第八話 地の精霊たちも、皆を歓迎しておるぞ!
噴煙がたなびく中、ルフが飛び去っていく。
手を振って見送るリンとは違って、アルフィエルにはそこまでの余裕がなかった。
もちろん、ここまで運んでくれた巨鳥への感謝はある。けれど、それ以上に、雰囲気に飲まれていた。
ルフが着陸したのは神殿そのものではなく、その下に広がる大地。
目指すべき地の精霊殿は、遥か階段の先に鎮座していた。
宮殿と見紛うばかりの白亜の神殿は、壮麗の一言。普通の状況だったなら、トールと腕を組み、リンにトールと腕を組ませ観光を始めていたはずだ。
しかし、置かれた状況がそれを許さない。
周囲からは絶え間なく噴煙が上がり、蒸気が爆発するような音がそこかしこから響いてくる。かなり距離はあるが、地面の裂け目からはオレンジ色に近い溶岩らしきものがちらついていた。ボコボコと、なにかが沸騰するような音も。
それなのに、粉塵が降ってくることも、熱を感じることもない。
存分に、奇勝のみを楽しむことができた。
常識を捨て去れば、だが。
「いろいろとおかしいだろう……」
「まあ、なぁ……」
アルフィエルは、この非常識な状況に完全に飲まれていた。
トールも心情的には近いが、どちらかというと、元々この世界の住人であるアルフィエルも驚いているということに驚いていた。
「ルフさん行ってしまいましたね。では、早速精霊殿へお伺いしましょう」
こういうとき、リンは頼りになる。
圧倒されているトールとアルフィエルの手を引いて、長い階段へと移動し――ようとしたところで、早くも足を止めてしまった。
「妹、義弟。そして、北の同胞! よく来てくれた!」
なぜなら、その階段の前に、一人のエルフが忽然と出現したから。
焔のように赤い髪を三つ編みにして、額を綺麗に出している。袴に似た巫女の装束と相まって、髪の色を除くと、大正時代の女学生のようだ。
かなりの長身でスタイルも良く、リンよりもアルフィエルの姉と言われたほうが素直に納得できるだろう。
火の付いた長煙管を手にし、トールたちを睥睨する目つきには凄惨な野性味があった。エルフの王族らしく相貌が整っているだけに、なおさら。
「我がカラノルウェン・アマルセル=ダエアである!!」
耳を聾する大音声。
そう表現するのは容易いが、食らったほうはたまったものではない。
アルフィエルは抵抗しきれず、その場で棒立ちになってしまった。
「ノルさん、抑えて。初対面のアルフィが魂を飛ばしてるから」
義弟と呼ばれたことに対し、トールにツッコミを入れる余裕を与えない。すさまじい逸材だった。
「ノル姉さま、お久しぶりです!」
こういうとき、リンは頼りになる。
単身カラノルウェンへと駆け寄り、屈託なくその胸へと飛び込んでいった。
「リン、少し大きくなったのではないか?」
「はい! トゥイリンドウェンは、日々進化中です!」
「うむ。善哉善哉。その調子でな」
煙管をくわえ、片手を空けたカラノルウェンがリンのピンクブロンドを遠慮なく撫でる。大型犬に接しているかのようだが、お互い嬉しそうだ。
「ふう……。なんとも、強烈な挨拶だったな……」
「まあ、そのうち慣れるから」
そうこうしているうちに、アルフィエルも復活した。
……ところで、カラノルウェンが両手を広げる。
「よし、義弟と北の同胞も来るのだ! 全身全霊をかけて愛してやろう。くふっ、ふあはっはははっ!」
「お断りします」
「あ、アルフィエルという。自分も結構だ」
「そうか」
ちょっと気落ちしたカラノルウェンが、煙管を唇の先でくわえ……即座に結論を下す。
「ならば、こちらから行くとするか」
「会って早々、覇王ムーブやめて! アルフィはまだ、初心者なんだから」
「いや、大丈夫だ。最近は、自分も耐性ができつつあるからな」
エイルフィード神やヴァランティーヌ神のお陰でとは言わず、アルフィエルは透徹した表情を浮かべた。
「まあ、それはともかく改めて礼を言おう!」
リンを抱きつかせたまま距離を詰めつつ、カラノルウェンがおかしなボリュームの声を出す。
「地の精霊たちも、皆を歓迎しておるぞ!」
「のーむです」
「ながたび、おつかれさまです」
「わざわざごそくろういただき、かんしゃです」
突如として、彼女の周囲に三体の小人が出現した。
白い髭を生やしているが、顔は若い……というよりも幼い。とんがり帽子をかぶって、分厚いフェルト地の衣装をまとっていた。
そして、妙に腰が低い。
地水火風天幻理を問わず、精霊と出会ったことのないアルフィエルは面食らってしまい、なんと言って良いのか分からない。
まあ、それは今に始まったことでもないのだが。
「歓迎の気持ちは分かったから、もっとマイルドにいきましょう?」
「む? しかし、我のことは一発で記憶に刻まれたであろう?」
「逆に吹き飛んでるんじゃなかろうか」
「のるに、なにをいってもむだなのです」
「でも、そこにしびれるのです」
「ただし、ぶつりてきにです」
「うわっ、はっはは! 喜んでいるな。重畳重畳。それでこそ、巫女の本懐よ」
カラノルウェンは、細い腰に両手を当てて豪快に笑った。
代わりに、地の精霊――ノームが、二頭身の体を折り曲げて謝罪する。
「相変わらず、人の話を聞かない人だ……」
「聞かないというか、結論ありきで言葉を発しているだけではないだろうか」
「なるほど。むしろ、人工知能に近いのか」
その意味では、ノームのほうがまだ人間味がありそうだ。
徹底すると、人の領域を逸脱してしまうものらしい。
「それで、俺たちはなんで呼ばれたんです?」
「おまえ達の結婚式にきまっているではないか」
「いやいや、決まって……って?」
今なんと言ったのだろうか。
前置きもなにもない言葉に、トールの頭は真っ白になった。
「結婚式って聞こえたんだけど……。《翻訳》のルーンが? エイル……フィード神が、なんかやったのか?」
「ご主人、自分にもそう聞こえたぞ」
その証拠にと、アルフィエルはトールに目線で伝える。
これには、トールも納得するしかなかった。
「あう、わばばばばばあばばばばばっばばばばっばばっばばばばっば」
カラノルウェンに抱きついたままのリンが、白目を剥いて泡を吹きそうになっていたのだから。
またしてもあっさり見破られたので、早々に爆弾を落としていくスタイル。
リンには、強く生きて欲しい。




