第二話 遠野先輩のところはファンタジーでずるい
「狭いところじゃないから、こういうときなんて言ったらいいか分からないな。とにかく入って」
「お邪魔します……わっ、森だ……」
地味な顔に驚きの表情を浮かべ、フミノがおずおずとトールたちの部屋へと足を踏み入れた。
さすがに生き物はいないが、柔らかく暖かな陽光が差す木々が生い茂る森に驚きを隠せない。
「風まで吹いてる……。どういう仕組み? 魔法?」
「刻印術かな。面倒くさくて、再現したくないレベルだけど」
ふえー、すごーいと歓声を上げながら部屋の奥へと進んでいく。
「うわっ。すごい、藁のベッドだ……。アルプスの少女」
「でっかいブランコはないけど」
「切り株のテーブルに、ハンモックも……」
地味な笑顔を輝かせていたと思ったら、フミノが口をとがらした。
「遠野先輩のところはファンタジーでずるい」
「師匠が作ったのをそのまま使ってるだけだから」
それに、王子様たちに迫られているのも充分ファンタジーではないかと、トールは思う。たとえ、本人が嫌がっていても。
とりあえず、ファンタジーらしさは本題ではない。
切り株のテーブルに並んで座り、トールは話を切り出す。
「改めて、自己紹介しようか」
実質的な新婚家庭になっていた、トールたちの隠れ家。
そこに突然現れた、フミノという二人目の客人と彼女を追う四人の貴公子。
朝食を食べて落ち着いた彼女たちは、別個に事情の聞き取りをすることになった。
トールは、フミノの担当だ。
「俺は遠野冬流。こっちに来て二年ぐらいかな? 元は大学生だったよ」
「え? 若い……。えっと、私は竹城富美乃です。こちらに来てまだ一年目で、元はOLでした」
「年上だったんだ」
「年のことは……はい」
フミノは自信なさげにおどおどと、それでいて断固として追及を拒否した。
「ま、トールくん。女性に年のことはNGってものだよ。年上に見えても、若く見えてもね」
含蓄がありそうで、単に女性の難しさを表現しただけのエイルフィード神に、トールはなにも言わなかった。
トールも、女性に年齢の話は良くないと理解はしている。周囲にエルフとかダークエルフとか聖樹の苗木とか神サマしかいないので、あくまでも一般論としてだが。
「それで、神サマは、神様だけど休暇中だから気にしないで」
「エイルさんのことは、なんか偉い人なんだなと思っておけばそれでいいよ。よっぽど失礼なことを言っても怒ったりしないから」
「神サマは許すよ。でも、神サマの妹はどうかな?」
「エイルさん……神様……エイルフィード神!?」
「そうだよん。でも、重ねて言うけどかしこまらないで」
「は、はあ……」
空気を読んで、フミノは頭を上げた。
釈然としないものはあるが、このままでは話が進まない。
「というわけで確認だけど、あの四人に結婚を迫られて困って逃げたってことでいいんだよね?」
「……はい」
エイルフィード神が同席しているのは、こっちのほうが面白そうだと思ったから……ではなく、トールとフミノが二人だけになるのに難色を示されたからだ。
それに、アルフィエル一人にリンとエイルフィード神を任せるのも問題だ。
「わ、私は普通にしてたのに、いつの間にか聖女扱いされてしまって……。そこからは、あれやこれやでもう、勝手に話が進んでしまって」
「なるほど」
なにか盛大にやらかしたんだなと、トールは看破した。
自分のことを棚に上げて。
人間誰しも、自分のことほどよく分からないらしい。
「それで、みんなからプロポーズされて……選べないって言ったら、選ぶ必要はないって……一妻多夫とか、わけ分からない……」
「それは確かに」
トールも今でこそリンとアルフィエルと結婚しているが、それを当然のように受け入れるウルヒアたちには違和感がなかったとは言えない。
「聖女ってことは、エイルさんが特別な加護を与えてるとか、そんな感じなの?」
「ん~。神サマも、誰もそんなことはしてないけど?」
