第四話 もちろん、穏当だよ。穏当じゃないほうに比べたらね
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「大変申し訳ありませんでした」
聴取した内容をすり合わせるため、エイルフィード神と入れ違いでトールの部屋に入ってきたリン。
つい先ほどまで常ならぬ、そして、エルフの王女らしい態度を見せていた少女が息を飲むほど美しい所作で土下座をした。
見るものの時が止まってしまったかのような。一瞬の遅滞もない、鳥が空を舞い、獣が地を駆けるがごとき自然さ。
意図したわけではないだろうが、あるがままの美しさが表現されていた。
「……なにがあったの?」
「トゥイリンドウェン姫には、自分には見えていない物が見えているとしか……」
しかし、トールとアルフィエルが受けたのは感銘よりも困惑。
いつも通りと言えばいつも通りだが、理由がまったく分からない。想像できなかった。
「とりあえず、どういうこと?」
切り株のテーブルに越しに、見事としか言えない土下座をしているリンへと問いかけた。
「わ、私などが調子に乗っていろいろと上から目線で偉そうなことを好き放題に言ってしまったことを今さらながら思い出してしまいまして、はい。トールさんの、つつつ、妻である私の悪評はトールさんの悪評も同じ。これはもうお腹を切ってお詫びするしかないなと考えた次第です」
「いきなり切腹しようとするのは、やめよう?」
分かったような分からないような話だが、とりあえず自害は止めなくてはならない。
そもそも、悪評という意味で考えれば、妻を自殺に追い込んだとんでもない男になってしまう。
「確かに……。あの王子たちへの態度は、普段のトゥイリンドウェン姫らしからぬ部分もあったが……」
「そうなの?」
「うむ。だが、自分は良かったと思うぞ」
「そ、そうですか? そうなんですか? もしかして、私に新たな魅力が目覚めたとか、そういう系だったりしますか? と、と、と、トールさんが私のことをほれ直してしまうとか? そんなメルヘンみたいな可能性が、魔力粒子レベルで存在したりとかしてしまうんですか?」
アルフィエルの言葉を聞いて、叱られていた小型犬……ではなくリンが、もしかして許されたんですかと、にじり寄ってくる。
「ほれ直すというか……」
トールは、言葉を選ぶため間を空ける。
あまり率直すぎるとリンの命に危険が及びかねない。
「一緒にいて楽しいことは間違いないよな……」
「うっ」
「トゥイリンドウェン姫!」
胸……というか心臓を抑えて倒れ込んだリンを、慌ててアルフィエルが介抱する。
「ご主人! 軽率にほめてはいけないと、あれほど……」
「このレベルでも、駄目だったのか……」
当たり判定がシビアだった。
「はっ!? 感激しすぎて、トールさんの人生に汚点をつけてしまうところでした」
危ない危ないと、再び土下座に戻る。
ここまでのは最近なかったが、リンと過ごしていると稀によくあることだ。問題ない。
「さて、そろそろ情報のすり合わせをしようか」
「はい! 詳しいことはアルフィエルさんからお願いします!」
「それでいいのだろうか?」
とアルフィエルは疑問を抱くが、当事者であるリンが適材適所と疑わないのだから仕方がない。
「自分の主観が入ってしまうが、構わないだろうか?」
「それはもちろん」
主観の入らない情報など、この世界のどこにも存在しない。仮にあったとしても、聞いた時点でバイアスは発生する。
「ご主人に例えると刻印術の腕を見込んで取り込むために結婚を申し込んだ……ように見せかけて、かなり執着しているようだな」
「公私ともにってやつか」
「そうだな。フミノ殿は、かなり多岐に渡って功績をあげているぞ。しかも、かなり恩義も感じているようで――」
「そりゃ、ほれられないわけないよねと。やっぱ、やらかしてるんじゃねえか」
トールはさらに詳しい話を聞き、複雑な表情で深く息を吐いた……。
「なるほどなぁ」
「早速、解決策が浮かんだんですか?」
さすがトールさんと全幅の信頼を寄せるリンだったが、それはさすがに過大評価。ひいきの引き倒しに近かった。
「いや、どっちも一歩も引きそうにないというのが分かったという意味だよ」
そして、トールもフミノから聞き取った内容を二人に伝える。
「美形過ぎて無理……?」
「分かります。その気持ち。あまりにも立つステージが違い過ぎると、一緒にいて『私は、果たして生きていていいのでしょうか』などと根本的な存在意義に思い悩む瞬間とかありますよね?」
