第一話 お米だ……
大変お待たせしました。番外編をお届けします。
客人の女性が、「逆ハーは嫌だ」と逃げ込んできた最終話からの続きになります。
前話から読み返していただくと、話がスムーズに理解できるかもしれません。
今や、トールとリンとアルフィエルの愛の巣となった山頂の隠れ家。
そこに突然現れた、もう一人の客人フミノと、彼女を追う四人の貴公子たち。
見捨てるという選択肢は、最初からない。軽い自己紹介をした後、外に出したテーブルの席に着く。
「急な来訪にもかかわらず応対いただき、ありがとうございます」
代表して、学士風のローブを着て眼鏡をかけた細面の美男子が頭を下げた。慣れているのか、言葉に淀みがない。
自然な自信と当たり前に自負を兼ね備えた……リン辺りとは正反対の対応だ。
「まあ、なにか事情があるみたいだし話を聞くぐらいはね」
同じ日本から転移してきたらしいフミノをちらりと見てから、トールは決して積極的ではないと答えた。
いきなり来られても困るし、そもそもこの人数はキャパオーバー。
さすがに五人もの来客は想定しておらず、もしいつものリビングだったらさぞ狭苦しい思いをしていたことだろう。
現にテーブルは人でいっぱいで、座りきれずカヤノとリンはトールの膝の上に陣取っているほど。まあ、この二人は役得だと顔に書いてあるのだが。
「大丈夫ですよ。トールさんは頼りになりますからね!」
「ラー!」
良くも悪くも空気を読まないリンが、トールへさらに密着する。仲の良さをアピールして、ハーレムを肯定する作戦を愚直に実行するつもりのようだ。
しかし、カヤノも一緒にやっているせいで、微笑ましさしか感じない。
「あり合わせで申し訳ないが、話は食べてからとしよう」
そこに、料理をトレイに載せたアルフィエルが戻ってきた。
一人では手が足りず、エイルフィード神も手伝っている。もちろんと言うべきか、その正体は明かしていない。そのせいか、いたずらを企む子供のような笑顔を浮かべていた。
トールは悪い予感しかしなかったが、少なくともフミノは、それに気付くことはなかった。
経験とか、勘の鋭さとかは関係ない。
フミノは、アルフィエルが運んで来た料理に視線も意識も釘付けになっていたからだ。
「お米だ……」
「昼食用に下ごしらえしていたのでな。口に合えば良いのだが」
「……じゅるり」
並べられた皿に乗っているのは、ハンバーガーのバンズのように両面を焼いた米――いわゆるライスバーガーだった。
それと深い皿に注がれたみそ汁の香りが、客人の郷愁を否応なくかき立てる。
「あれ? そっちにもお米ってあるんじゃないの?」
「あるにはあるが、ほとんど育ててはいないな。食べる習慣自体がないものでな」
「文化の違いか。それは仕方がない」
一行のリーダー格であるらしい貴公子然とした金髪碧眼の美男子に、トールは肩をすくめた。
美形は美形だが、ウルヒアで慣れているので気後れはしない。
「まあ、冷めないうちに――」
「いただきます!」
トールの言葉が終わらないうちに、フミノは手づかみでライスバーガーにがぶりとかぶりついた。
長い前髪の向こうで、目が大きく見開かれ、表情が驚きに変わり、それから足湯に浸かったかのようにとろんとする。
味の感想など、わざわざ聞く必要もない。
「フミノ、幸せそうだね」
「故郷の味とは、そういうものだ」
一行で最年少の顔は整っているが生意気そうな少年の言葉に、寡黙な剣士がぽつりとつぶやく。実感がこもっていたが、表情は優しげ。
それは、四人とも同じだった。
フミノという客人を追ってきた彼らは、用意された食事に手をつけようとはしない。
それは、得体の知れない食べ物への忌避感ではなく、愛する彼女を見守っていたいという想いから。
彼らの愛情は、食欲すらも超越していた。
(これは、かなりの重症だねぇ)
(いきなり脳内に語りかけるの、やめてもらえます?)
(えー? でも、そんなこと言いつつ最近慣れてきてるんじゃない?)
(慣れているというか、慣らされたというか)
(調教は順調と)
(……これも、神様への報告漫画に描けと?)
(やれるものならやってみるといいさ! 死なばもろともだね!)
