第七話 ちょっとどころじゃなく楽しそうだな、二人とも
ルフによる空の旅は快適だった。
「さあ、ご主人。どれから食べる?」
「トールさん、好きなのを選んでください。どれがアルフィエルさんが作った物で、どれが私が作った物かとか、そういうのは一切考えずに直感で!」
アルフィエルが、バスケットの中身を広げるまでは。
「徐々にハードルあげていくの止めない?」
さすがに、数時間では地の精霊殿には到着しない。
ルフの飛行籠は長距離航行用の特別製を用意されており、ゆったりとした座席と必要充分なテーブルが備わっている。
それを囲む三人だったが、トールだけ顔色が冴えない。
リンとアルフィエルから発せられる圧を考えれば、それも当然と言えた。
「トールさん、卵焼きのサンドイッチお好きでしたよね?」
「ご主人、ここは王道のハムサンドではないか?」
「これ、お互いのを勧めてる可能性があるから油断できないんだよなぁ」
エルフとダークエルフ。
王女とメイド。
対照的な二人だが、感心するほど仲がいい。混じりっけなしの善意で、相手の物をアピールしていることも充分考えられた。
「トゥイリンドウェン姫。ご主人は、なにやら勘違いしているようだぞ」
「そうですね。やはり、説明を省いたのは失敗だったのではないでしょうか、アルフィエルさん」
「ちょっとどころじゃなく楽しそうだな、二人とも」
「それは楽しいとも」
「ですよねー」
顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべ合う。
ちょっとだけ疎外感を憶えなくもない。
「トールさんとお出かけなんて、カヤノちゃんが来た時以来ですよ!」
「グリーンスライムのところへ行ったのを除けばだがな」
「それは……。元々、引きこもってマンガを描くのが目的だったわけで……。まあ、最近はわりとさっぱりなんだけど」
「そこは申し訳ないが、やはり嬉しいものなのだ」
「ですよねー」
「そうだな」
またしても、顔を見合わせて満面の笑みを浮かべ合うリンとアルフィエル。
テンションが高い。いつになく。
この先になにが待っているか不安しかないトールからすると、あり得ないほどに。
「まあ、そうだな。この後のことを考えても仕方ないよな」
「そうですよ。もう、ノル姉さまに会ったらなにを言われるか分からないんですから。今は空の旅を楽しみましょう!」
「現実逃避だったかー」
あまり褒められたことではないが、リンに関して言うと、今から現実に向き合わせてもマイナスしかない。
「それに、どっちを選んでも角が立たないようにちゃんと考えているのだぞ」
「その割には、プレッシャーを感じるんだけど」
「選べば分かる」
自信満々なアルフィエル。
そう言うからには問題がないのだろうと、トールはバスケットの中身を改めて確認する。
「タマゴにハムにテリヤキチキン。それから、トマトにブルーベリージャムか……。これって、カヤノとエイルさんにも?」
サンドイッチとしては定番の。
しかし、作るのは手間だっただろうランチ。
「うむ。まとめて作っておいたぞ」
「アルフィエルさんは、いない間のご飯も作り置きしていたので、サンドイッチは私も手伝いました!」
なるほどねと、トールはうなずく。
本当に他意はなさそうだと、ハムサンドへ手を伸ばし――
「イケナイ子だな、ご主人」
――途中でアルフィエルにぎゅっと握られた。
「……はい?」
「それは、トゥイリンドウェン姫が作った物なのだ」
「はい! お口に合えばいいんですが!」
「本当に、お互いのを勧めあってたのか」
それ自体は、リンとアルフィエルらしいなと好感度が上がるほどなのだが……。
なぜ、手を握られることになるのか。
さっぱり、見当もつかなかった。
「というわけで、自分がご主人に食べさせる権利を得たわけだ」
「なるほど……?」
作ったサンドイッチを食べてもらえるのは嬉しい。
けれど、選ばれなかったら哀しい。
だから、選ばれなかったほうが、トールに『あ~ん』をする。
「完璧な作戦だ」
「そう思いますよね、トールさん!」
「う~ん?????」
言われてみればその通り。
しかし、容易にうなずけないのはなぜなのか。
「では、ご主人。あ~ん……だ」
「あ、ああ」
問答無用の勢いに押され、一緒に疑問も流された。
その流れで、口を開けてしまった。
他人に食べさせてもらうと、かなり不思議な感覚がする。
加減が分からないと言うべきか。どこで噛みきっていいか分からず、なんだか不安定だ。
「どうですか、トールさん? 美味しいですか?」
「うん。美味しいよ。ありがとう」
「良かったな、トゥイリンドウェン姫」
「はい!」
正直なところ、味はほとんど分からなかった。アルフィエルは近いし、リンはニコニコしてるし。まったくもって、それどころではない。
でも、嫌ではなかった。
「次は、私が食べさせてあげたいです!」
「ふふふ。この役目、そうそう簡単には譲らんぞ?」
「二人とも、食事しなさい」
威厳を感じさせる物言いをしたはずだったが、リンとアルフィエルには通用しなかった。
「テリヤキチキンは、さすがにまだ私の手には余りますから。次は、こちらなんていかがですか?」
「それは組み立てとして、いかがなものか。ここは、トマトサンドでさっぱりさせるべきだろう」
譲り合いのようなぶつかり合いは、昼食が終わるまで続いた。
そして、さらに数時間後。
朝早くから出発し、日が傾きかけた頃にリンが外を見ながら声をあげる。
「見えてきましたよ!」
かご自体は、身を乗り出せるほど低くはない。代わりに、外を確認できるガラス窓が設えられていた。
そこから見える眼下の光景。
「……ご主人、向かっていたのは地の精霊殿だったはずでは?」
「間違いなく、そうだけど」
「火の精霊殿の間違いだろう!? なぜ、噴煙が吹きだしている火口の中心に立派な神殿があるのだ!?」
広がっているのは、アルフィエルが言う通りの光景。
「溶岩って、地面から出るじゃん」
「なるほど……」
トールの説明を受けて、アルフィエルは納得し。
「なるほど?」
そしてまた、首を傾げた。