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第十七話 ああ、だから花嫁なのか……

「ラー!」


 リンに抱きかかえられていたカヤノが、エイルフィード神と話していたトールの背中に飛びついた。

 礼拝堂の神聖さには似つかわしくないが、ここにいる面々にしてみると微笑ましさしかない光景。


「カヤノ、置いてけぼりにしてごめんな」

「ラー!」


 今まで触れ合えなかった分を補填するかのように、ぐりぐりと額を背中に押しつけて甘えている。


 悪いとは思いつつも、嬉しさもある。


 しかし、それも長くは続かない。


「マー!」


 トールは充分に堪能したとでもいうのか。今度はアルフィエルに抱きつき、真っ正面からその豊かな胸に顔を埋めた。

 ぽよんと弾かれるが、カヤノはさらに頭を押しつける。


「こうなると分かっていれば、カヤノを置いていかなかったのだがな。だが、良く来てくれたな」

「マー! おめーと!」


 ママ、おめでとう。

 カヤノに祝福され、アルフィエルは花がほころぶような笑顔を浮かべる。


「ああ、だから花嫁なのか……」

「いやいや。トールくんだって同じような顔してるよ、花婿さん」

「それはないでしょ」


 脇腹を突いてくるエイルフィード神に素っ気なく返答しつつ、トールは仲睦まじい二人の様子を見守った。

 その視線に気付いたアルフィエルが、トールに微笑みかける。


「ふふ……。まあ、これも自分たちらしいと言えるのかな」

「そうだな」


 プロポーズをした直後にこれでは雰囲気もなにもないが、トールもアルフィエルも不快には感じない。それどころか、しっくりとくる感覚があった。


「あのう……」


 なぜかヴェールを下ろしたリンが、恐る恐る挙手する。


「カヤノちゃん、カヤノちゃん。私の番はまだですか?」

「リン!」


 満面の笑みを浮かべたカヤノが、アルフィエルの胸から顔を上げた。


「カヤノちゃん!」


 期待に満ちたリンが、両手を広げて受け入れ体勢を整える。


 ――が。


 カヤノはアホ毛をぴこぴこさせて、ぐっと親指を突き立てるだけ。


「え? えー?」


 戸惑いつつも、同じハンドサインを返すリン。どうやら、リンは甘える対象ではないようだった。


「まあ……これも自分たちらしいと言えるのかな……?」

「そうだな……」


 トールは父親、アルフィエルは母親。

 そして、リンとはあくまでも姉妹ということなのだろう。


 どちらが姉かは、この際、言うまでもない。


「さて、カヤノちゃんは大喜びだけど、神サマからのお祝いは本番に取っておくよ」

「いや、言葉だけでいいんで、今この場で聞かせて。ほんと」


 後回しになんてしたら、どんな“お祝い”が飛び出すことか分からない。

 それは、ほとんど懇願に近かった。


「まあまあ、今日の銅貨より明日の銀貨っていうでしょ?」

「明日銀貨を持っていたせいで、強盗に遭うかもしれないでしょ?」


 けれど、それが届くことはない。


 これ以上は傷口を広げるだけだと、トールは話を変える。


「そういや、エイルさん。地の精霊殿に来るのはマズかったんじゃ?」

「うん。だから、ちょちょっと話し合ったよ」

「そんな伝手が……」

「うん。マーちゃんがね」

「マーちゃん……。マルファ神か」


 幼い外見ながら地母神である彼女なら、確かにどうにかしてくれそうだ。


 姉のエイルフィード神を好きすぎる若干ポンコツな部分があるにしても、五大神の一角であることは間違いないのだ。


「というわけで、神サマはトールくんが作ったホムンクルスメイド、略してメイドクルスということで」

「その設定、まだ生きてたんだ……。というか、メイドクルスって強そう」

「ホムンメイドは、今ひとつ響きがね」


 そもそも、エイルフィード神が事情を知らない相手と出会わなければ使う必要のない設定だった。


「とりあえず、出ようか。エイルさんたちの部屋も用意してもらわないといけないし」

「別に、神サマは一緒でも……。あ、ごめんね。そういうことだよね。大丈夫、カヤノちゃんの面倒はちゃんと見るから。邪魔しないから」

「ほんと、そういうところだぞ」


 アルフィエルはともかく、リンが言葉の意味に気付いてあわあわしているのがいたたまれない。


 それはともかく。


 全員で礼拝堂から外に出ると、入ったときと同じようにカラノルウェンがノームたちと待ち構えていた。


「でかした!」


 ヴェールを着けたままの二人を目にし、それで首尾を察したのだろう。

 こちらからなにか言う前に、カラノルウェンが風のように駆け寄ってリンを抱きしめる。


 思いっきり。


 ハグと言うよりは、攻撃と言いたくなる。


「の、ノル……姉さま……」

「妹が幸せになるのだ! こんなに嬉しいことがあるものか!」

「いえ、あの……手を……」


 息も絶え絶えなリンの言葉を聞いたわけではないだろうが、祝福を終えたカラノルウェンは、

アルフィエルを照準に収めた。


「いや、自分は……」

「遠慮するものではないぞ! 我が最も新しき妹よ!」

「義妹ですらなくなった……」


 と言うトールは、見ていることしかできなかった。

 さすがに、悪意のないものにはオリハルコンのヴェールも意味はない。


「元気でいいね」

「他人事過ぎる……」


 突然現れた二人のことを説明するには、カラノルウェンが落ち着くまで待つしかないようだった。

 もっとも、大した説明は必要ないはずだが。


「よし! 次は――」

「ノルさん、ノルさん。彼女は、なんかよく分かんないけどうちにいるメイドのエイルさんと、預かってる聖樹の苗木のカヤノだよ」


 こちらへ向かってくるカラノルウェンの動きを遮って、トールは突然現れた二人のことを説明する。

 あまりにも簡単だったが、カラノルウェンが細かいことを気にするはずもない。必要にして、充分だった。


「メイドぐらいよく分からないうちにいるものだが、聖樹の苗木! そうか、その娘がか!」

「ラー! かーのです!」


 カラノルウェンの大音声に怯えることなく、前に出てカヤノですと自己紹介する。

 愛娘の賢さに、トールは思わず目頭を押さえた。


「うむ! 元気があって良い!」

「ラー!」


 カラノルウェンに対抗するように、体を一杯に伸ばして大声を張り上げるカヤノ。


 その可愛い生き物に、ノームたちが注目しないはずがなかった。


「せいじゅのなえぎ、です」

「それはつまり、われわれのなかまです?」

「だいちぼしんのけんぞく? そんなのしらないはなしなのです」


 すっとぼけたノームたちが、カヤノを取り囲む。


「あれぇ? ちょっと、神サマの存在感薄すぎない? ここはやっぱり、正体を――」

「ヤメテ」


 小声で牽制し合うトールとエイルフィード神。

 下手をすると、本当に正体が露見しかねないが……。


 幸いなことに、微笑ましそうに眺めているリンとアルフィエルの他に、気付いた者はいなかった。

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