意外すぎて理解できないという表情を見せるアルフィエルに対し、リンはもはや悟りのレベルだった。ただし、ベクトルは後ろ向きで。
「まあとにかく、妥協点が見当たらないんだよな」
嫌いではないが、キラキラしすぎて一緒に生活など不可能だと泣きを入れたフミノ。
一方、顔や声が良すぎて逃げられたなどと想像もしていない貴公子たちには、客人を手放そうという発想自体がない。
そもそも、一妻多夫だの逆ハーだの以前に、結婚の話自体が性急に過ぎる。恐らく、なにかの話の流れで出てしまったのだろうが、もう少し歩み寄ってからでも遅くはなかったはず。
しかも、一度話が出てしまった以上は止めようがない。
「……確かに詰みだな」
「詰んでるよなぁ」
トールとアルフィエルは顔を見合わせ、そっとため息をついた。
「着地点というか結論は、ふたつしかないわけだ。富美乃さんが彼らを受け入れるか、彼らが諦めるか」
「現状維持を続けるというのは……願望が明らかになった時点で難しいか」
難しい顔で、それでもなにか解決策がないか話し合う二人。
リンは、そんな二人のやり取りをにこにこと眺めていた。話が分かっていないわけではない。ただ、余計な口を挟まないほうが良いという冷静な判断ゆえだ。
「でも、受け入れると言ってもイベントがいくつか足りない気がするなぁ」
フミノも彼らのことは好きなはずだが、将来的にはともかく、それはあくまでも友人レベル。
その先に進めるほどの好感度ではないので、見た目が(逆の意味で)無理という事態になっているのだ。
そこに愛さえあれば、ある程度の障害などなんとかなる。
これは、トールの実体験だ。
「そうなると、富美乃さんの意識が変わると問題解決に近付く……?」
「それが一番丸く収まりそうだな。なにせ、王子たちが諦めるとは到底思えない」
ただし、できるのならという但し書きが付く。
そして、それができるのなら苦労はなかった。
「そうなんだよなぁ。いっそ、間を引き離す。富美乃さんを、こっちに亡命させてしまうのが手っ取り早いか?」
「それは可能なのか?」
「ウルがんばれ、超がんばれ」
「分かりました。兄さまには死ぬ気で頑張ってもらいましょう」
兄使いが荒いのではない。全幅の信頼を寄せているだけなのだ。
しかし、その妙案にアルフィエルがストップをかける。
「移住が叶ったとしても、何名かは国に帰りそうにないのだが……」
「……そうか」
キリク王子を除けば、役職に縛られている人間はいない。その王子にしても、女系相続なので、実際に国を継ぐのは王女。自由とまではいかないが、しがらみは少ない。
「それに、富美乃さんもあっちの国で過ごすこと自体は嫌ってはなさそうなんだよな」
もしそうなら、最初に言い出していることだろう。なにしろ、こっちには米もみそもしょうゆもあるのだ。
「だったら、王子さんたちをこっちで引き取りますか?」
「それは……。いや、別の男が言い寄るだけなんじゃ?」
それが一般人であれば問題ないのかもしれないが、聖女認定されているフミノに近付く男が一般人とは考えにくい。
「あっ、でしたらいっそトールさんが偽装結婚してしまうというのはどうでしょう?」
「なにもない腹を探られるのは、面白くないな」
考えないでもなかったのか、トールは即座に否定した。
「それ、キリク王子だっけ? 彼らとやってること変わらないじゃん」
ないないと、トールは否定した。
「まだ、ウルとというほうが可能性高いんじゃないか? まあでも、王族が客人とくっついてばっかりってのは、ちょっと問題になるのか?」
そこまで言ってから、トールは、「ああ、そうか」としかめ面をする。
「それ以前に、ウルのほうがキリク王子たちより顔はいいよな」
そう考えると、エルフ自体がアウトかもしれない。
「う~ん。そうなると、穏当な解決策はひとつしか残ってないな」
「それでも、ひとつあるのか」
「ああ。グリーンスライムに頼る」
トールの言葉に、リンだけでなくアルフィエルまでも口をぽかんと開けた。
「どうせ、この辺のやりとりも聞いてるんだ。おもしろアイテムを用意して、待ってるに違いないね」
「なあ、ご主人……」
「トールさん……?」
ダブルエルフが揃って、愛する人に疑問を投げかける。
「それは本当に穏当なのだろうか?」
「なにが出てくるか、分かりませんよ?」
「もちろん、穏当だよ」
不安そうな妻二人に、トールは微笑みかける。
「穏当じゃないほうに比べたらね」
リンもアルフィエルも、それは実は相当無茶なのではないかと思ったが、口に出しはしなかった。




