トールさん、せっかくなので兄さまや姉さまに年賀状を送ってはいかがでしょう?
あけましておめでとうございます。
せっかくなので、新年っぽい短編を書いてみました。
楽しんでいただけたら幸いです。
年の瀬も差し迫ったある日の午後。
大自然に囲まれたトールの部屋で、聖樹の苗木であるカヤノがクレヨンを握って絵を描いていた。
「…………」
「…………」
切り株のテーブルは、今の時期、掘りコタツへと姿を変えている。
その側で、カヤノを見守るトールとリン。
まるで、幼い子供とその若い両親のよう。
……なのだが、それを指摘するとリンは土下座し出すので発言には細心の注意が必要だった。
「ラー!」
しばらくして。
アホ毛をぴこぴこさせながら、カヤノが両手を頭上へ伸ばした。まるで、優勝したかのよう。
「お、カヤノ描けたか? 完成させるのが重要だからな、偉いぞ」
「カヤノちゃん、頑張りましたね」
「ラー!」
ほめられ、労われ。
喜色満面でアホ毛を動かし――
「ところで、カヤノちゃんはなにを描いていたんですか?」
――ていたカヤノが、その場でつんのめった。
「ナー! リン! ナー!」
そして、リンの胸をポコポコと叩く。
「あああ。ごめんなさい、ごめんなさい。カヤノちゃんが頑張っているので聞くのが申し訳なくてですね。いえ、でもこれは言い訳ですね。言い訳はいけません」
と、リンが自然な動作でコタツを出る。
そこからは、ノータイム。
そうするのが宇宙開闢以来の摂理だと言わんばかりに。
綺麗な土下座を、した。
「あまりにも当たり前すぎて、止めようという思考すら浮かばなかった」
「ラー! リン、すごー」
「これはまた、見事なものだな」
頃合いを見計らい、緑茶とみかんを持ってきたアルフィエルも賛嘆の声をもらすほど。
リンの土下座は、日々進化中だった。
「おお、カヤノのほうも年賀状とやらができあがっているようだな」
「アルフィエルさん、ご存じなんですか?」
「年始の挨拶代わりに出す物だと聞いている。まあ、自分にそんな相手はいないのだがな」
天涯孤独というかなりシリアスな状況を笑い飛ばしてしまう。
実際には父親がいるはずなのだが、アルフィエル自身がないものと扱っていた。
微妙な空気になりかけたところで、カヤノが先ほど描き上げたばかりのカードを差し出す。
「リン! あげうー!」
「え? カヤノちゃん、いいんですか?」
土下座から正座に移行済みのリンが、恭しく受け取る。
「これが、年賀状……」
カヤノを中心に、“家族”が全面に描かれたはがき大のカード。
もちろん、そこにはリンも描かれてた。
「カヤノちゃん、ありがとうございます。これは、家宝。いえ、国宝にします!」
「実際、なってもおかしくないんだよなぁ」
「ご主人、年始の挨拶に家族の絵なのか?」
お茶をコタツに並べ、みかんの皮をむきながら、アルフィエルが尋ねた。
「家族はみんな元気ですって、伝わるだろう?」
まあ、それを一緒に住んでいる家族に渡すのもどうかという説はある。
しかし、干支など書いてもしかたがない。
それに、カヤノが描きたいと思ったならそうすべきなのだ。
「なるほど。他には、どんな物が描かれるのだ?」
「そうだな。子供が産まれたとか、結婚したって報告とか……」
トールも両親に届いた年賀状で見たことがある。
まあ、名前も聞いたこともないような相手の近況報告とか、どうでも良すぎて詳しく憶えてはいないが。
「結婚!」
「報告!」
なぜか二人で声を上げた。
「なんで分担してるの? 俺の知らないところで打ち合わせとかしてるの?」
「もちろん、自分たちの役割分担は完璧だ。 高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応可能だぞ」
「うおぉおおおっとぉ! アルフィエルさん、それはトールさんには秘密だったはずですよ!」
「おっと。失礼した。忘れてくれると助かる、ご主人」
