第九話 とても素晴らしくて、驚くような夢を見てしまいました
今回は、綺麗なリンをお届けします(途中まで)。
「リン、目が覚めたか」
「トールさん……? あ、おはようございます……?」
「トゥイリンドウェン姫、良かった。心配したぞ」
「アルフィエルさんも……?」
心配そうに見下ろすトールとアルフィエル。
しかし、目が覚めたばかりのリンは、頭上に疑問符を浮かべることしかできない。
そもそも、ここはどこなのだろうか?
森の中ではない。普通の建物の中だ。ということは、トールが刻印術の師レアニルから勝ち取った家ではない。
では、王宮だろうか? いつの間に、実家へ帰ったのだろうか。
「いえ、それよりも……」
リンはベッドの中で体を起こし、泣き笑いのような表情を浮かべてトールとアルフィエルを見つめた。
「とても素晴らしくて、驚くような夢を見てしまいました」
「リン……」
「トゥイリンドウェン姫……」
気遣わしげな二人に気付くことなく。あるいは、気付いているが語りたいのか。
ふわふわとした口調と雰囲気で、エルフの末姫は夢の話を始める。
「どういうわけか分かりませんけど、私とトールさんとアルフィエルさんで、地の精霊殿に行くことになるんです」
「リン……」
「トゥイリンドウェン姫……」
「夢にしてもおかしいですよね? 私たちがノル姉さまのところに行く理由なんてないですし。それに、カヤノちゃんもエイル様もいないんですよ?」
静かに、優しく。それでいて滔滔と語るリン。
その儚げな姿に、アルフィエルは思わず目頭を押さえてしまった。トールも、似たり寄ったりだ。
「それで、ルフに乗って移動中に、トールさんが私の作ったサンドイッチを美味しいって言ってくれたんです。私も、アルフィエルさんが作ったサンドイッチを食べさせてあげたんですよ? 嬉しくて楽しくて、こんなに幸せでいいのかなって思ってしまうぐらいで……」
「あのな……。リン」
「あっ、トールさん。勝手に、美味しいなんて言わせてごめんなさい。でも、夢の中なら許してくれますよね?」
トールは、段々とここがサナトリウムのように思えてきた。
今にも、リンがどこかへ消えてしまいそうな錯覚を憶える。
「ここからがびっくりなところなんですけど、ノル姉さまに会ったらなんと私たちとトールさんの結婚式をやるって言うんですよ? いくら夢でも、おかしな話ですよね」
ふふふっと、花のようにふんわりと笑った。
もはや、トールにもアルフィエルにもかける言葉が見つからない。
だからというわけではないが、二人の背後で豪快に扉が開かれる音がした。
そして、それを越える大声も。
「おお! リン、目が覚めたか! 心配したぞ! もっと体を鍛えていないからそうなるのだ!」
「ノル姉さま……? なぜ、ここに……?」
扉を豪快に開けて、入ってきたカラノルウェン。
地の精霊殿にいるはずの姉が、なぜ王宮にいるのだろうか?
リンは混乱する。
それでも、混乱の中ひとつの答えにたどり着く。
「え? それじゃあ……」
ここは王宮ではない。
そして……。
「夢だけど、夢じゃなかった……?」
「リン」
トールはリンの肩に手を置き、正面から目を合わせる。
「全部、現実だぞ」
「うきゅう」
リンは気を失った。
「トールさん……。とても素晴らしくて、驚くような夢を見てしまいました」
「それ、もうやったから」
「ええーー? い、一体、私の身になにが起こったんです!?」
ショックで気絶した。
……とはさすがにいえず、トールは曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。
「というわけで、ノルさんが結婚式とか言い出したのは事実なんだが……」
ノームを伴って姿を現したノルを視界に入れつつ、トールは持論を展開。
「そもそも、ノルさんは俺たちの結婚式とは言っても、誰のとは言ってないんだよな」
だから、可能性だけならリンとアルフィエルの結婚式という可能性もありうる。
「ご主人、さすがにそれはないぞ」
「ないか」
「ないです」
「ないよな」
トールは諦めが悪かったが、道理をわきまえていないわけでもなかった。
「確かに、結婚式をやると言ったが、本物とは言っていないぞ!」
「ノルさん、ちゃんと説明して……」
満を持したカラノルウェンが、部屋中に響き渡る大音声でネタばらし。
火のついていない煙管をもてあそびながら、イタズラっぽく微笑む……というのは本人の意識の中でだけ。
実際には、この上ないほど攻撃的な笑顔だった。
「えっと、つまり……偽物の結婚式……ですか?」
「要領を得ないな」
「焦るでないわ! 本番はこれからだぞ、妹と北の同胞改め未来の義妹よ!」
「ぎ、義妹?」
「いかにも! この場にいる者は皆家族! ファミリーだな!」
「ふぁみりー」
「のるがいうと、べつのいみにきこえるです」
「むしろ、そうとしかきこえないです」
思っていたことを代弁してくれた地の精霊さんたちに、思わず心の中でサムズアップするトールだった。
「私が地の精霊を慰め、『根源』とこの世界の関係を円滑にせしめているのは周知の事実だが! たまには変わったことをやらねば飽きが来るからな!」
「ええと、つまりマンネリ防止のイベントとして、俺たちの結婚式をやるってこと?」
「のるのことばをりかいできるとは」
「さすがまろうどです」
「これは、ことがおわってもかえすわけにはいかないです?」
それは心の底からお断りするとして、どうやら正解のようだった。
「そういうことなら、協力もやぶさかじゃないけど……。もちろん、リンとアルフィが良ければだけど」
「もちろん。自分に、否という選択肢はないぞ」
「あ、あああ、あの。ご迷惑ではなければ、はい。で、でも、これはチャンスとかおもっているわけではなくですね。ノル姉さまに協力できれば……って、うそです! 本当は、いろいろと邪な考えが浮かんでしまいました。しぬっ、切腹したら許していただけますか!?」
「うむ! 助かるぞ!」
リンのせいでカオス化しかけた空間。
そこへさらに、カラノルウェンが拍車を掛ける。
「なお、それを本物にしてしまおうというのが、今回の趣旨である!」
「え? 今それ言うの?」
「無論! 正々堂々が我のモットーからな!」
「さすがのるです」
「そこにしびれるのです」
「ただし、ぶつりてきにです」
「それ、精霊の持ちネタなの?」
「え? え? 結局、本当? うそ? どっち? どっちなんですか?」
「トゥイリンドウェン姫、本当にしてしまっても構わないのだぞ?」
「それ、俺の前で言う?」
とにかく、とんでもないことになった。
トールは頭を抱え、通信の魔具を持ってこなかった己の判断を酷く後悔した。