本格的に描くようになったのは、同級生に頼まれたから……だな
お久しぶりです。
FGOのメンテ待ちの間、唐突にネタが降ってきたので更新です。
4,000文字程度の読み切りですが、楽しんでいただけたら幸いです。
「ご主人が絵を描き始めたきっかけとは、一体なんだったのだ?」
「唐突だな」
一日の締めくくりとなる夕食の後。まったりと食後のお茶をすすっていたところに降ってきた、アルフィエルからの爆弾。
トールは、エイルフィード神を乗せたユニコーンのような。あるいは、リンのわがままに付き合わされるグリフォンのクラテールみたいな表情を浮かべてしまった。
つまり、驚きと当惑をブレンドしたようなそれだ。
「トールさん、私も興味があります」
今日はトールの正面に座るリンが、垂直に手を伸ばす。
瞳に剣呑な輝きを宿していた。
「ええぇ……?」
経験的に、こうなったリンを放置してろくなことはない。
もっとも、リンを放置して上手く行ったことなど一度もないのだが。概ね、トールが罪悪感だけ抱いて終わる。
「かーのは、えにきのため!」
「うん。最近、上手くなってきたぞ」
「ラー!」
緑色のアホ毛をぴこぴこさせるカヤノの頭を撫でて、トールは精神の均衡を取り戻す。癒しだ。
それに、上手くなったというのは親の欲目というだけではない。
「うちの子は天才だな」
ここまでいくと、完全に親バカだが。
「それ、神サマもわりと興味あるよ」
「あれ? ご存じないのですか?」
「ああ。てっきり、以前から知っている物かと思っていたぞ」
「客人は突然来ちゃうから、神サマもこっちに来てからのことしか分からないんだよねぃ」
五大神の一柱であり実質上の主神と崇められる天空神エイルフィードでも、次元移動は非常に困難だ。
不可能ではないのだが、レアニルのときのように時代と場所が盛大にずれてしまう。
魂だけの転生でも、こうなるのだ。狙って観察すらできはしない。しかも、誰が渡ってくるかも事前に分からない。
「それに、地上へは不干渉が基本だし」
「俺、めっちゃ干渉されてる気がするんだけど」
「休暇中だからセーフ」
「休暇自体がアウトじゃねえかなぁ」
トールの指摘はもっともだが、エイルフィード神は素知らぬ顔でデザートの果物を口に運ぶだけ。
「ん~。ほのかに冷たい梨って、果物で一番美味しいと思わない?」
「それ完全に失言だろ」
他の人間に聞かれたら梨が天然記念物になりかねない。
「大丈夫だってば。神サマだって、time・place・occasionぐらい選ぶよ?」
「TPOな」
ルーンの生みの親とは思えないほどの雑な言葉で、ここは特別だと言うエイルフィード神。
トールとしては、嬉しさよりも厄介さが先に立つ。
それでも、この神を追い出そうという発想すら出てこないのはトールがトールたる所以だろうか。
「だけど、狙った人をこっちに呼べるようなシステムはいつか構築したいね!」
「誘拐じゃねえか」
「そこは交換条件を提示して穏便にするよん」
「まあ、無理やりにならないようにな」
そんなことはないと思うが、一応釘を刺しておく。
そこさえクリアできれば、トールとしては否定する気はなかった。
それは、エイルフィード神の真意が突発的な次元移動を防ぎたいという点にある。
「向こうの神様にも相談できればいいんだけどねぇ」
「いねえよ。地球じゃ、神は死んだってのが定説なんだ」
「神サマは死なないよ!」
「そうですよ、トールさん。畏れ多くも五大神の第一位であるエイルフィード様がお隠れになるなんて、そんな世界は闇に閉ざされモンスターが跳梁跋扈し希望が失われてしまいますよ!? 私はどうしたら? どうしたらいいんです!?」
「どうにかできる前提なのがすごい」
たまに自信過剰になるリンが、トールは嫌いではなかった。
ただ、このままではまた土下座しかねない。
トールは、強引に話を戻す。
「絵自体は、幼稚園……。子供の教育施設だけど、そこで4歳ぐらいから描いてはいたかな」
「4歳から教育施設ですか? すごいですねぇ。トールさんの世界に生まれなくて良かったです」
「リン、手先は器用なのになぁ」
才能はあるのに、その活かし方を知らない。
というよりは、才能の存在を真っ向から否定する。それがトゥイリンドウェン・アマルセル=ダエアの生き様だった。
「安心していいぞ。絵心に関しては、自分も似たようなものだ」
「アルフィエルさん!」
「トゥイリンドウェン姫!」
リンとアルフィエルが、がっちりと握手する。
カヤノも手を伸ばすものの、それはトールが掴んでおいた。カヤノは、そちらサイドではない。
絵が描けるというのは、こちらでは特殊技能なのだろう。トールは、カヤノの手をにぎにぎしつつ考える。
そもそも、子供が落書きできるような画材自体がない。そういう意味では、ウルヒアがトールのマンガ活動に理解を示しているのは奇跡的なことだ。
「その頃から、絵がお上手だったんですね。すごいです。さすがトールさんです」
「ラー!」
「別に、賞を取ったとかそういうわけでもないから。そんなにすごくはない」
それでも、ほめられて満更でもなさそうだ。
そんなトールを、アルフィエルとエイルフィード神は微笑ましく見つめる。
「本格的に描くようになったのは、同級生に頼まれたから……だな」
「同級生」
「学友か」
トールの過去に女性の影がちらつく。
