備をしているのか。この場合の朝食の準備には狩りも含まれる場合があるため、なかなか予測が難しい。
トールにできることは、今のうちに着替えておくことぐらいだった。そう考え、干し草のベッドから起き上がる。
「しかし、リンも俺につきまとってなにが楽しいのか……」
飾り気のないシンプルなシャツに袖を通しながら、トールはリンと初めて会った時のことを思い出す。
正直なところ、心が震えた。
その美しさに、ファンタジーの世界にいるという実感に。
その後は、まあ、土下座されたり泣かれたり素直に感動されたりいろいろあったのだが、その第一印象は今でも心の一番深いところに息づいている。
「まあ、なんか暇そうだし、リンにすげー協力的だから、王家的には別にいいんだろうけど」
トールは、リンが現在の第一王位継承者だとは知らない。誰でも知っている事実であるため、誰も教えてくれなった……というよりは、誰かが教えているだろうと思い込んでいたというほうが、正確なところだろうか。
もし知っていたら、リンをウルヒアに預けて徹底的に教育するよう言い渡していたことだろう。
だが、仕事のない王族をニート同然と見なしているトールは、同族であるリンに対して強くは言えなかった。
誰だって、金があれば働きたくないのだから。
「俺の世話が仕事と言えば仕事なんだろうけど……。最近は、俺のほうが世話してるけど……」
そのトールも、アルフィエルにお世話をされる身分である。こうして、因果は巡るのだ。
「誰もが誰かの世話になって、支え合っていくのが社会なんだ……と綺麗にまとめておこう」
世の中、見て見ぬ振りをすることで回っている部分もある。
そう曖昧に処理をして、着替え終えたトールは下生えを踏みながら部屋を出て行った。
まさか、深く考えずにいたことで、精神的な窮地に陥ることになるとは知らず。
「え? え? そんな、アルフィエルさん、本当にいいんですか!? アルフィエルさぁんっ!?」
「正直、なぜそんなに戸惑っているのか分からないのだが……」
リンは、朝早くにやってきた。ちょうど、アルフィエルが起き出したタイミングで。前回同様、食料などの差し入れと一緒に。
それを仕分けて冷蔵庫に入れつつ、アルフィエルは朝食の準備を始めた。
もちろん、リンも一緒に。
その結果が、テンパるリンだった。冷静に考えると、いつも通りだったかもしれない。
「トゥイリンドウェン姫、炊きあがった米を手で握る。それだけだぞ?」
コンロの《強火》と《弱火》を使い分け、土鍋で炊いたご飯。
それを前にし、アルフィエルが冷静に諭した。
リンのリクエストに応じた結果でもあるが、それのなにが問題なのか。
「そこが天下の一大事じゃないですか!」
しかし、リンは冷静ではいられない。
「私が触れた物を、トールさんが食べるんですよ!?」
「これは、そういう料理だぞ」
「だって、そんな畏れ多い。わたしが触れたどころか、真心と愛と勇気と希望を込めて握ったご飯がトールさんの血となり骨となるだなんて、そんなの。そんなの早すぎますよ、アルフィエルさん!」
「時期の問題なのか、それは?」
言いたいことは分かるが、言っていることがアルフィエルには理解できない。
なぜ、それを恐れるのだろうか。
「ふふふ。いいではないか」
「アルフィエル……さん……?」
「私たちが、ご主人の体を作るのだ。ご主人の毎日のエネルギーとなり、生命の源となる。畏れ多い? その通りかもしれん」
「それじゃあ……」
「だが、そこに喜びを見いださないようでは、使用人失格というもの。そうは思わないか、トゥイリンドウェン姫?」
嬉しそうに。心の底から嬉しそうに微笑むアルフィエル。
リンは、衝撃に全身を震わせた。まるで、落雷を受けたかのように。いや、衝撃は、それ以上だ。
「そう……。そうなんですね。アルフィエルさん」
「ああ。そういうことなのだ、トゥイリンドウェン姫」
分かり合ってしまった、ダブルエルフ。
リンは使用人じゃないだろと、ツッコミを入れるトールはいない。
「それにしても、トゥイリンドウェン姫は、本当にご主人が好きなのだな」
「それは当たり前で……はぅあっ。いえいえ、そんなトールさんは私にはもったいないというか。仮に、仮にですよ? トールさんが私に婿入りしたとしても、国ぐらいしか得られる物はありませんし? それではあまりにも私が得しすぎというものでは!?」
「……分かる」
しみじみと、ダークエルフの少女はうなずいた。
アルフィエルも、労働力しか捧げる物がないのに、奉仕する喜びを感じているのだ。
買い物に例えると、代金を支払えるだけで嬉しいのに、商品まで受け取れるのだ。一方的に、得をしすぎである。
「それでは、誠心誠意真心と愛情とその他諸々全身全霊を込めておにぎり作らせていただきます!」
「うむ。見た目も味の一部だからな。慎重に、しかして大胆に、食べる人の顔を思い浮かべながら頑張るといいぞ」
「はい!」
ツッコミ役が不在過ぎた。
「……やっぱり、もう来てたのか」
そこに、場のツッコミ役量不足を補うため……ではないだろうが、身支度を調えたトールが姿を現した。
「トールさん! おはようございます!」
「むむ。ご主人。先に起きてしまったのか」
トールに会えて嬉しそうなリンと、起こすことができなくて残念そうなアルフィエル。
「おはよう。手伝えることある?」
「おはよう、ご主人。大丈夫だ、自分たちに任せてくれ」
「それはそれで不安なんだが……」
塩や水の入ったボウルを見遣り、おにぎりを握るだけなら問題ないかとトールは余計な介入を控えた。
まさか、握る前に一騒動起こっていたなど、想像もしていない。
「あ、トールさん。忘れていました!」
「リンが忘れていることはいろいろありすぎて、逆に心当たりがないな」
「えへへ……」
「嬉しそうにするところではないと思うが」
アルフィエルの常識的なツッコミは無視され、リンは腰のポーチから布の小袋を取り出した。TRPGプレイヤーなら、ダイス入れにちょうどいいなと感想を抱きそうなサイズだ。
「ウルヒア兄さまから、言われて持ってきました」
「ウルから? それ、中身貨幣だよな」
「はい、金貨です」
やはり、心当たりはない。首をひねるトールに、リンが純真そのものの瞳を向ける。
「これ、今月のお友達料です!」
トールは呆然とし。
あまりにもあまりな支払いに、アルフィエルは非難の視線を向けることもできず。
二人揃って、空を仰ぐ。
「あれ? トールさん、アルフィエルさんまで? え? え? 上になにかあるんですか? 天井の模様が人の顔に見えるとか、そういうやつですか? いえ、あの錯覚だと分かってはいるんですが、万が一、万が一があるとあれですからね。止めましょう、止めましょうよぅ!?」
元凶であるリンまで右往左往して混乱に拍車がかかり、混沌が生まれた。
ストックがなくなったのでそろそろ隔日更新にしようかなと思ったのですが、
ここで日を空けるとトールくんが鬼畜になってしまうので、明日も更新するよ!