「忘れるどころか、聞かなかったことにしたい」
藁のベッドを見ながら、トールは言った。
道理で、最近、やたらと息が合っていると思った……。
「ラー?」
「うん。カヤノは分からなくていい話だから」
「ラー!」
物分かりのいい娘で良かった。
トールはカヤノを抱き寄せて頭を撫でる。ついでに、みかんも食べさせてあげた。
「そういえば、ご主人とトゥイリンドウェン姫はお城に行かなくてもいいのだろうか?」
「ああ。年始の挨拶?」
「大丈夫です! お城の人から、むしろ来ないでと言われていますので!」
「年始めは、王様たちは貴族の人から挨拶を受けなくちゃいけないんだよ」
「なるほど。手が回らないということか……」
納得したと、アルフィエルが二個目のみかんをむいてリンへと譲渡した。
「トールさん、せっかくなので兄さまや姉さまに年賀状を送ってはいかがでしょう?」
「それはいい考えだな」
リンの提案に、アルフィエルが即座に賛同した。
「パーも、ねんがじょー、つくぅ?」
「う~ん。やるとしたら……。王様と王妃様と……ノルさんか?」
「ウルヒア王子が抜けているようだが……?」
「今さら、ウルになんて言えばいいんだ」
精々、ネタに走らず普通の年賀状を書いて無駄に深読みさせるぐらいか。
「ノル姉さまには、今年こそご縁があると書いてあげたいです!」
「それ以上いけない」
妹に先を越されたことは、そこまで気にしてはいない……はずだ。
しかし、それを当の妹から言われるのは別。
その機微を知るアルフィエルが、矛先をずらす。
「確か、一番上の兄はみそやしょうゆを作っているんだったか?」
「はい、レウカンディル兄さまは最近やっと満足がいく物ができるようになったとおっしゃってました」
「そうだな。一度、ご挨拶したいところだな」
みそやしょうゆで世話になっているだけでなく、客人の大先輩が嫁いでいるのだ。
結婚するからその報告というだけでなく、一度会ってみたい。
「その辺も年賀状には書いておこうか」
「はい!」
「楽しみだな」
「ラー!」
王族にもかかわらず、みそしょうゆ作りに人生を捧げるという変わった長兄。
それが許されるところが、いかにもリンの一族という印象を受ける。
「他には、どんな方がいるのだ?」
「そうですね……。ペアヴィル姉さまは無限図書迷宮にこもりきりです」
「そうか。本がお好きなのだな……」
他に言い様がなかった。
「あとは、コルフィンセル姉さまですね。ずっと海に出て冒険しているので、私も二回しかお目にかかったことはありません!」
「それは……。自由なのだな……」
「はい。好きにやってます!」
むしろ誇らしげに、リンは言った。
実際、リンにとって兄や姉はすべて尊敬する人間だった。
「リンも二回しか会ったことがない人に年賀状……? いや、年賀状の距離感的に、むしろ正解か?」
「そこまでいくと、お師匠にも出すべきなのではないか?」
アルフィエルの助言。
「師匠は、リアクションが面倒だからいいや」
その正しさを認めつつ、トールは却下した。
とてもとても嫌そうな顔で。
「いいのか、ご主人?」
「なければないで、もっとごねそうですけど?」
「……挨拶は身内に限るってことで」
「身内……私の兄さまと姉さまたちがトールさん身内……」
ぽうと夢を見るようにつぶやくリン。
決して、こたつでのぼせたわけではない。
それを証拠に、すぐにきりりとした表情に戻った。
「それで、トールさん」
「ん?」
「どうやって届けましょう?」
もっとも……というよりは、大前提な指摘にトールは固まる。
「居場所が一番はっきりしている一番上のレウカンディル兄さまも、かなり遠方に住んでいるんですが……」
「そうなのか。無限図書迷宮だったか? そこに行くのも大変そうだが」
「エアルミア姉さまに至っては、恋人の客人さんと諸国漫遊の旅に出てますし」
「恋人かなぁ」
