第五話 先輩、ノースリーブの服に着替えないと
リンが土下座をしていたのと同じ頃。
外に持ち出されたテーブルで、フミノはキリク王子たちと再会していた。
逃げた者と追う者たち。
背後でエイルフィード神が目を光らせているので心配はないのだが、それ以上に、彼らも反省していた。
なお、カヤノは飽きたのか土に埋まりに行った。
それはかなり衝撃的な行動で、エイルフィード神は密かに笑いをこらえるのに苦労したほどなのだが、キリク王子たちは見なかったことにしたようだ。
「フミノ、私は学ばされたよ」
「おおっ!? なんか、リっくんが王族っぽい成長セリフを」
なぜか親目線で、フミノが感動する。
実際、キリク王子の言葉は、彼女の想像を超えるものだった。
「私たちの都合だけを押しつけて、フミノの気持ちを考えていなかった。負担を掛けてしまい、本当にすまない」
キリク王子に任せることにしたのか、ウォレスは眼鏡越しに成り行きを見守る。ミストはつまらなさそうにしていたが、それでも、ヘルメインの手を煩わせることはなかった。
エイルフィード神も、内心はともかく、黙って成り行きを見守っている。
「だが、私たちも利だけで結婚を申し込んだわけではないのだ。もちろん、急だったのは謝るほかないのだが……愛しているのだ」
「ふひゃ!?」
きらきらした美形たちに迫られ、フミノは気持ち悪い笑い声を上げてしまった。
しかし、慣れているのか。それとも、あばたもえくぼなのか。キリク王子たちに気にした様子はない。
「フミノの……客人の世界では、複婚が一般的ではないと聞いている。だから、四人同時ではなく、順番でも構わないから考えてはくれないだろうか」
「あ、そこは一対一にしようってわけじゃないのね」
一対一でも問題は解消されないのだが、思わずツッコミを入れていた。常識に従った条件反射だ。仕方がない。
「もちろん、その場合は、立場上私からとなると思うが……」
「いえ、それは話し合いで決めますよ」
「まあ、別に年の順とかでいいんじゃねーの?」
「……小官からになってしまうが? もちろん、嫌というわけではないぞ」
盛り上がる男たちに対し、フミノは、あたふたと両手を振る。
「ええぇ……。それはもちろん、みんなのことは嫌いじゃないけどね? 結婚っていうのは、なんか違うっていうか……」
「もしかして、フミノさんには結婚の意思がないのですか?」
ウォレスの指摘に、キリク王子が怪訝な表情を浮かべる。
寡黙でストイックなヘルメインですら、なにをバカなことをという表情を浮かべていた。
だが、それこそが正解だったのだ。
「えっと、地球には結婚しないで過ごす人も普通にいるし」
市民権を得てきたのは最近のことだけど……などと余計なことは言わず、フミノは事実を伝えた。
「それは、信仰上の……修業のようなものなのだろうか?」
「あり得る話ですね」
ヘルメインのつぶやきに、ウォレスがもしかしたらと賛意を示す。
「えー? そんな神様いる?」
「いや、神様自体いないっていうか……」
「そう言えば、フミノの世界は数十億もの人間がいるという話だったな。つまり、神々が管理をしているのではないか?」
「文化がちがーう」
フミノは、泣いた。
「だが、結婚をしない……子供が産まれなくては滅びてしまうのではないか?」
「ですよねー。少子化問題の解決に寄与できず申し訳ありませんでした!」
フミノは、さめざめと泣いた。
エイルフィード神は、優しく微笑んだ。
そこに、リンとアルフィエルを伴ってトールが戻ってきた……が、途中で足を止めてしまった。
「……もしかして、邪魔だった?」
「そんなことないよ! よく来てくれた!」
立ち上がってトールを出迎えるフミノ。
愛しい彼女に気安く接するトールに、キリク王子たちから厳しい視線が向けられる……ことはなかった。
リンだ。
なにもしていないし、なにかできるようには見えないのに、なにかしたら破滅が待っていると確信してしまう。
リンの実力に気づけるほどの猛者ではあるが、気付いたところでなにもできない。
もっとも、それが普通なのだが。
「というわけで、事態を解決できそうなアイテムを取りに行こうかなと思う」
「え?」
「なにが出てくるかは分からないんだけど、きっとなんとかなるから」
「え? ガチャ?」
フミノは脳ではなく脊椎で喋っただけだったが、限りなく正解に近かった。そのガチャが、最近かなり恣意的になっていることを除けば。
「少し遠いから、歩くのはちょっと大変かもしれない。ユニコーンがいるんだけど……」
「セクハラぁっ!」
最初から戦力外通告を受けてしまった。
トールとしては、乗れようが乗れまいが堂々としていればいいと思うのだが、そういうわけにはいかないらしい。
「……いえ、トールさん。その必要はないようです」
「はい?」
その内容よりも、いつになく真剣なリンの様子に、トールは戸惑う。
しかし、理由はすぐに分かった。
「あれは……」
「グリーンスライムか」
巨大と表現するほかない、緑色の粘体。それが、ずるりずるりと森の奥から這い出てきた。
心当たりがある。
いや、心当たりしかない。
「あいつ、沼から出れたのか……って、そうか。食料がなくなって動けなくなったって話だったよな」
「理屈で考えればそうなのだが、自分は動くつもりはないのだと思っていたぞ」
トールたちは、小山のようなグリーンスライムを呆然と見つめていた。
慣れているから、それで済んだ。
「フミノ、動くなよ」
「我らを信じて欲しい」
キリク王子たちは、フミノをかばって取り囲む。
悲壮感すら漂わせる彼らに、トールは頬をかきながら困ったように言う。
