第六話 日本にいた頃は、そんな趣味じゃなかったもん
「フミノ、どうしたのだ?」
「一体、なにが見えたというのです?」
「ぶっ壊そうか?」
「短絡的なことはやめろ」
キリク王子たちが一斉に詰め寄ってくるが、その行く手をリンが阻んだ。正確には、リンが一歩前に出ただけで動きを止めた。止めざるを得なかった。
その間に、トールがフォローを試みる。
「富美乃さんは、たぶん、俺と違って故郷のことを割り切れてなくて向こうの光景を見たんだと思う」
「そうなのか? 今まで、そんな素振りは……」
「そうなの! ごめんね! ちょ、ちょ、ちょーっと考えるから一人にして」
サングラスを手にしたまま、フミノが家の表側へと走っていった。
こうもはっきりと言われると、ここまで追いかけてきたキリク王子たちも、さすがに動けない。
「トールさん、追ってください」
「いいの?」
「ああ、ここは間違いなくご主人の出番だ」
「そうだよ。行ってきて」
エイルフィード神まで、いつもの笑顔を消して言った。
「エイルさん、いたの?」
「いたよ、ずっとね」
まあ、それはともかくと、天空神は厳かに伝える。
「本当は同じ女性のほうがいいんだろうけど、次点で同郷のトールくんが適任だよ」
「……分かった。待っててくれ」
返事を聞かず、トールは駆け出す。
フミノは、すぐに見つかった。グリフォンやユニコーンの厩舎の前で、虚ろな表情を浮かべ立ち尽くしていた。
「ユニコーンに……グリフォン? ほんとにいるのね……」
「逆に、俺はアンデッドとか見たことないんだけど」
「格差? これが格差社会なの?」
愕然と振り返るフミノ。
青白かった地味な作りの顔には、血の気が戻っていた。
「格差っていうか、あんまりいい言葉じゃないかもだけど、運命……巡り合わせってやつじゃないかな」
どこに転移するかで、その後の生活が左右されるのは事実だった。トール自身、師匠がいなくなってからの待遇はともかく、基本的には恵まれていたと思う。
けれど、それは隣の芝と比べるようなもの。
「確かに俺はかなり当たりだったと思うけど……富美乃さんも、そっちの国が嫌いってわけじゃないんでしょう?」
「それはもちろんそうなんだけど……」
即座に肯定したフミノは、しかし、露骨に肩を落とした。
「それだけに、自分の最低さ加減がね……。へこむわ……」
「……なにが見えたのか、聞いても?」
プライベートなことだが、踏み込まなくては先に進まない。
なるべく自然に、フミノの目の前に移動したトールは優しく問いかけた。
「ロマンスグレーだったわ」
「……は?」
「みんな、アラフォーかアラフィフぐらいの渋いイケメンだったの」
トールの顔から、表情が抜け落ちた。
「それが、富美乃さんの理想の世界ということでよろしいのでしょうか?」
「ああ、待って。お願いだから、引かないで!」
つつっと離れていこうとするトールにすがりつこうとしながら、フミノは視線を合わせず言った。
「そう……だったみたい」
思わぬ性的嗜好の暴露に、トールの思考と呼吸が停止しかけた。今なら、リンのリアクションも理解できる。いや、それは別問題だ。できない。
グリフォン――クラテールも、「気にしなくていいですよ、信仰は人それぞれですから」と言いたげな表情で目を背けた。いたたまれない。
「だって、だって、だって。日本にいた頃は、そんな趣味じゃなかったもん。王道のスパダリが好みだったもん」
そういえば、フミノを最初に保護したのは教会の老司祭だという。
もしかして、そのことと関係しているのかもしれない……と思ったが、それ以上は頭が働かなかった。
「……帰ってもいい?」
「落ち着いて、先輩! ここがあなたの家よ!」
しかし……と、トールは考えを改めた。
冷静になれば、これは悪い話ではない。
「つまり、王子たちが年を取ってからならいけると?」
「う、うん……。キラキラが収まって、代わりにいぶし銀で、ありだった」
と、肯定してからあわててフミノは首を振った。
「いやでもだって、年の差だってあるじゃない? さすがに、そこまで待ってとはって、ごめんなさい。年の差なら、先輩のほうがずっと……」
「まさか……」
トールは、フミノの謝罪の言葉など聞いていなかった。
完全に的外れだったし、もっと重要なことがあったから。
「もしかして、富美乃さんは俺たちの寿命のこと知らない?」
「え? 寿命? まさか、転移した影響で短くなるとか?」
「逆だよ、逆」
「逆って……。長くなるの?」
「エルフみたいな感じになると思えば」
目が点になっていた。
握っていたサングラスを取り落としそうになり、慌てて掴み直そうとしてお手玉する。
「え? ちょっと待って。長くなるの寿命が?」
「なんか、こっちに来た人間は勝手にそうなるらしい。俺も全然自覚はないんだけど、100年ぐらい前かな? こっちに来てみそとかしょうゆを作った客人の女性は若いまんまだって」
「ちょっと待って、ちょっと待って」
手と髪を振って、必死な形相で叫ぶ。
「全然、人生設計変わってくる? くるわよ。だって、エルフっていったら何百年も……」
「場合によっては、千年近く生きてるエルフもいるとか」
「それなのに、私、結婚する気ないって断言しちゃったんですけど……」
絶望。
何百年お一人様で過ごせばいいのか。干物どころか、ミイラだ。
「問題ないぞ、フミノ」
そこに現れたのは、キリク王子……だけではない。
ウォレスとミストとヘルメインは当然。
「そうです。私たちだって、トールさんがロマンスグレーというのになったら、必ず好きになるんですから」