(神様が自爆テロって、どういうことだよ)
アルフィエルと並んでトールの後ろに控えるエイルフィード神が、テレパシーで感想を送ってきた……はずが、盛大に脱線していた。
その間にも、フミノの手と口は止まらない。
「ああ……。これ、牛肉、カルビぃ……。レタスもしゃきしゃきぃ……。なんて贅沢……」
「牛肉ですか? なにか祝い事の予定でも?」
「普通の食材なんだけど……」
驚きに目を丸くする眼鏡の学士に、困惑しつつトールは答えた。もしかして、彼らの国では牧畜は行われていないのだろうか。
「こっちはウナギだぁ。というか、おしょうゆぅぅぅ……」
ライスバーガーを持ったままテーブルに突っ伏し、口は山椒の利いた鰻重バーガーを咀嚼し続けるフミノ。
「このタレ! この香り! まさしくウナギだぁ……」
目には、感動なのか他のなにかなのか。涙すら浮かんでいた。
そんな客人の姿を、優しい笑顔で見守る四人の貴公子たち。
もはや愛情を通り越して、崇拝と表現することもできそうだ。
「ああ。しょうゆもみそも、結構前に来た客人の人が作ってるんだ。メジャーってわけじゃないけど、こっちじゃ普通に流通してるよ」
「はい! うちの一番上のお兄さまが一緒に作ってます」
「つまり、エルフみそ? すごいパワーワード……」
と、つぶやきつつ、フミノはスプーンを使わず直接みそ汁をすすった。
「ああ……。分かる。私にも、魂が満足しているのが分かるわ」
と、もはや昇天しそうなほど透明な笑顔を浮かべた……直後、またしてもテーブルに突っ伏した。
「先輩のところ、恵まれすぎ。というか、こっちがハードモード過ぎる、過ぎない?」
「そんなこと言われても」
トールも苦労はしていたのだ。
リンへの接し方とか、どうしようもなく人間失格だった師匠のレアニルとの付き合いとか。
その辺を乗り越えて、今があるのだ。
「そうだ。それに、我が国だってこれから発展していくのだ。フミノのノーフォーク農法とやらは必ず成功すると私は信じているぞ」
「そこは私も信じてるけど、気候的に絶対お米のほうが合うのよ……」
トールたちが住むアマルセル=ダエア王国の南に存在する、人間種族が中心の中原諸国。その中でも、南の地域に属するため麦の生育に適した気候とは言いがたいのだった。
それでも麦作中心だったのは、北からの移民が作った国だから。つまり、麦で生きる文化がしっかりと根付いているのだ。
ゆえに、農法の改革をしても根本的な解決は難しいとフミノは思っていた。かといって、すぐに米食に切り替えることはできない。
なお、聖樹の加護で好きな作物が好きな場所で勝手に育つアマルセル=ダエア王国には、まったく全然なんら関係ない話だ。
「あ、みんな食べてない。失礼でしょう?」
「……む。そうだな」
フミノに注意され、それすら嬉しそうにして、ようやく四人の貴公子たちも食事を開始する。
「これは……」
「フミノの料理ぐらいおいしーよ」
「米もこのような形で調理されると違和感がないですね」
「しかし、庶民にまでこのレベルを求めるのは酷だろう」
客人ほどの驚きはなかったものの、レベルの高さには感心しきり。いずれも満足そうに食事を終えた。
「改めて、シャレーレル王国第一王子キリクの名において謝罪させていただく」
一息ついたところで、リーダー格である金髪碧眼の貴公子が頭を下げる。
「しかし、フミノは我らにとって、太陽にも等しき存在なのだ。是非、彼女との婚姻について助力を――」
「駄目ですね」
意外なセリフが、トールの膝の上から聞こえてきた。
リンだった。
威厳もなにもない場所から発せられた言葉は、しかし、あっさりと場を掌握した。トゥイリンドウェン・アマルセル=ダエア――次期女王のプレッシャーに、誰もなにも言えない。
「もちろん、手助けはします。しかし、それは皆が納得できる答えにたどり着くためであって、結論ありきではありません。それに、まったく悪いと思っていないのに謝られても、私もトールさんも困ります」
「そんなことは……」
大国どころではない、超大国の姫君にぴしゃりと断言され、リーダー格である金髪碧眼の貴公子――キリク王子が困惑する。
立場の違い以上に、嘘偽りなく述べたはずの言葉が否定された理由が分からない。
「リンがそう言うのなら、そうなんだろうな」
謝罪にかけて、リンの右に出る者はいない。自覚がないかもしれないが、リンがそう言う以上、それが真実なのだ。
「でも、反故にするつもりはないよ。分かれて話を聞こうか」
だからといって、フミノ――同じ日本人を見捨てることなどできない。
双方の証言を聞いて判断するしかないと提案した。
それは提案だが、有無を言わせぬ迫力がある。
正式な結婚はまだだが、リンとアルフィエルを迎えるにあたって、一皮むけたのかもしれなかった。
一話3000~4000文字で全5か6話。隔日更新の予定です。
次回もよろしくお願いします。
あと、この小説とちょこっとつながっている『タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~』が、
先日無事に第一部完となりました。下のランキングタグのところから飛べますので、興味がありましたら是非こちらもよろしくお願いします。