海の宝石という意味の名を持つエアルミア。
才色兼備の見本のようなエルフの姫君。
優雅で、傲慢で。
それがすべて許される女性。
そんな彼女と同行するのは、キメラのように作り替えられた客人の青年。
エアルミアが彼にべた惚れなのは明らかなのだが、その逆となると……。
「やたら距離の近い近所のお姉さんを、適当にあしらってるみたいに見えるけどなぁ」
「ご主人にも、そんな経験が?」
「なかったなぁ……」
残念ながら。
しかし、それを匂わすようなことはしない。
「そうか。そのお二人にも、いつかお目にかかりたいものだな」
「ややや。用事が終わったから、神サマも登場だよ」
なんの用事か知らないが。というか、知りたくはないが。
話をぶった切るように、席を外していたエイルフィード神が戻ってきた。
「アルフィちゃん、おみかんほしいなぁ」
「白い筋も取ります」
そして、遠慮なくこたつの一角を占拠し、アルフィエルにみかんをねだる。
「こたつとみかん……これは天界にも欲しいね」
「天界って、寒くなるの?」
「神サマが望めばね」
「暗君……」
ニィと口角をつり上げるエイルフィード神。
だが、それも一瞬。
いつものふにっとした笑顔に戻って口を開く。
「ところで、話は聞いてたよ。その年賀状、神サマが神様パワーでどかんとやっちゃう?」
「なんで、擬音がどかんなの? 出力高すぎない?」
とにかく、エイルフィード神には任せられない。
年賀状自体に興味を抱かないのは違和感もあるが、それならそれでささっと話を進めてしまうべきだ。
「安心しろ。俺にいい考えがある」
「あ、刻印術でなんとかできるんですね?」
「できるかもしれないけど、もっと確実な手段がある」
首を傾げるリンに、トールは自信満々に告げる。
「全部、ウルに届ける」
つまりそれは、丸投げ宣言だった。
こうして、年が明けた。
しかし、何事もなくとはいかなかった。
一番のイベントは、この隠れ家周辺に雪が積もったことだろう。
いや、それだけなら一番とは言えなかった。
問題は、カヤノが自ら雪へ埋まりにいったことだ。確かに、野菜を雪の中で保存するという話を聞いたことはあるが、それとこれとは話が別。
寝ていたらいつの間にかいなくなり、雪の中で発見したときは心臓が止まるところだった。
まあ、掘り出したら普通に元気だったのだが。
そんな事件がありつつ、トールは一人、隠れ家の居間でエルフの貴公子と対面していた。
冬の間は、すっかり森の自室……というか、コタツが生活拠点になっている。
「この年賀状という存在の意図は理解した」
通信機の向こうで、苦虫をかみつぶしたようにウルヒアが言った。
この反応は想定内。
通信の魔具越しに、エルフの貴公子とやり合う。
「新年でそっちは忙しいだろうからな……って、リンが頑張ったんだぞ」
「それはいい。だが、全部まとめて僕の所に送ってきたのはどういうつもりだ?」
「どうもこうも、届けてもらう以外の選択肢があるかよ」
ウルヒアにとっても、この反応は想定内。
けれど、愚痴は止められない。
「……それなら、最初から書かなければ良かっただろうに」
「もし誰かに書かなかったことを知られたら、あとでリンがどんな目に遭うか分からないわけじゃないだろう?」
「厄介だな」
「ウルの兄弟姉妹なんだよなぁ」
「お前のでもあるぞ、トール」
「義理だからセーフ」
「それが、通用するとでも? 特に、カラノルウェン姉上にな」
「最悪の例えを出してきやがった」
「ところで、カラノルウェン姉上が空気を読まずに里帰――」
そこで、トールは通信を切った。
最後に、貴公子然としたウルヒアがニィと笑うのが見えた。
だが、気にしないこととする。
なにしろ、お正月。めでたい日なのだから。
「さて、エルフ雑煮ってどんなのができあがるのかな……」
面倒事をウルヒアに押しつけたトールは、リビングを出て自室へと向かった。
森の中だが、最近は薪ストーブまで完備している。
