第十九話 誓いのキスを
今日は二話同時更新。こちらは、その一話目です。
パイプオルガンの荘厳な音色が、チャペル全体に響き渡る。
そんな中を、リンは右側。アルフィエルは左に位置取って、トールたちはヴァージンロードを歩いていた。
新婦の父親がいないので、新郎がそのまま新婦たちを引き連れる格好だ。
祭司を務める女性が待つ祭壇へと続くヴァージンロードへ、参列客や上空を飛び交うノームたちから色鮮やかな花々が投げ込まれていく。
それは、ヴァージンロードを清めるためのもの。
その花に、キラキラと輝く金銀の欠片が混じっていた。
ステンドグラス越しの光と合わさり、うっとりとするような幻想的な光景を作り出す。さらに、えもいわれぬ香りが、会場全体を包み込んだ。
それもそのはず。
ヴァージンロードを清めた花々はカヤノ――聖樹の苗木が生み出した物なのだ。
そうとは知らない新郎と新婦たちは、祭壇の前で立ち止まるとくるりと回って参列者に一礼する。
右側には、ウルヒアとカラノルウェン。
エルフの貴公子はその美貌を完璧に保っているが、隣の地の精霊の巫女は大きな瞳を潤ませていた。
どちらも、らしい。
そして、向かって左側にはエイルフィード神とカヤノ――だけではなかった。
小さく、影に隠れるようにしてグリーンスライムの端末も参列していた。
トールは、ポーカーフェイスを保つのがやっと。そんなトールに、エイルフィード神が笑いかけた。
どうやら、天空神が連れて来ていたが、このタイミングまで秘匿していたらしい。
もしかすると、花に混ざっていた金銀の欠片は本物で、グリーンスライムが提供したものなのかもしれない。いや、そうなると、ただの貴金属なのかも怪しくなる。
しかし、その点を確かめるわけにはいかない。
「まったく、とんだサプライズだったな」
「驚きました」
「自分たちらしいと言えば、らしいがな」
そんな風に、ちいさくささやき合うのが精一杯。まあ、この程度で済んで良かったと思うべきか。
再び祭壇に正対したトールたちと、式を取り仕切る女性が目を合わせ――その瞬間、ばっとフードを取り去った。
「え、エイルさん?」
「エイル様!?」
「なっ、一体どういう?」
さっき席にいたはずと、三人とも式の途中にもかかわらず振り返ってしまう。
驚くべきことに、エイルフィード神はそこにいた。
目の前にもいた。
無邪気なカヤノがこちらに手を振ってくれているが、ちいさく振り返すことしかできない。
しかも、カラノルウェンやウルヒアは段取りにない動きを気にした様子もない。まるで、アクシデントなどないと言わんばかりだ。
「普通に進行しているように認識されてるから、安心していーよ」
「安心とは」
相変わらず、《翻訳》のルーンが仕事をしてくれない。
「こんなところで、神様らしさを出さなくてもいいのに」
「まあまあ、本番は大人しくしてるから」
にんまりと笑って、エイルフィード神は儀式を進める。
「というわけで、トールくんとリンちゃんとアルフィちゃんが病める時も健やかなる時も支え合って生きていくことは分かりきっているので、その辺は誓うまでもないよね?」
「確かにそのつもりだけど、お約束って大事じゃない?」
「なので、神サマから、祝福をプレゼントすることにしました」
新郎と新婦たちは、ぴしりと固まった。
新郎は、急な頭痛に。
新婦たちは、恐れ多さに。
無論、エイルフィード神はそんな空気を読んだりはしない。
「エルフとダークエルフは寿命が長いよね?」
「今さら、なんの話を?」
「それゆえに、なかなか子供ができにくい」
「そういう話は聞くけど……」
人間の十倍近くの寿命があり、若い期間はそれ以上にあるエルフだが、子供は多くても数人。5人以上いるエルフの王家は、例外中の例外だ。
