第十一話 あやまちをみとめて、しょうねんはおとなになっていくのです
「イベントの準備? 精霊……ノームたちも働くのか」
三人のために用意された部屋へ入ってきたノームたち。
その行動を咎めても仕方ないし咎めるつもりもなかったが、その代わりトールは意外そうにつぶやいていた。
「のるのおとうとも、まだまだなのです」
「これがわかさなのです」
「あやまちをみとめて、しょうねんはおとなになっていくのです」
その正直すぎる感想に、小型サンタクロースのような姿をしたノームたちが次々と心外だと首を振る。
しかも、含蓄のありそうな、どこかで聞いたような台詞と一緒に。
「ものごとをいちばんたのしむのは、とうじしゃになることです」
「あそびだからこそほんきが、しゃぜなのです」
「いつのまに、かいしゃになっていたのです?」
「あそびをつくるきぎょうなのです?」
と、自問自答していたノームたちだったが、長くは続かない。
すぐに訪問した理由を思い出し、トールたちへと近付いていく。
「とりあえず、ゆびわのさいずけいそくです」
「ちょっと待った。指輪?」
「ご主人、なにがおかしいのだ? 結婚式なのだから、指輪は必要だろう」
こちらでも、地球のようにエンゲージリングをする風習はある。
だが、問題はそこではない。
「指輪の準備まで必要な、本格的な結婚式なのかよ」
「そのしつもんが、まずわからないです」
「ゆびわのそんざいしないけっこんしきなど、かぶんにしてしらないのです」
ノームたちは本気だった。
延いては、カラノルウェンも本気だった。
本物にしてしまおうという言葉は、思いつきでもなんでもなかったのだ。
「ノルさんのことだから、その場のノリで適当に大きな事を言っただけかと……」
「ああ……。確かに、ノル姉さまには、ちょっとそういうところありますよね。でも、トールさん。だいたい、最後には辻褄を合わせてしまいますよ?」
「そうだった!」
となると、指輪の交換もあればウェディングドレスも用意され、誓約を行い……。
その先には、誓いの口づけが待っている。
そこまでしてしまったら、さすがにイベントでは済まない。
もちろん、振りで済ますという選択肢もあるだろうが……認められるとは思えなかった。欠片も。
「なっとくしたところで、あらためてさいずけいそくです」
「納得じゃなくて、詰んでるんだよ!」
「ひだりてのくすりゆびです」
「ていこうはむいみです、じんるい」
「あ……」
指をちょこまかと触るノームたちを放置しつつ、トールはそういうことだったのかと悟った。
グリーンスライムがオリハルコンを持たせたのは、こうなることを見越していたのだ。
同時に、絶対秘密にしなくてはならないとも。
「どうしたのです?」
「いま、たのしげなけはいがしたのです」
「なんでもない」
「ぜったいに、なんでもなくはないのです」
「きりきりはくのです」
ノームたちが、指を離れてトールの周囲を飛び回る。
「うぜぇ……。なんでもない。なんでもないから」
「ご主人、なんでもあると言っているのと同じだぞ……」
「くっ」
理性が無いわけではないが、子供を相手にするのと同じ。カヤノと違って聞き分けのないノームたちに、長く抵抗することはできなかった。
ノームたちの視線が集まる中、トールは観念して口を開く。
「ここに来る前、オリハルコンを預かってきたんだよ」
「ほう」
「ほうほう」
「ほうほうほう」
語尾に「です」もつけず、ノームたちがじっと見つめてくる。
本気すぎるぐらい本気だった。
やはり、地の精霊に伝説の金属はまずかったか……と後悔しかけたところ、唐突に踊り出した。
「これで、どわーふのところのれんちゅうにひとあわふかせられるのです」
「あいつら、ちょっといきりすぎだったのです」
「これで、まうんととるのです。ちのせいれいだけに」
「……エルフの国だけではなく、世界の各地にこのような神殿があるのだな」
「世界も広いからな。『根源』の属性毎に一箇所じゃ賄えないんだろ」
言いながら、発電所がいろんなところにあるのと同じことかなとトールは思う。
まあ、発電所同士は対抗意識を燃やしたりしないだろうが。
「それで、トールさんどうするんです?」
「どうもこうも……」
物欲しげにこちらを見るノームに抵抗する術などない。
トールはまたしても観念して、容量拡張した鞄からオリハルコンの塊を手渡した。どうせ指輪は作られるのだ。それが、プラチナやミスリルからオリハルコンになったところで、五十歩百歩だ。
こうなると、もうノームたちの踊りは絶好調。
「おりはるこんのゆびわは、ぜったいふへんのあいをあらわすです」
「けっこんしきにぴったりです」
「おりはるこんは、くだけないのです」
「だいやもんどなんて、めではないのです」
「そういうの、先に言おうぜ!?」
エルフとダークエルフの一生ぐらい重たい意味を語りながら、ノームたちは部屋を出て行こうとする。
「こいつは、たのしくなってきたのです」
「うでがなるのです」
「さすがのるなのです」
「ここでノルさんの評価が上がるの納得いかねえ!」
その抗議は、ノームたちに届かない。
それどころか、リンとアルフィエルも聞いていなかった。
「絶対不変の愛……」
「いいな、うん」
「いいですね、はい」
乙女スイッチが入ってしまった二人を前に、トールはなにも言えない。
この場合、案外と沈黙は金なのかもしれないが……。
最善の選択肢を選んでも、状況が良くなる保証はどこにもなかった。