第十八話 別に、リンもアルフィも王女だから好きになったわけじゃないし……
「いずれはとは思っていたが、まさかここまで急とは思わなかったぞ……」
エイルフィード神に遅れること一日。
つまり、結婚式の前日。
王都からルフでやってきたウルヒアを、地の精霊殿の外でトールとカラノルウェンが出迎えた。
疲れた表情をしているのは、きっと気のせいではないのだろう。
「その文句は、ノルさんにぶつけてくれ」
「のるにぶつけても、はねかえすだけなのです」
「かべなのです」
「なんこうふらくなのです」
カラノルウェンにまとわりついているノームたちが、ここぞとばかりに友人をほめそやす。
ウルヒアはぴくりと形のいい眉を跳ね上げたが、反論の言葉は出てこなかった。つまり、その通りということだ。
「ははははは! 兵は拙速を尊ぶというのだろう! 以前、エアルミアが連れて来た客人から聞いたぞ」
「ああ、あの人……」
エアルミア。
海の宝石という意味の名を持つリンの姉。リンの姉とは思えないほど自信家で、それに相応しい美貌と実力を兼ね備えた才女だ。
ただし、放浪癖がありアマルセル=ダエア王国には、ほとんどいない。客人の青年を“拾った”のも、中原の人間諸国だという話だった。
ボロボロだった彼をルーンで治療したのは他ならぬトールなので、よく憶えている。
今は、キメラのように作り替えられた肉体を元に戻すため、二人で旅をしているはずだ。
「姉上、その名を出すのは止めて欲しい。あの女は、いて欲しくないときにこそ姿を現すのだからな」
ウルにとっては最も年の近い姉で、そして、最も被害を受けている相手でもある。冷静沈着を絵に描いたようなエルフの貴公子が、ここまで好悪をあからさまに示す相手は、エアルミアただ一人に違いない。
「だが、ウルヒア! 本番には呼ばねばなるまい!」
「だから、顔を合わす回数は少なくしたいと言っているんだ」
「本番……か……」
「まさか、今回だけで済むとは思っていないだろうな?」
ウルヒアから斬りつけるような視線で睨め付けられ、トールは慌てて首を振った。
急なことで、リンの両親――つまり、国王夫妻は出席できない。名代としてウルが来るのが精一杯だった。
「でも、ほら。アルフィは立場が微妙だし……」
あの家で過ごしている分には気にしないというか、半ば以上、無視しているきらいもあるが、
アルフィエルはダークエルフの国グラモールの王女なのだ。
これは、アマルセル=ダエアとグラモール双方で見解が一致している。
そんなアルフィエルが、エルフの国で正式な婚姻をするなど、政治的にややこしすぎる……というのがトールの主張。
「エルフとダークエルフの王女を同時に娶ろうという男が、なにを言っているんだ?」
「別に、リンもアルフィも王女だから好きになったわけじゃないし……」
「良く言った!」
感極まったカラノルウェンが、トールを抱きしめた。
力の限り。
三つ編みにした髪が、尻尾のように踊る。
トールの体が、エビのように反った。
「いけめんです」
「こころがいけめんなのです」
「じっさいは、まあ、すきずきなのです」
そして、ノームが追い打ちをかける。
「ノームたちの言うことは、話半分に聞いたほうがいいぞ!」
「その微妙なフォローが辛い」
カラノルウェンのハグから解放されたトールは、少しだけ泣いた。
「ともあれ、彼女のことは僕と父上でどうにかする」
ただ単に事実を事実として述べるように、ウルヒアは言った。無理をしているようにも、虚勢を張っているようにも見えない。
加えて言えば、トールを気遣う素振りも。
「なにしろ、リンの健やかな結婚生活には欠かせないからな」
「あ、うん」
容赦ないが、その実、思いやりに溢れている……と思われる。たぶん、きっと。
「だけど、どうにかするってのも、アルフィは嫌がりそうなんだが……」
「なに。あれは単純に、トールから引き離されるかもしれないからと自分の地位を明確にするのを避けていただけだ。立場がはっきりしたのだから、意固地になることはないだろう」
てっきり、顔も見たことのない父親への反感があったのだと思っていたトールは思わず面食らった。
言われてみれば、確かにそっちのほうがアルフィエルらしい。
とはいえ……。
「そこまで察しちゃうの。ちょっとキモイ」
「そんなはずはないだろう?」
即座に反論しつつも、愕然とするウルヒア。
ほめられこそすれ、まさか罵倒されるとは思ってもいなかったようだ。
その空気を救ったのは、カラノルウェン。
「次は、ウルヒアの番だな!」
ただし、空気は救えても弟を救えたかは微妙なところだ。
「いや、そこはどう考えても姉上でしょう?」
「なるほど。この結婚式は、ノルさんの予行演習だった?」
「ふははは! ならばまずは、相手を連れてくることだな!」
「……ちなみに、連れて来たらどうなるんです?」
「死合う」
「そこはせめて、試合うにして」
こういうときだけ、的確すぎるほど正確に意図を伝えてくる《翻訳》のルーン。エイルフィード神が意図的にやっているわけではないはずだが、邪推せずにはいられない。
「そんなことよりも」
「姉の結婚を、そんなことで済ませていいのか? ただの姉じゃない。ノルさんなんだぞ?」
「そう言われると、僕としても辛いのだが……」
「言われている私が、一番辛いぞ!」
意外といじられキャラなカラノルウェンはまるっと無視し、ウルヒアはトールの瞳を正面からのぞき込んだ。
「まあ、とにかくおめでとう」
「……ああ。ありがとう」
「そして、ありがとう。本当に、ありがとう」
「ウル……。さては、そっちが本音だな?」
ウルヒアは答えず、地の精霊殿へと歩き出した。
トールも返答は期待しておらず、カラノルウェンとともにその後を追う。
かくして、地の精霊殿に役者は揃った。
リンの兄姉は他に、みそとかしょうゆを持ち込んだ客人と結婚して職人の道へ進んだ長男や、
大陸のどこにでもありどこにもない無限書庫迷宮に引きこもっている長女とか、
どういうわけか海に出て海賊(というよりは探検家)になってしまった次女がいたりします。




