第十四話 せいれいのほんきをみせるのです
「その顔、心は決まったようだな!」
「ノルさん」
トールが決意を胸に走り出した直後、柱の影から現れたカラノルウェンに呼び止められた。
神出鬼没だが、カラノルウェンならまったく自然だ。
「俺は……」
「いや、言う必要はない! だが、見込んだとおりだぞ!」
「それ、目論見通りって言わない?」
「結果が良ければ、細かいことはどうでもいいのだ!」
カラノルウェンなら、そう言うだろう。
それよりも、トールのことを気にして物陰から見守っていたらしい。そのことのほうが気になった。
「ノルさん、もしかして……」
「うむ! 暇だぞ!」
「責任者じゃないの?」
「実行段階になると、なぜか仕事がなくなるのだ!」
その一言で、トールはすべてを察した。
企画段階ではその強引さが奏功することが多いが、それを過ぎると……ということなのだろう。
そこで素直に一歩引く辺り、エイルフィード神よりも人格者だと、トールは素直に感心した。
涙をこらえながら。
「あ、うん。なんか、ごめん……」
「なぜ謝られるのか分からんが、とにかくよし!」
からからと快活に笑うカラノルウェンを一人にするほど、トールは残酷ではなかった。
「これから、オリハルコンの進捗を見に行くつもりなんですけど、一緒に行きます?」
「そうか!」
誘うと嬉しそうにするカラノルウェンを伴い、先ほどノームから聞き出した部屋へと移動していく。
そして、横開きの扉を開くと――
「こやつめです」
「はははです」
「はははです」
――ノームたちが台の上に置いたオリハルコンの塊をペチペチと叩いているところだった。
「え? 狂気?」
重大な。
文字通り人生に関わる決断を下した直後のトールは、思いっきり出鼻を挫かれた。
少し、学校の技術室に似たような雰囲気の部屋。
そこで精霊たちが輪になって金属塊を叩いているなど、誰が想像するだろうか。もし想像できる人間がいたら、温泉でゆっくり休んだほうが良い。
それくらい、理解したら正気度が下がってしまいそうな光景だ。
はっきり言って、なにがなんだか分からない。まだ、UFOでも呼ぼうとしているほうがましだ。
傍らのカラノルウェンはと見れば、腕を組んでなにやらうなずいていた。とりあえず、驚くような事態ではないらしい。
冷静なカラノルウェンのお陰で、トールも落ち着くことができた。
「それに、ここで受け身になるわけにはいかない……っっ」
そう。さっき決めたばかりだ。
お膳立ては、もう、充分。ここからは、こっちが主導権を握るのだ。
「あー。なにやってるんだ?」
意を決して部屋に足を踏み入れ、遠慮がちに。しかし、はっきりと声をかける。
元はグリーンスライムの物とはいえ、提供したのはトールだ。一体なにをしているのか聞く権利ぐらいは充分あるはず。
それは確かに、間違いない。
「…………」
「…………」
「…………」
間違いないが、無言で首だけぐるりと回し、ノームたちが一斉にこちらを見てくるとは予想外にもほどがある。
「ひっ」
完全に、ホラーだった。
リンなら、斬りかかっているかもしれない。
「ならしです」
「おりはるこんは、がんこなのです」
「たたくとやわらかくなるのは、にくとおなじです」
「いや、絶対違うと思うが」
思うが、それ以前に、首を元に戻して欲しい。
その願いが通じたわけではないだろうが、ノームたちの首がくるりと戻る。ゴムのようだった。
「うむうむ! 最初は、驚いたものだな!」
「ノルさんでも驚くんなら、仕方ないな……」
仕方ないというよりは、どうしようもないだろうか。リンの前でやらないことを祈るのみ。
それよりも、今はオリハルコンだ。
「あれなら、ルーンでどうにかするけど……」
「うむ! 我が義弟の刻印術は超一流だぞ!」
「るーんですか」
「ううむです」
「るーんるーん」
さすがの地の精霊も、刻が止まった金属と呼ばれるオリハルコンを簡単には加工できなかったらしい。
