第五話 既成事実を積み重ねようとするメイドと、大義名分をかなぐり捨てるお姫さまがいるんですが、どうすればいいと思う?
「……リンだったか」
「はい。通信の魔具を借りてきました……って、もしかしてウルヒア兄さまのほうが良かったですか!? 私また、やらかしてしまいましたか!?」
「今回は大丈夫だ」
「良かったです!」
「今回は、か……」
闇の片鱗に触れて真顔になるアルフィエルはスルーされ、リンが映像の向こうで飛び跳ねる。
広く、明るく、清潔な部屋。
天蓋付きのベッドや、聖樹を模したような観葉植物。数々の調度も見える。王女様の部屋というイメージを具現化したかのような場所だった。
他に人の姿はなく、リンの自室で通信の魔具を使用しているようだった。
「それより、リンからの通信ということは……」
「ウルヒア兄さまは、気のせいだと認めてくれました! エイルフィードの弓はありません!」
認めさせたの間違いだろうとはトールもアルフィエルも思ったが、なにも言わなかった。二人とも、沈黙の価値を知っているので。
とにかく、リンの説得は功を奏した。
「ああ、助かった。ありがとう、リン」
「トゥイリンドウェン姫、自分からも礼を言う」
「え? いや、そんな……。お礼? お礼を私が!? そんな、お礼って基本的に私がすべきことなのでは!?」
リンはこんらんしている。
「なあ、ご主人……」
「言いたいことは分かってる」
だから言わないでくれとトールが首を振ると同時に、リンが、突然、映像から消えた。
「ご主人、トゥイリンドウェン姫が」
「ああ。まあ、心配ないよ」
しかし、トールは動じない。通信の魔具が壊れたわけではないのだ。どうせ、向こうで土下座をしているだけだろう。
「いや、土下座してるだけって、普通に考えたらおかしいよな?」
「状況に流されず、常識を保ち続けるのは大切なことだと思うぞ、ご主人」
「ありがとう。泣けてくる」
待つことしばし。
「あ、忘れてました!」
元気よく立ち上がり、リンが映像に復帰した。
「ウルヒア兄さまからの伝言があったんです」
「キャンセルで」
「『トール、憶えてろ』、以上です」
「キャンセルしたって。ちゃんと超必までつながったろ?」
とりあえず、ウルヒアもエイルフィードの弓を見なかったことにしてくれたらしい。
あとが怖いが、物理のテストにおける空気抵抗同様、そこは考えないことにする。
「あの……。ところで、トールさん」
「まだ、なにかあったか?」
「いえ、あの、その……なんと言いますか……」
リンらしいといえばそうだが、歯切れが悪い。
それに、なにを言おうとしているのか。トールには分からなかった。
「他に、なにかあったか?」
「その……。そちらの映像が目に入っただけで、別に気になったとかずるいとかさびしいとかそういうことではないのですが……。見慣れないお料理があるなって、思っただけなんですけど……」
「ああ……。アルフィの集大成だぞ」
「現時点でのな」
何事も無いかのように言うトールだったが、リンの反応は劇的だった。
「ううううっっっ。私がいないときに、なんか美味しいものを食べているその姿に、私はっ、私はっ……。いえ、もちろん、私に、こんなことを言う権利がないのは分かっているのですが。それでも、もやもやがっ、もやっとしてしまって。あああああ。私はなんて、厚かましいっっ」
「いやだって、リンが来たときはパン食べなきゃじゃん」
「……あ」
愕然。そして、呆然。
明日世界が滅びると聞かされても、ここまでではないだろう。
「矛盾!? 私が引き起こしているパラドックス! トールさん! トールさん! 私は、私は一体どうしたらいいんですかぁっ!?」
「パラドックスなら、とりあえず、内政頑張ればいいんじゃねえかな……」
映像の向こうで、リンが頭を抱えて苦しみ悶える。そのまま油絵にでもしたら芸術作品になりそうだが、残念ながらトールの方向性とは違っていた。
映像の向こうで苦悩するリンに、アルフィエルが歩み寄った。
「トゥイリンドウェン姫、自分にいい考えがある」
「本当ですか、アルフィエルさん!」
「お、その台詞はだいたい失敗フラグだぞ?」
嫌な予感がしたトールが横やりを入れるものの、リンとアルフィエルの耳には届かない。トールよりも、大きいのに。
そもそも、この二人が組んで、トールの意見が通ったことなどないのだが。
「自分がパンを焼くようにする。即ち、かまどを作れば、パンを運ぶ必要がなくなるのだ」
「はっ。それはつまり、私もアルフィエルさんの集大成を味わえるということですね!?」
「リン、建前を思い出せ、建前を」
しかしと言うまでもなく、トールの言葉は届かない。
それどころか、リンの理解は非常に早かった。
「分かりました。資材をクラテールで運びますね」
「うむ。よろしく頼む」
「既成事実を積み重ねようとするメイドと、大義名分をかなぐり捨てるお姫さまがいるんですが、どうすればいいと思う?」
トールが呼びかける。
「どうせなら、かまどそのものを運んでしまいましょうか?」
「ありがたいが、グリフォンは重量に耐えられるのか?」
「なあ、どうすればいいと思う?」
無論、答えはどこからもなかった。
リンが仕事しました。
土下座もしました。
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