第十八話 求婚の際に、伴侶の耳に装身具を取り付けるという伝統的な儀式だ
「リン、アルフィ。二人とも綺麗だよ」
結婚式イベントの当日。
そろそろ式が始まろうかというタイミングで、トールは新婦二人の控え室を訪れた。
大切な人を、迎えに行くために。
二人とも完全に準備を整え、椅子に座ってそのときを待っていた。立ち上がろうとする二人を手で制し、トールはゆっくりと近づいていった。
「カヤノがどんな風に描いてくれるか、楽しみだな」
「トールさんこそ、格好良いです!」
「ご主人も決まっているぞ」
さっきまでいた付き添いのノームたちの姿はない。偉大なる地の『根源』を象徴する精霊は、騒がしいウンディーネと違って空気を読めるのだ。
もっとも、いたとしても、今の三人が気にするかは微妙なところ。なにしろ、三人とも他の二人しか視界に入っていない。
「そうかな? どうも着慣れなくて違和感がすごいんだけど」
ぴしっとしたスーツに身を包み、髪も撫でつけていて別人のよう……は言いすぎにしても、どこに出しても恥ずかしくない花婿っぷりだ。
若干、着られている印象があるのもご愛敬だろう。
「その点、二人とも……うん。綺麗だよ」
トールの素直な賛辞に、ヴェールを上げた花嫁二人は朝咲いた花のようにはにかんだ。
幸せの象徴のようなリンとアルフィエルはただそれだけで、オリハルコンのヴェールがなくとも、あらゆる災厄を払ってしまいそうだ。
「寝ているところをたたき起こされて、仮縫いに付き合わされたりしたからな。だが、その苦労に見合う物ではある」
「《調整》のルーンを刻もうとしたら、めっちゃ切れられたんだよな」
ノームたちから、「それでは、だれでもこのどれすをきれてしまうのです」「うぇでぃんぐどれすに、はんようせいはふようなのです」「それとも、つかいまわすよていがあるのです?」と思いっきり詰められた。
「でも、結果として良かったと思うよ」
リンとアルフィエルに苦労を掛けたのは遺憾だが、その出来映えを見たらノームたちの正しさに頭を垂れずにはいられない。
あなた以外の何者にも染められることはないという意味を持つ漆黒のウェディングドレスは、既存の常識からは完全に外れた。
しかし、ただ奇抜なだけではなく確かな説得力を持つ。
完全にアルフィエルのために誂えられた、世界でただ一着の花嫁衣装。
何段もの襞で構成された、大きく広がるスカート。
その壮麗さとは対照的に肩口までしかなく、褐色の肌が惜しげもなく晒されている。
それをダークエルフのアルフィエルが身にまとえば、麗しいの一言。
「ああ。世界で、ただ一着。自分のために作られた、ご主人のためのドレスだ。まあ、それはトゥイリンドウェン姫も同じだがな」
「はい! かわいくてお気に入りです!」
リンのピンクブロンドに合わせてか、白をベースにしながらもややピンクがかったドレスは花のモチーフをふんだんに使用している。
エルフらしく、また、リンの愛らしさをこれでもかと強調してくれる。
「なにより、体にぴったりで、絶対に転んだりしません! 実用的です!」
「ウェディングドレスの実用性とは」
「ベッドの上では、実践的だぞ」
「……お、おう」
照れつつも、否定はしない。
そんなトールの進歩に、アルフィエルは口の端をわずかに上げる。
「そうだ、ご主人。こちらも見てくれ」
アルフィエルが頭を傾けると、耳につけたイヤリングが揺れた。
最初にトールから送られたイヤリングも、もちろん身につけている。
だが、そちらではない。
「どうだろう?」
アルフィエルが見せたのは、コインがあしらわれた新しいイヤリング。
硬貨には幸せを呼び込むという伝承がある……らしい。
そのことを憶えていたトールは、余ったオリハルコンでコインを作り、それをノリノリのノームたちがイヤリングに加工したのだ。
コインの表面には、花嫁それぞれの横顔。
リンの裏面には聖樹が、アルフィエルの裏面には白鳥が刻印されている。
「私の顔が硬貨になっているのは恐れ多いと思ったのですが、冷静に考えるとトールさんとの結婚以上に恐れ多いものなんてこの世界には存在しないことに気付きました! 問題ないです!」
「それ、本当に冷静になれてる?」
だが、緊張でがちがちになられるよりは、遙かにまし。
そう考えると、リンもしっかりと成長しているのかもしれない。
「ところで、ご主人。エルフやダークエルフに伝わる儀式を知っているだろうか?」
「あ、ああ。儀式というよりは、風習に近いんだっけ……」
唐突だったが、記憶を呼び覚ますのは容易だった。
アルフィエルが、我が意を得たりと不敵に笑う。リンも気付いて、瞳をきらきらと輝かせた。
「うむ。求婚の際に、伴侶の耳に装身具を取り付けるという伝統的な儀式だ」
アルフィエルに記念品としてイヤリングを贈ったとき、唐突に捏造された儀式。
大して前ではないのに、なんだか懐かしい。
「あのときは、まさか本当になるとは考えてもみなかったなぁ……」
しみじみと、トールは思う。
さらに、その存在は補強するかのように改めてイヤリングを贈ることになるなどとは。
「なに、これから自分たちの話が流布されて真実になるだけのことだ」
「……頑張ろうな、リン」
「え? あ、はい! よく分からないですけど、トールさんと一緒なら頑張れます!」
よく分かっていなさそうなリンだったが、その素直な心意気は信頼できる。
「そろそろ、はじまるのです」
「しんろうしんぷ、にゅうじょうなのです」
「えいえんのあいをちかうじゅんびはおーけーなのです?」
そのとき、外からノームたちが呼ぶ声がした。
ふっと、息を吐いてからトールは微笑みかける。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「はい」
「……さすがに、緊張するな」
「ええ? アルフィエルさんまで緊張したら、私は一体どうすれば!?」
「大丈夫だよ」
根拠はない。
それでも、揺るぎない確信とともにトールは言った。
「俺が一緒だから」
こくりとうなずく二人の手を取って、新郎は新婦たちを連れて歩き出した。
永遠の愛を誓う場所へと。
約100話越しの伏線回収。
実際、6ペンス銅貨のイヤリングとかあるらしいですね。
そして、明日二話一気に更新して完結予定です。




