第十二話 我が妹が、我が義弟を越える男に出会うはずがなかろう!
「これはいかにも、地の精霊殿らしいというか……」
「壮麗な礼拝堂ですね!」
翌朝。
三人で同じベッドで寝たが、本当になにもなかった翌日の朝。
朝会いたくないエルフの王女ランキングのトップに数百年君臨するカラノルウェンに案内されたのは、結婚式場となるチャペルだった。
地の精霊殿に囲まれた中庭に存在する、数十名程度しか収容できない小規模な建物。
外観はおとぎ話に出てきそうな尖塔のある城で、内部はステンドグラスがふんだんに使用され、まるで本物と見紛うばかりの天使像が随所に飾られている。
内にも外にも石の継ぎ目はひとつとしてなく、見えるところに梁や柱の類も存在していなかった。
空想上の建物が現実に現れたかのようなたたずまい。
しかし、その真価は言葉にできるような特徴にあるのではない。
入り口をくぐり内部に足を踏み入れると、外とは温度が違うようで、清冽な空気に身を包まれる。
それだけでなく自然と心が澄み、同時に高揚していく。ちいさく、しかし、はっきりと妙なる調べが流れているのが聞こえた。
まさに、聖地と呼ぶに相応しい礼拝堂。
感動の面持ちのリンやアルフィエル。自慢気なカラノルウェンに対し、トールは驚いたようなあきれたような表情を浮かべていた。
「そうか……。ノームなら、ウルよりも上なのか……」
「なんで、ここでウルヒア兄さまが出てくるんですか?」
「昨日には、こんなチャペルはなかったからだよ。聞き込みに、この辺にも来たから間違いない」
「え?」
絶句したのは、果たしてリンとアルフィエルのどちらだったか。
非常識には慣れっこのダブルエルフだったが、これにはさすがに驚きを隠せなかった。石窯を一瞬で作ってしまったウルヒアも大概だが、さすがに比べものにならない。次元が違う。
「この建物があったから、結婚式と言い出したのではなかったのだな……」
「順番が逆です!」
「くはは! ノームたちが一晩でやってくれたぞ!」
「このていど、まったくよゆうなのです」
「むしろ、まだはでさがたりないみたいな?」
トールたちのリアクションに、カラノルウェンの周囲にいるノームたちもご満悦だ。
「さて、会場を目にして気合いが入っただろう!」
「はい!」
「うむ。実感が湧いてきたな……」
トールがなんとも言えずにいると、カラノルウェンの周囲にいたノームたちが離れリンとアルフィエルの背中を押した。
「そっちのふたりは、衣装合わせだ!」
「こっちにくるです」
「さいすんいただきますです」
「よござんす。とっきゅうりょうきんでおうけいたしましょうです」
「もちろん、無料だぞ!」
「後払いなら、金は払うけどさ……」
カラノルウェンと二人にされても困る。
そんな切実な願いは顧みられず、トールはチャペルに取り残された。
「いや、いい機会か」
逆に、カラノルウェンに真意を問い質す好機。
そう意識を切り替えたトールだったが、機先を制したのはステンドグラス越しの陽光に照らされた赤い炎の乙女だった。
「まったく、大変なことになったものだな!」
「いやいやいや。それ、ノルさんだけは言っちゃ駄目なヤツじゃん」
「余計なお節介だとは、理解しているのだぞ!」
「え? ほんとに?」
完全に善意100%のつもりだと思っていただけに、衝撃が大きかった。まさか、カラノルウェンに、気を遣う機能が実装されているとは思ってもいなかったのだ。
「さすがの私も、横になって少し泣くぞ!」
「少しなんだ……」
「当然だ。私は、随喜の涙以外流すことを許しておらんからな!」
「悲しみ許可制……」
さすがはカラノルウェン。とてつもなくポジティブ。
それにしても、意外な話だった。
「というか、分かっているならなんでこんな強引に進めようと……」
「遅かれ早かれというやつだな!」
「俺は、まあ、こっちの人間基準だと結婚してて当然かもしれないけど、リンは全然若すぎでしょ?」
数百年から、場合によっては千年も生きるとされるエルフだが、リンはまだ10代。肉体的にも精神的にも社会的にも子供だ。
「だがな、我が義弟よ! 考えてもみよ!」
「義弟にはあえてツッコミ入れないですけど、なにをです?」
「我が妹が、我が義弟を越える男に出会うはずがなかろう!」
三つ編みにした髪を揺らし、断言した。
額を突きつけるようにして、断言してしまった。
「それ、俺はどう答えればいいんだ……」
イエスと答えられるほど自信過剰ではなく。
かといって、ノーと答えればカラノルウェンから説教を受けることは、火を見るよりも明らかだった。
「よしんば出会えたとしても、男のほうにも好みというものがあるしな!」
「一般論としてはそうだけど、身内に言う言葉じゃねえ」
身内以外に言うにも問題しかない発言だった。
当たり前のことだが、カラノルウェンは気にしない。
「要するに! あとは義弟の胸先三寸ということよ!」
「結局は、そこに帰結するのか」
すべてはトールの意思次第。
簡単そうに見えて、なんて困難な課題だろうか。
「不要なのであれば、遠慮なく言うがいい!」
「でも、ノームたちが……」
「それも全部ひっくるめて、遠慮するなと言っているのだ!」
「ノルさん……」
「最悪、ウルヒアと前宮廷刻印術師殿で挙行すればいいだけだからな!」
「それは止めたげて」
イベントとはいえ、レアニルと結婚式など、ウルヒアは前世でどれだけの悪行まみれだったというのだろうか。さすがのウルヒアも、そこまでではないはずだ。
「それは本当に最悪のケースではあるが、嫌なら嫌と言えば良いのだ」
「ちょっと考え……ます」
「うむ! どうしても答えが出ないようであれば、私の胸に抱かれながら悩むんでもいいぞ!」
「あ、それは遠慮します」
「そうか……」
速攻で拒絶されたカラノルウェンは、少しだけ寂しそうだった。