「あー。基本的には無害だから」
「そうですね。害意は感じられないから、大丈夫ですよ」
「そんなこと言われても、信じられるわけねーじゃん。アホなのかよ」
言葉を返したのはミストだけだったが、他の三人も見解は同じだった。言い過ぎだと、注意することもない。
「先輩、先輩! スライムって、もっと、こうちっちゃくって可愛いんじゃなかった?」
「そういうのもいるかもしれないけど、あれは有機物ならなんでも溶かすよ」
「ええ……。やっぱり、ハードモードなんだ」
「だから、敵じゃないって」
先に説明しておくつもりだったのに、いきなりモンスター然と出てこられては説得力が皆無だ。
そんなトールの心情を知ってか知らずか、少し離れた場所でグリーンスライムが停止した。
そして、その一角から人型の端末をみにょんと延ばす。
「キチャッタト イウノデアロウ コンナトキハ」
「いや、倒置法で言われても」
巨大なゼリー状の塊が、ぷるぷる揺れていた。
異様。
「B級映画にしか見えねえ……」
これから、家が飲み込まれるとしか思えなかった。
「ソコノモノタチ アンシンスルガイイ ワルイモンスターデハナイゾ」
「うんうん。じゃあ、安心ね」
「フミノ!?」
いきなり手のひらを返したフミノに、キリク王子はついていけない。
だが、それと納得とは別の話。
「いや、そうか。フミノが言うのであれば、過度に警戒せずともいいのだろう」
「ええ。フミノさんの判断ですからね。それよりも、グリーンスライムがあんなに巨大化、いえ、肥大化ですか? とにかく、ここまで大きなグリーンスライムは聞いたことがありません」
「よく分かんないけど、フミノは正解を引き当てるもんな」
「慎重と臆病は違う……か」
キリク王子、ウォレス、ミスト、ヘルメインがそれぞれ違った言葉で、フミノに従うことを表明した。
「すごい影響力だなぁ」
「わ、私が悪いんじゃないわよ……?」
「安心してください。トールさんだって、私への影響力ものすごいですから。もはや、この体はトールさんでできているのではないかと評判になってますから」
トールは、ツッコミを入れなかった。
代わりに、グリーンスライムの端末を無言で見つめる。
「サッソクダガ ショクジノ ヘンレイダ」
「そういう設定だったな……」
「今でも、定期的に生ゴミを運んでいるのだぞ」
「ウム タスカッテイル」
いつもの無機質な声と表情だったが、嬉しそうな気配は感じる。満足しているらしい。
「ウケトルガイイ」
グリーンスライムの肉体から吐き出されたのは、サングラスだった。
それをキャッチするトールに、フミノがさわやかな笑顔で言った。
「先輩、ノースリーブの服に着替えないと」
「サングラスへの風評被害酷すぎない?」
狂犬のような少年から、修正してやると殴られそうだ。
「で、ただのサングラスじゃないんだろ?」
「ノゾムセカイヲミセル メガネダ」
「望む世界を?」
「ソウダ ゲンジツハカエラレヌ ミタメダケガカワルノダ」
「偉い人にかけさせて、理想と現実の違いを思い知らせるとか、そういう用途なのかしら?」
「ソノトオリダ スクナクトモ サクセイシャノイシキデハナ」
フミノのつぶやきに、グリーンスライムの端末がうなずいた。
「さすがフミノだな。即座に言い当てるとは」
「ええ。彼女の知識の泉の源泉は奈辺にあるのか。興味は尽きません」
「あのね……? そんなに大したことじゃないからね?」
一方のフミノは、恥ずかしそうというよりは、やってしまったと頭を抱えた。
「しかし、望む世界って曖昧だな。具体的に、どうなるんだ?」
「ソレヲ コチラニ トウノカ」
「かけろと?」
返事はない。答えは明白だった。
「トールさん、私が」
「いや、ここはメイドである自分の出番だ」
「二人に、そんなことさせられるわけないだろう」
返事も反対も聞かず、トールはサングラスをかけた。特に粘液もついていないし、かけ心地も悪くはなかった。
正直あまり似合わないが、実害もないようだ。
「う~ん。特に変わらないんだけど……。リンもアルフィも、そのままだぞ」
「それって、世界が望む通りってことなんじゃん! 先輩のリア充!」
「ひどい罵りを受けた」
リア充というだけなら、そっちだって大概だろう。そこまで言うなら自分で確かめればいいと、トールはサングラスを手渡した。
「ちょっと怖いんだけど……」
「そんなに大した物じゃないよ」
「まあ、そう言うなら……」
恐る恐るサングラスをかけ、顔を上げたフミノの動きが……止まった。
「え? ちょっと待って、先輩? え? え?」
「待つもなにも、なんにもしてないんだけど」
「大丈夫なのか、フミノ」
「リッくんに、ウォレスに、ミストにヘルメインさんも? え? え? え?」
フミノはサングラスを取り、トールや王子たちから、二歩三歩と後ずさる。
「大丈夫っていうか、ある意味大丈夫じゃない」
さらに、男性陣から距離を取ろうとするフミノに、グリーンスライムが語りかける。
「ショウガイガナクナッタトキ ドウハンダンシ コウドウスルノカ シンカガトワレルコトニナリソウダナ」
ある意味では、面白味のない。
別の視点では、あまりにも的確すぎる。
純粋すぎて残酷とすら言えるプレゼントだった。
次回で、番外編終わりの予定です。
【グラス・オブ・イデア】
価格:475金貨
等級:英雄級
種別:アクセサリ
効果:着用者に、自らが望む世界を見せるサングラス。
元々は為政者に理想と現実を認識させる為の物だったが、
いつしか裏社会に出回り、いかがわしい用途に使用されるようになった。
作成者自身が理想と現実を見せられた結果に、深く感じ入ったとされる。