「そこで神サマの加護ですよ、奥さん」
「奥さんって、どっちのこと言ってるんだよ」
「もちろん、両方さっ」
にんまりと、粘度の高い笑みを見せるエイルフィード神。
神にも、神に仕える者にも見えない。いや、神に仕える者には見せられない。
「そこでトールくんに加護を与えて、子供ができやすくしてあげようかなって?」
「そう来たかー」
これは断りにくい。
事実、まだヴェールをかぶっているのではっきりとは見えないが、リンもアルフィエルも目を輝かせていた。
アルフィエルだけならトールの予想通りなのだが、リンまでとは意外だった。あるいは、子供のできるプロセスを十全に理解していない可能性もある。
「そんなの必要ないくらい頑張るっていうんなら、神サマも別の意味で応援するけど?」
「……よ……し……お……がい……ます」
「ん~? 聞こえないなぁ?」
「よろしくお願いしますっ」
「任せてっ」
トールは、完全に覚悟完了した。
「というわけで、ちょっとキラッとするから」
儀式用の衣装を身にまとったエイルフィード神が、両手を天に伸ばすとトールの頭上から光が降ってきた。
「綺麗です……」
「ああ……」
その光が帯となって体を一周し、最後には心臓へと吸収されていった。
「あとは、結果をご覧じろだね」
「……自分たちも、しっかりせねばな」
「よく分からないですけど、分かりました!」
加護を与えたエイルフィード神は満足そうにうなずくと、がらりと声音を変え式の進行に戻った。
「それでは、指輪の交換を」
ノームが飛んできて、トールに指輪を渡す。
オリハルコンでできた、永遠不変の愛を誓う指輪だ。
トールの指輪は太陽のように輝くルビー。
リンは、ムーンストーン。
そして、アルフィエルはスターサファイアがあしらわれている。
太陽、月、星をモチーフにしており、三位一体を意識しているようだった。
オリハルコンという不変の金属で結ばれた三人に割って入る存在はないと、高らかに宣言している。
「アルフィ」
「……はい」
たおやかに微笑むと、左手を差し出す。
その手を取って、慎重に指輪をはめる。
全員の注目が指先へ集まり――薬指に、永遠不変の愛が灯った。
「リン」
「は、はい」
ヴェール越しでも分かるほど緊張しているリンの手を取って、安心させるように時間をかけてから、やはり、左手の薬指に指輪をはめた。
この世に、永遠で不変なるものは、複数存在すると主張するかのように光り輝く。
「トールさん」
「トール……さん」
二人でひとつの指輪を手にし、トールの指にはめた。
祭壇のエイルフィード神だけでなく参列者が皆祝福しているが、残念ながら当人たちに余裕はなかった。
なにしろ、これから最大のイベントが待ち受けているのだ。
「誓いのキスを」
エイルフィード神に促され、少しだけためらってから、トールは順番にヴェールを上げた。
見つめ合う三人。
指輪は、アルフィエルから。
誓いのキスは、リンから。
事前の取り決め通りリンを抱え上げて、目と目を見合わす。
「夢みたいです」
「それは困る」
余計な時間をかけるつもりは、毛頭ない。
意を決したトールは顔を寄せ、可憐な唇と自らの唇を重ね合わせた。
リンは身じろぎしたが、トールは力を入れて抑える。
最後には、リンは完全に弛緩し、トールに身を預けた。
「自分は夢でも構わないぞ。次の夢を見せてくれるだろうからな」
「もちろん」
続けて、アルフィエルとも唇を重ねる。
リンほど情熱的ではない。けれど、体だけでなく、心まで重なったような錯覚を感じるキス。
だが、二人揃っての錯覚は、真実となんら変わりがない。
唇は離れ、けれど心は重なったまま、三人で見つめ合う。
どこからともなく、荘厳な鐘の音が聞こえてくる。
今、まさに。
客人が、確かに根を下ろした瞬間だった。