「渋好みとでも言えばいいのか。そのような嗜好の地平が存在していることを教示してくれて、むしろ感謝したいぐらいだ」
リンとアルフィエルもいた。
エイルフィード神もいるが、笑いをこらえるので精一杯。
いないのはカヤノだけで、まだ土に埋まっているようだ。可愛いだけでなく賢い。
「センパぁイ……」
フミノがトールを非難の視線で見つめるが、誤解だと首を振るのが精一杯。
「甘いね、トールくん。行ってきてとは言ったし、待っててとも言われたけど、こっちから行かないとは言ってないし」
「さすがに、そのレベルの詭弁は通らねえんじゃねえかなぁ」
その通りだが、文句を言っても始まらないのも確か。
それに、事態はすでにトールやエイルフィード神の手から離れてしまった。
「フミノ。私たちの求婚を拒む理由がはっきりして、むしろ私はほっとしているぐらいだ」
「ええ、その通りですね。さすがに予想外でしたが許容範囲内です」
「一妻多夫だっけ? それも外国からはいろいろ言われてるんだろー? それと一緒ってことじゃん?」
「一緒ではないが、ミストにしてはいいことを言う」
「ほめるんなら、もっと素直にほめろよ。ったく」
キラキラとした貴公子たちが交わす、気の置けない会話。
しかも、自分のことを肯定してくれる内容に、感じ入ったようにフミノが目に涙を浮かべた。
「みんな……」
続く言葉は、キリク王子が発せさせなかった。
「未来があるのであれば、それでいい」
「そうですね。跡取りが必要な身でもありません」
「えー? 何十年かかるんだよ?」
「どちらにしろ、フミノの意思に従うだけだ」
これから、どういう形になるのかは分からない。
婚約で取りつくろうのか、それとも式を挙げてしまうのか。
どちらにしろ、未来が拓けたのは確かなことだった。
……ということに、トールはした。
「とりあえず、収まったみたいで良かった。あ、そうだ。お土産にカレー粉とコーラも持って行ってよ」
「ちょっと待って、なんであるの?」
「自分が再現をした」
アルフィエルが一歩前に出て、誇らしげに胸を張る。
それとは対照的に、フミノはふるふると震えていた。
「お米もみそもしょうゆもあって、牛肉も普通に食べられて。その上、カレーにコーラまであるなんて……」
「フミノ……?」
「やっぱ、こっちに残るーーー!」
もちろん、許されるはずがない。
数日後、きちんと王都の観光を済ませたフミノたちは、ウルヒアが用意したルフに乗ってシャレーレル王国へと帰っていった。
もちろん、お土産をたくさん持って。
「そういえば、ご主人」
「ん? ああ、俺が言ってた穏当じゃないほうの解決法のこと?」
「……そんなに分かりやすかっただろうか?」
「まあ、そのうち聞かれるんじゃないかと思ってたからね」
フミノたちが帰って行った日の夜、トール部屋……というよりは夫婦の寝室に、リンとアルフィエルが揃っていた。
干し草のベッドで挟むように座る二人を順番に見つめてから、トールはゆっくりと口を開く。
「師匠に弟子入りしてもらうつもりだったよ」
アルフィエルもリンも、思わず呼吸を止めてトールを見つめた。
「それは、どちらが……」
「もちろん、王子たちだよ。何年か修業して、師匠に認められたら応援するとかそんな感じで引き離しておこうかなって」
「外交問題云々は置いておくとしても、認められる……のか?」
「無理だと思います」
答えたのは、トールではなくリンだった。
「あの人は、他人を認めるとかそういう思考自体がないですから」
「うん。その通りなんだけど、リンって師匠には辛辣になるよな」
まあ、基本的に性格が悪いから仕方がない。
「それか、ノルさんのところもありかなぁ」
リンの姉、カラノルウェンは地の精霊に仕える巫女だ。
彼女と、可愛らしいが欲望に忠実な精霊たちの相手をすれば、かなり丸くなるはず。
「どっちにしろエルフ時間だから、五年や十年じゃ済まないだろうし」
「……確かに、穏当な範囲で収まったな」
「グリーンスライムも喜んでるんじゃないか? してやったりって感じだろ」
そう言ったトールが、そろそろカヤノとの交換日記を書かないとと、ベッドから移動しようとする……が。
それは、果たされなかった。
「ところで、ご主人」
「それはそれとして、トールさん」
「いや、なんか近くない?」
藁のベッドの上を、座ったまま後退るトール。
だが、その分だけ二人から距離を詰められる。
「フミノさんと変なことにならないよう、注意して接してましたよね?」
「言わずとも分かるぞ。微妙に距離を置いていただろう?」
「そりゃ、まあ、いろいろあるしね?」
「それは嬉しいのだがな」
「もっと自然にしないと、相手の方もいい気はしないと思うんです」
なんとなく正論を口にしつつ、トールは追い詰められていった。
「そこで、子供だ」
「いや、その理屈はおかしい」
「トールさんの故郷では、子は戒めって言うんですよね?」
「それは、かすがいだ!」
しかし、正しさなど誰も求めてはいない。
求められているのは、トールそのものであり……。
エイルフィード神が与えた加護が効果を発揮するのも、そう遠い日ではなさそうだった。
番外編その1終わりです。
なんだか、割れ鍋に綴じ蓋という感じでしたね。
次があるとしたら、今回出番があんまりなかったカヤノかなとか、実登場のリンの兄弟姉妹かなとか思ってますが、未定です。
そろそろ第二部開始予定の『タブレット&トラベラー』もよろしくお願いします。




