第六話 完璧超人が生まれてしまったぞ……
マンガ、描き始めますよ!
「それでは、自分はおにぎりを極めてくる」
「ああ。頑張ってな」
「うむ。期待して欲しい」
リンとの通信が終わり、昼食も片付いた後のこと。
片手には、トールが書いた料理のメモ。もう片方の手は拳をぎゅっと握って、アルフィエルは台所へと消えていく。
「随分、気合い入ってたな……」
玄関と直結したリビングに残されたトールは、クラシカルなメイド服とピコピコ動く耳といった後ろ姿を見送った。
トールが喜んで食べたことが、嬉しかったのだろう。加えて、リンにも振る舞うことになったのだ。
おにぎりに更なる工夫を凝らすため、具のヒントを授けられたアルフィエルは、やる気に満ちていた。
「地下の錬金台は、いいのかね……」
専門であるはずの創薬術より熱中しているように思えるが、どうなのか。アルフィエル本人が好きでやっている以上、トールからはなにも言えなかった。
香辛料には薬の原料として使われているものもあるし、医食同源という言葉もある。アルフィエルの中では、どちらも人を健やかにすると言う意味では同じなのかもしれない。
それに、トールも他人の心配をしている場合ではなかった。
「そろそろ、手を付けないとな……」
トールは、この隠れ家に来てからの行動を振り返る。
スケッチはしたが、小説で言えばネタのメモを取っただけ。とても、胸を張ってマンガを描いたとは言えない。
「アルフィ、俺は部屋にいるから」
「承知した」
台所からの返事を聞いたトールは、緑あふれる自分の部屋に戻った。そして、蔦と枝のソファに座って切り株のテーブルにノートを広げる。
「ネーム考えるこの環境が、すでに非日常すぎる……」
漫画家マンガでは、よくファミレスや喫茶店などでネームを描くシーンがあるが、かけ離れすぎだ。
落ち着かないわけではないのが、さらに罠。師匠の底意地の悪さをひしひしと感じる。
けれど、それとノートが真っ白なのは別問題だ。だいたいの漫画家マンガでも、ネームに苦しむのが定番ネタだとしても。
トールはペンをくるくると回しながら、まぶたを閉じる。
「いい加減、どうするか決めないとな」
一点異なるのは、アイディアが出なくて、悩んでいるのではないということ。どの道を進むべきかで、悩んでいるのだ。
トールには、三つの選択肢があった。
ひとつは、有名なマンガをそのまま発表してしまうこと。絵は自分で描くことになるし、台詞や展開をすべてを憶えているわけではない。こっちの人間に分かるよう、ある程度のローカライズも必要だろう。
翻訳すると表現したほうが、分かりやすいかもしれない。
だから、完全に同じというわけではないが……ぶっちゃけパクリだ。創作者として、やっていいことではない。その自覚は、トールにもある。
「でも、この世界じゃ関係ないんだよなぁ」
なにをパクるかにもよるが、どう考えたってトールが考えた作品より面白いに決まっている。異世界の読者のことを考えれば、面白さこそ正義。
それに、日本が世界に誇る名作が、この世界でも通用するのか確かめてみたい気持ちもある。
「だけど、俺の魂が死ぬ気がする」
創作者の魂などと、立派なことを言いたいわけではない。書き写すだけでは、単純にモチベーションが続かない気がしたからだ。
生活がかかっていれば別なのだろうが、そんなことはない。
なので、パクリ路線は余程のことがない限り、選ばないだろう。
三つの選択肢のふたつ目。
それは、この世界に合ったマンガをトール自身が考えて描くこと。
「真っ当というか、普通に考えるとこれしかないんだけど……」
難しい。
大学時代に読み切りを何本か描いたことがあるが、資料や作画の関係上、現代を舞台にしたものだった。
今にして思うと未熟だが、情熱は込めた。
しかし、それをそのまま発表したところで、誰も理解できない。
「いや、ウルは気に入ってたけど。でも、あいつは例外すぎる」
ルーン修業の合間を縫って作ったネームを見せた……のではなく、奪われて散々に批評されたことがある。
あれは、現代の学園ものを、こっちの世界の学校に置き換えただけで、トール自身いまいちだと感じていた。
だが、舞台をファンタジー風にするのは、間違っていないはずだ。
椅子にもたれかかっていたトールが、ペンの回転を止めた。
おもむろに目を開くと、ノートにさらさらと簡単にラフ画を描いていく。
ペンもノートも、こちらの世界で作ってもらった物だ。
実物を渡せば解析してレシピを割り出し、生産してくれる錬成術士には驚かされる。もちろん、非魔法的な道具に限られるし、それなりの時間と費用はかかっているが。
その甲斐あって、書き味に違和感はない。
そうして生まれたのは、リンを成長させて、凜々しくしたようなエルフだ。
鎧を描くのは面倒なので、軽装の剣士にする。作画カロリーは低いに限る。
身近な人物をモデルにするのは、創作の常套手段。
リンなので、剣の天才。もう、主人公無双でいいだろう。
さらさらと、剣を振るうイメージを形にしていく。リンが戦うところは、何度も目にしている。それをモデルにすれば……やはり、無双しかあり得ない。
次に、性格。リンだけど卑屈ではない。きりりとして勇ましい……そう、アルフィエルのような人格がいい。
「なんてこった。完璧超人が生まれてしまったぞ……」
二人を足して割ると、完璧超人になる。禁断の事実に触れてしまったが、深く考えるべきではないだろう。
重要なのは、主人公が決まったこと。
そして、主人公が決まれば、ストーリーも見えてくる。
エルフの天才剣士が旅をしながら、虐げられた人を救う一話完結のストーリー。悪徳領主を退治したりするが、実はお姫さまなので政治的なあれやこれやも問題ない。
しかし、問題がひとつ。
「プロパガンダかよ」
勧善懲悪はこの世界でも受けそうな気がしたが、リンを通じて他の王族とも交流があるので、宣伝っぽさが半端ない。
それに、最初はリンに見せることになるだろうから、その反応も心配だ。最悪、リンが過呼吸を起こして差し止めもあり得る。
「となると……」
最後の三つ目。
それは、この世界の神話や伝説をマンガ化するという選択肢。
多少はトールの解釈も入るだろうが、内容はどこからも文句を言われることはない。著作権的にも、問題はない。
教義を分かりやすく伝えられるということで、逆に感謝されるかもしれない。
しかし。
「別に、社会貢献をしたいわけじゃねえしなぁ」
五大神のキャラクターデザインを描く手を止め、トールはつぶやいた。
この世界の人々に、受け入れられるだろう。それは喜ばしいことだが、果たしてそれは、トールのマンガと言えるのか。
自分らしい作品と、読者が読みたいもの。
そのせめぎ合いで、なにを描くべきかすら決まらない。
ペンを切り株のテーブルに放り投げ、トールは蔦と枝のソファに深く身を沈める。
「……なんか、静かだな」
いつも、アルフィエルやリンと一緒にいたからだろうか。集中が切れると、途端に静けさが気に障った。
「リンは、明日また来るのかね」
そして、思考がマンガからエルフの末姫へ。さらに、ダークエルフの少女へと遷移する。
いつしか、トールは安らかに寝息を立てていた。
マンガ、描き始めますよ!(実際に描くとは言っていない)
というか、概ね感想欄で指摘されていたとおりになって悔しい(笑)。
昨日は、たくさんの感想や評価をいただきありがとうございました。
パソコンの不調(いきなり、起動しなくなった)を乗り越えられたのも応援のお陰です。
ありがとうございました。