そのため、まずは、柔らかくしようとしていた。
それが、輪になってオリハルコンをぺちぺち叩いていくという、ある種狂気に彩られたような行動だった……ということらしい。
狂気に満ちていたのは、文化の違いだ。そうに違いない。
「だが、ことわるです」
「くろうも、たのしみのうちです」
「でも、どうしようもなくなったらたよるです」
「ああ、うん。それなら、それでいいんだけど……」
頑固なようで高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変な対応をするノームに、トールはちょっと気圧された。カラノルウェンは、からからと笑っている。
「指輪に使う分の余りをもらいたいんだけど、構わないよな?」
「もちろん、かえすのはやぶさかではないです」
ノームは即答する……が。
首はそのままだが、目がキラリと光る。
「でも、いったいなんにつかうです?」
「しんこんりょこうのひようですか?」
「でも、しんろうしんぷはおかねもちだと、のるがいっていたのです」
「そうだな! この精霊殿の運営費を賄えるぐらいはあるという話だぞ!」
「え? そんなにあるの? まあ……いいか」
どちらにしろ、協力はしてもらわなくてはならないのだ。
リンとアルフィエルに伝わらなければ、それでいい。
「実は……」
考えついたアイディアを、トールはノームたちとカラノルウェンに披露する。
少し恥ずかしそうに。
でも、はっきりと臆することなく。
「ひーほーです」
「ひゃっはーです」
それを聞いたノームたちが、台の上で、わちゃわちゃと踊り出した。
どうにも、テンションが上がっているらしい。
「はなよめをまもるという、そのけつい」
「われわれは、こころからのけいいをひょうするです」
「いや、そんな大げさな……」
ただ単に、指輪以外でなにかできないか考えただけ。
そして、マンガを描く関係でちょっと雑学知識があっただけ。
特別なことはなにもない……と思っていたのは、この場ではトールだけ。
「義弟よ!」
「うわっ」
「今、猛烈に感動しているぞ!」
がばりと、補食されるように大胆に抱きつかれ、そのまま万力のように締め上げられた。
「ぐっ、つぶれる……」
はっきり言えば、命の危機だった。
「おう、すまぬ! つい、感極まってしまった!」
「まあ、いいですけどね……」
微妙に痛む胸をさすりながら、ベクトルは違うけどリンの姉だよなと、トールは思う。
喜ばせてしまうので、口には出さないが。また感極まって抱きつかれたら、命に関わる。
「こうなったら、あそんでいるばあいではないのです」
「せいれいのほんきをみせるのです」
「ひゃくぱーせんとちゅうのひゃくぱーせんとなのです」
カラノルウェンに負けず劣らず、やる気をみなぎらせるノームたち。
その決意は、目に見える形で現れた。
ノームたちが、突然増えるという形で。
「って、増えた!?」
隠れていたのが姿を現したのかもしれない。
そう考えたほうが現実的だろう。
しかし、トールの目にはそうは見えなかった。
増殖。いや、分裂したようにしか見えなかったのだ。
「まあ、いいか。ここはノルさんのテリトリーだし」
さすがノーム。なんでもありだ。
それくらいの非常識。むしろ、ないほうがおかしい。
ポジティブだかネガティブだか分からないが、トールは軽く流すことにした。
正直なところ、今はそれどころではない。
「げんぶつができたら、しらせるのです」
「なので、いしょうはんにさくっとつたえてくるのです」
「とぶがごとく、とぶがごとくです」
「じゃあ、ここは任せるから」
「うむ! 任せておけ!」
「あんしんするです」
「のるには、おおざっぱなしごとしかさせないのです」
「助かる!」
手を挙げて感謝を示したトールは、リンとアルフィエル――花嫁たちが衣装合わせをしている部屋へと、急いだ。
トールくんがオリハルコンでなにをするつもりなのかは、次回。