しかし、言葉とは裏腹に、足取りは軽いとは言えない。
苦労をかけているという罪悪感はあるのだ。
「そもそも、ばらばらに住むぐらいならともかく、王族なのに放浪するのが悪いんだよな」
そのため、正論で理論武装をする。完璧だ。
しかし、その武装は次に飛び込んできた光景には無力だった。
「姉さまが勧めるだけはあります。なかなか美味ですね」
「人界。この場合は異世界ですか? どちらにしろ、侮れません」
「や、トールくん。お客さんが来てるよ」
軽く言うエイルフィード神。
その左右に座る、見憶えはあるけれどまた会うとは思わなかった人たち。
――否、女神。
しかも、こたつでくつろぐ女神だ。
「マルファ神とヴァランティーヌ神の幻覚が見える」
幻覚だ。目の錯覚だ。そうに違いない。
たとえ、アルフィエルは彫像のように固まり、リンはひざまずいて祈りを捧げていても。
「確かに、今の我が身は仮初なれば。幻影と呼ぶべき存在であろうな」
「幻覚と幻影は別物ですよ、末の妹よ」
「実家に帰らなかったら、実家が来ちゃったよ。てへへ」
大地と豊穣の女神、世界で最も広く信仰されている、愛を司るマルファ。
星と秩序の女神、公平にして苛烈なる英雄神ヴァランティーヌ。
トールと面識のある二柱が、並んでお雑煮を食べていた。
器用に箸を操って。
マルファ神は、晴れ着のカヤノに鶏肉を食べさせてやったりもしていた。
かわいい。
エイルフィード神は、すでに食べ終えているようだった。
これは、心底どうでもいい。
「とはいえ、あまり気にする必要はないぞ」
「……ええ。単なる新年の挨拶ですから」
白いトーガを身にまとった幼いが母性溢れる女神が、可愛らしく餅を咀嚼してから言った。
女神も、お餅で窒息するのだろうか。
トールは、そんな益体もないことを考える。
されたら、めっちゃ困る。
「このお餅からは、大地の味がしますね」
「……はっ」
トリップしていたトールが、意識を取り戻した。
この惨状をどうにかしなければならない。
さもなくば、同じことの繰り返し。
「アルフィ、俺にもお雑煮をくれ」
「承知した――ッッ」
石化のバッドステータスを受けていたアルフィエルが、弾かれたように薪ストーブへと向かっていった。
役割を与えておけば、大丈夫だ。とりあえずは。
「よしー。リン、怖くない。もう平気だからな」
「ふあぁぁ……。トールざああぁぁぁんんっ。一生一緒にいてください……」
拝む方向を変えたリンをかき抱き、トールは頭を優しく撫でてやった。
それで落ち着いたのか。どさくさ紛れに願望を吐露すると同時に眠ってしまった。
寝かせておけば、大丈夫だ。起きているよりは。
「あー。あけましておめでとうございます」
「今年も、姉さまをよろしく頼む」
「ラー!」
「他者には任せられませんから」
「よろしくね!」
「ラー!」
「テイクアウトも受け付けてますけど?」
トールの提案は、黙殺された。
あと、カヤノは適当に返事をするのは止めて欲しい。
「年賀状のときに言ってた用事って、もしかして……」
「えへへ」
「あのとき、エイルさんが年賀状に興味を抱かない違和感をきちんと追及していたら……」
「こうはならなかったと思う?」
「思わねえわ」
そうこうしているうちに、トールの分のお雑煮ができあがる。
それを持ってきたアルフィエルは、眠ったリンを運ぶために再び出て行った。お年玉をもらった後の子供のように、そそくさと。
「ささ、遠慮なく。美味しいよ」
「なんでエイルさんに言われなくちゃ……?」
とはいえ、食べないという選択肢もない。
トールは、出汁を啜ってから箸で餅を切り分けて一口。
「……確かに、よくできてる」
アルフィエルがこね、リンがついた餅は、美味しかった。
この状況でも、なお。
次の番外編は時期は未定ですが、トールくんがロボットを作る話になると思います。
それでは、今年もよろしくお願いします。