「そうなんですか? なんだか、私の回復呪文って、効果がすごいらしくて」
「それは単に、魔力の容量がバカみたいに大きいからじゃない?」
エイルフィード神は、なんでもないことのように言った。
「魔力が大きい……?」
「そうそう。普通の回復魔法とかに魔力を追加で消費して、効果を爆上げみたいな? まあ、それができるだけである種の才能と言えるかもしれないけど」
「そう……なんですか。それじゃあ……」
なにかに気付いたように、フミノは口に手を当てた。
同時に、特別ではないと聞かされて、ほっとしているようでもあった。聖女扱いが、余程身に堪えていたのかもしれない。
「そんなに特別なことじゃないよ、トールくんがルーンを得意にしてるみたいにね」
「そもそも、魔力が大きいこと自体が特別なんじゃないの?」
なおも五大神の介入を疑うトールに、天空神は肩をすくめながら首を横に振った。
「神サマたちは、なにもしてないよ。客人の世界にいた頃から、なにか魔力が上がるようなことをしてたんじゃない?」
トールは、フミノを見る。
その視線を受けて、心当たりを探る……が。
「実家がお寺……っていうのは、関係ないかな?」
「トールくん、お寺って?」
「まあ、こっちで言う神殿みたいなものかな?」
「いわゆる魔力溜まりだったんじゃない? 生まれてからずっと晒され続けてたら、体内に蓄積されるよね」
「地球に魔法とかはなかったはずなんだけどなぁ」
取り出し方が分からないというだけで存在していたと言われたら反論できないし、知らないだけで吸血鬼とかがいたと言われたら、今からでは。
寺生まれというだけで魔力チートと言われたフミノは、苦笑を浮かべるしかなかったが。
「うん。でも、それで救えた人もいるし、感謝しないと」
「その流れで、結婚を前向きに考えることは――」
「む、無理」
「理由を聞いても?」
「き、キラキラしすぎて」
「……はい?」
「美形過ぎて無理……」
そんな貴公子たちに求婚されている……という間接的な自慢かなという邪推が頭をよぎったが違うようだった。
「ビーエ……ドラマCDにはお世話になってるけど、声優さんに耳元でささやかれたらそれどころじゃないでしょ!」
「うわ、びっくりした」
突然立ち上がり力説するフミノに、トールはのけぞってしまった。エイルフィード神は、笑うのをこらえようとして、見事なまでに失敗している。
「つまり、嫌いじゃないけど結婚……ずっと一緒に過ごすのは精神的な負担が大きいと?」
「まさに、まさに」
年上のお姉さんとは思えないが、エイルフィード神も年上とは思えないので
「えっと……。それなら、誰か一人だけ選ぶとか……」
「無理」
ぶんぶんと、首を振って否定した。
髪が乱れるが、そんなことはお構いなしだ。
「無理か……」
一人でもキャパオーバーらしい。どうしようもなかった。
「私は、この世界の片隅でひっそりと生きていけばいいの。一人で」
「ハーレムを選んだトールくんのすごさがクローズアップされるね」
「しなくていい」
確かにハーレムと言われたら否定はできないのだが、トールとしてはそんなつもりはなかった。
「そもそも、ハーレムっていうか、リンとアルフィにシェアされてるっていうべきじゃね?」
「なるほど。押しに負けたフミノちゃんってわけだ」
「そんな……」
一縷の望みだった同郷の先輩が、すでに冥府魔道に囚われていた。
ゾンビ映画で、頼れる軍人キャラがゾンビになってしまったような絶望感を漂わすフミノ。
「いや、そんな顔されても。どうにか、希望に添うようにするから」
「本当に!? お願い。本当にお願いね?」
フミノはがばっと距離を詰め、トールの両手をがばっと掴んで懇願した。前髪が乱れ、潤んだ瞳が露わになる。
必死で気付いていていないが、普段の彼女からは考えられない大胆な行動だ。
そういうところなんじゃないかなと、トールは訝しんだ。
寺生まれのTakeshiroさん。