リンとアルフィエル。
白と黒のダブルエルフの心がひとつになった。
「おとーもだち?」
「そう。黒木くんは友達だよ。中学……13か14ぐらいのね」
「クロキくんですか」
「ということは、男性か」
影は幻想だった。
二人が、顔を見合わせうなずいた。
悪は去った。
「ウルヒア兄さまがこのことを知ったら、苦い顔をしそうですね」
「なんでだよ」
「だって、ウルヒア兄さまにはトールさんの他にお友達はいませんよ?」
「そんなことはないだろ……」
きっと、たぶん……。
ウルヒアの友人だと紹介されたエルフは、いただろうか。
……トールは考えることをやめた。ろくな結論にならない。
「それで頼まれたというのは、どんな絵なのだ? 似顔絵か?」
「いやいや、小説の挿絵だよ」
「小説の」
「挿絵」
「ラー?」
そっくりそのまま繰り返すのは理解できていない証拠。
正直乗り気ではなかったが、一から説明せねばならないようだった。
「黒木くんは、小説を描くのが趣味でね。まあ、吟遊詩人の歌を文字で起こしたようなもの? いや、その元になる文章を書くといったほうが近いかな?」
「ほう、それは。随分と才能に溢れている御仁なのだな。ご主人の学友に相応しい」
「そんな人に認められるとは、トールさんは昔からすごかったんですね。いえ、トールさんのすごさに気付くとは、なかなか見所のある人です!」
「ラー!」
「黒木くんも、まさか異世界でほめられるとは思ってなかっただろうなぁ」
高校は別々になってしまったのでその後の交流はないのだが、同窓会でもあったら教えて上げたい。
出席は不可能なのだが。
「途中で止まっちゃったけど、挿絵を描いたらめっちゃ喜んでくれてね。それで調子に乗った部分は確かにあったな」
やはり、人間ほめられたら伸びる。自信になる。
もっとも、今彼がどう思っているかは分からない。
なにしろ、普段は眼鏡をかけた冴えない高校生だけど、実は世界の闇に巣くう“業魔”を狩る蘇芳百家に所属する退魔士で、超強くて、幼なじみ二人に活動を隠してるという内容なのだ。
そんな黒歴史の標本みたいな小説のことを、掘り返されたいとは思っていないだろう。
「その絵、見てみたいです」
「うむ。気になるな」
「リン、アルフィ」
その声は穏やかだったが、絶対に聞き逃せない圧力があった。
「絵描きに、昔の絵を見たいなんて言っちゃあ駄目だよ?」
トールは微笑んだ。
微笑んでいた。
だが、薄ら寒さを感じざるを得ない。
そんな微笑みだった。
「あと、裏から透かすのもNGだ。いいね?」
「は、はい」
「う、うむ」
滅多に見せることがない、威圧的なトール。
その存在に、驚いてしまう。
だから、だろう。
言うつもりのない問いを、アルフィエルが思わず発してしまったのは。
「ご主人は、故郷に帰りたいとは思わないのか?」
「ああ……」
なるほど、これが聞きたかったのか。トールは得心した。
とっくに吹っ切れていたため、最近は気にすらしていない事柄だった。
「だって、帰れないからなぁ。寿命も違うし」
「だが、それとこれとは別の話だろう」
「別ですか?」
理解できないと、リンがかわいらしく首を傾けた。
「ラー?」
カヤノもそれを真似する。
可愛さが二倍。否、二乗だ。
「そりゃ、まあ、そうだけどね……」
帰れようが帰れまいがホームシックは起こるもの。
アルフィエルの正しさを認めつつ、どうやって振りきったのかと振り返る。
「特別なことは、なんにもないか」
「トールさん?」
リン、アルフィエル。そして、カヤノにエイルフィード神。
同居する家族の顔を順番に見てから、トールは口を開く。
「リンとかウルとか師匠とか。ぶっちゃけ、主にリンだけど……。こっちで出会ったみんなと過ごすのが楽しくて、寂しさを感じてる暇なんてなかったよ」
「そっか。それは良かったねぇ」
軽い口調で言って、エイルフィード神は微笑みを浮かべた。
神の名に恥じぬ、慈愛の微笑みを。
「そりゃ、家族に伝言ぐらいはしたいけど……。でも、今の生活と比べたらね」
帰れるとしても、帰る気はない。
言外に込めた意思に、リンとアルフィエルは気付いた。
気付かないはずがなかった。
「……ご主人」
「……トールさん」
心なしか、二人とも顔が赤くなっていた。
瞳は潤んでいる。
息も荒い。
「ベッドへ行こう」
「行きましょう」
リンとアルフィエルはおもむろに立ち上がると、問答無用でトールの肩を掴んだ。
「は? このパターンかよ! もうちょっと考えよう!?」
「ぱー! おあすー!」
「応援してるよ、トールくん」
トールの膝の上にいたカヤノを引き取り、敬礼をするエイルフィード神。
カヤノまで真似をして、刻印術師とダブルエルフを見送った。
引きずられながら、トールは考える。
この状況を黒木くんに知られたら、どう思われるだろうか。
祝福は……されそうにない。
むしろ、視線だけで殺されそうだ。
「つまり、それくらい幸せってことか」
「幸せなのは私たちのほうですよ」
「うむ。トゥイリンドウェン姫の言う通りだ」
吹っ切れたということは、未練があったということ。
それは確か。否定はできない。
だけど、今の生活はなにものにも代え難い。
それもまた確かなことだった。
次の番外編は、リンの兄姉がたくさん出てくるちょっと長めのお話になる……気がする。