第十話 トゥイリンドウェン姫と自分でご主人を挟むフォーメーションでいくぞ
状況を整理する回です。
世界は、『根源』なくして成立しない。
良くも悪くも。そして、否応なく。
エイルフィード神を始めとする五大神がもたらす加護と密接に絡み合いながら、人々はその恩恵を享受してきた。
裏を返せば、一度そのバランスが崩れたらどうなるか。未曾有の大災害が発生してもおかしくない。いや、過去には実際に発生している。
世界とそこに住む生命を創造した神々とは違い、『根源』にはこの世界への“愛”は存在しない。極言してしまえば単なるエネルギーであり、ただ隣り合って影響を与えているに違いないのだ。
しかし、意思らしきものが存在しないわけではなかった。
それが、精霊である。
意思を持つエネルギーとでも言うべき彼らは、『根源』の属性毎に異なる性質を持っている。
ただ、周囲に力しかないがゆえの反動であろうか。享楽的……楽しいことに弱い傾向があった。
それを人々が知ることができたのは、極限られた地域ながら、精霊が世界へ顕現する土地が存在していたからだ。
それは清涼な水をたたえた湖であり、いと深き大樹海であり、広大な砂漠地帯であり、風の吹きすさぶ荒涼とした山地である。
人々は、それらの地に精霊殿を建立して精霊との交信を試みた。
精霊を通して、『根源』と世界のバランスを保とうとしたのである。
精霊たちもそれに応え、一部は本格的に『根源』から地上へと居を移した。巨大なエネルギーの中でたゆたっていただけの精霊にとって、人々との交流はそれだけで得がたい娯楽となったのだ。
一種の共存共栄。Win-Winの効果は確かにあった。
それは、国内の各地に精霊殿を構え、聖樹の加護も受け繁栄するエルフの国アマルセル=ダエアと、戦乱の中で精霊殿を失った中原の人間諸国を比べれば一目瞭然。
では、精霊への交信や交流はどのようにして、行われるのだろうか?
当初は、『根源』の影響を強く受けている者や精神感応の能力を持つ者が呼びかけているだけだった。
けれど、刺激には慣れてしまうもの。
やがて、世界へ顕現した精霊に捧げる歌が生まれ、舞を作り出し、それは歌劇へと発展していった。
あるいは、子供を相手にするように、精霊と“遊ぶ”場合もある。
精霊たちも、この世界に順応した。
精霊殿の周辺だけだがある程度自由に行動し、巫女たちと積極的に交流している。
「というわけで、その精霊への“接待”として俺たち三人の結婚式が企画されたみたいだ」
日も暮れた頃。
地の精霊殿で用意された三人の部屋で、トールは聞き込みの結果を報告し始めた。
「マンネリ防止の特別イベントみたいな感じかな。それに、こんなところじゃ結婚式なんてやんないだろうし珍しさもあるんだろうな」
文化祭のようなものと考えれば、トールには理解しやすい。理解したいとも、理解できるとも言わないが。
理解度で言えば、リンやアルフィエルも同程度だった。
「なんとなく断片的には理解していたが……」
「やっぱり、スタート地点から遡って説明していただけると理解が捗りますね。トールさん、ありがとうございます!」
特に清貧を旨とするような性質はない精霊殿だが、この部屋は六畳程度と三人で過ごすにはやや手狭。
そのため、リンとアルフィエルはベッドで肩を寄せ合ってトールの説明を聞いていた。
「ですが、私が気絶したばかりにトールさんにお手間をおかけして申し訳ありません。その代償は、一生、命を懸けてお支払いしますから」
「エルフの一生、重たいなぁ……」
「ご主人なら支えられると信じているぞ。二人分でもな」
「さりげなく増やされた」
アルフィエルもリンを一人にできないということで残ってもらったので、今の流れなら妥当な言葉だが、やはりずんと重たい。
覚悟が無いわけではないが、ちょっと引く。
もっとも、もはや手遅れなのだが。
「まあ、ノルさんと一緒にいたノームの他にも、たくさんいるから聞いて回る分には、苦労はなかったんだけど……」
二人とは対面になる壁により掛かりながら、トールは渋面を浮かべる。
離れているようで、まったく離れていない。まるで、くっつかざるを得ないように部屋がお膳立てをしているかのようだ。
明らかな意図を感じる。
「この暇潰しのイベントにノルさんの意図が絡んで、ぐちゃぐちゃになってるんだよな」
「もしかして、ウルヒア王子はこうなることを見越して自分たちを送り込んだのであろうか?」
「その可能性もなくはないけど……。ウルヒアのやり方じゃないな」
それに、カラノルウェンの招待が単純なものではないことは気付いていたはずだ。そうでなければ、一週間経ったら無理矢理にでも迎えに行くとは言わないだろう。
怪しい意図を感じつつもトールたちを送り出さざるを得なかったところに、哀しい姉弟の力関係を感じてしまうが……。
「なるほど。ウルヒア王子のことなら、ご主人に任せておけばいいな」
「ですね! ちょっと、こう、もやっとする部分がないでもありませんが!」
「ノーコメントで」
トールはスルーする。
「ノルさんに言った通り、協力するしかなさそうなんだが……」
「ううむ……。しかしなぁ……」
「え? アルフィエルさん!? 一体、なにが問題なんです!?」
ベッドで隣り合うアルフィエルの肩を、リンが掴んで揺さぶる。まったく想像もしていない事態だ。
「しがないメイドである自分が、トゥイリンドウェン姫と一緒に結婚式などおこがましいと思わないか?」
「そんな!? わわ、わた、私、死んでしまいます!?」
リンは、その場で素早く土下座した。
あたかも、元々体にそういった機能が備わっているかのように。
「私がトールさんと二人だけで結婚式なんて、心臓がどうにかなってしまいます! あと、緊張で吐きます」
「自信満々で言い切られてもな……」
「酔い止めが必要か……?」
「創薬師のスキルって、そういう風に使うもんじゃなくない?」
そうツッコミを入れつつも、なんだかいつも通りでちょっと和んでしまうトール。
「たぶん、本格的に動くのは明日からになるだろうから……」
「なるほど。では、明日に備えて寝るか?」
「ああ。確か、鞄に毛布を入れっぱなしにしてたから、俺は床に――」
「――ご主人?」
優しい。
けれど有無を言わせぬ声に、トールは固まった。
「通ると思っていたのか?」
「俺は可能性に賭けてみたいんだ」
「ならば……堅い床で寝て強ばったご主人の体を解きほぐすため――」
「――分かった、一緒に寝よう」
二人と一緒のベッドで寝るか。
アルフィエルのマッサージを受けるか。
天秤がどちらに傾くかなど、考えるまでもなかった。
「でしたら、トールさんとアルフィエルさんが、その足下で私が横になるというのはどうでしょう?」
「なんら問題解決になっていない……」
「トゥイリンドウェン姫と自分でご主人を挟むフォーメーションでいくぞ」
「はい? はい! あ、あの、ふ、ふつつか者ですがよろしくお願いします!」
「なにをよろしくすればいいんだ……」
ここで企画されているのは結婚式であって、その先は関係ないはず。
トールがあまり高くない天井を仰ぐと、唐突に扉がノックされた。
「しつれいするです」
「けっこんしきいべんとのじゅんびにきたです」
そして、返事も待たずに入ってきたのはノームたちだった。